万引き夫婦(前編)
数年前、万引きで生計を立てている夫婦が、よく店に来ていた。この夫婦は「万引き夫婦」と呼ばれ、当時ぼくの働いていた店の近辺では有名だった。
この夫婦はCDを主に万引きして、その他の商品には見向きもしなかった。CDを狙ったのは、換金目的からである。また他の商品に手をつけなかったのは、足が付くからである。
夫はいつも酔っていた。焦点の定まらない目で店員にクダを巻いて、その間に嫁が盗る、という手口だった。ぼくのいた売場も何回か被害にあっていた、そのため、彼らが来るといつも神経をそちらに集中させていた。それを察した夫がいちゃもんをつけてくる。
一度、ぼくのネクタイをつかみ、「表に出ろ」と凄んだことがある。「おう、出ろうやないか」とぼくが応じ、入り口までいっしょに行くと、夫が突然「ぼくたち盗ってません」と言い出した。
ぼくが「誰も盗ったとか言うてないやろ」と言うと、夫は「本当です。盗ってません」と重ねて言った。
しかし、ぼくはその時、彼らが盗ったのを知っていた。ただ現場を押さえていなかったため、「盗ったやろ」と言えなかったのだ。嫁の腹が軽く膨らんでいたのである。
翌日、またその夫婦はやってきた。
「昨日はすいませんでした」と言いながら、また「本当に盗ってないです」と言った。
それから1年近く、週に何度か訪れるようになった。こちらも注意していたので、彼らもなかなか手を出さない。
ある日、彼らはちょっとしたこちらの隙をついて、CDを盗った。その万引き現場が、しっかりとビデオテープに録画されていた。
さっそくぼくは警察に連絡した。やってきた警察の人は、そのビデオを見るなり、「お、これはHやないか」と言った。「こいつはCD専門なんよ」と言い、「また来たら連絡して」と言って帰っていった。
その翌日、味を占めた夫婦は、開店前にやってきた。が、その時は店内の照明を落としていたため、彼らは売場の外に出た。彼らから見えない位置にいたぼくは、さっそく「来ました」と警察に連絡した。
10分ほどして本署から5人ほどの刑事がやってきた。ぼくが刑事に事情を話しているところに、再び万引き夫婦がやってきた。
「あいつらです」とぼくが目で合図すると、刑事は散らばり、ぼくを含めた全員が身を伏せた。
いつものように、夫は酔っ払っていた。ぼくたちがいるのに気がついてない様子で、「お、誰もおらん」と言った。そして、夫はCDの前にかがみこむと、おもむろにCDをわしづかみにし、それを妻に渡した。CDを渡された妻は、用意していた袋にサッとそれを突っ込んだ。
もう一度同じ動作を繰り返した後、夫は立ち上がり、「は、は、は、・・・」と大声で笑いながら店を出て行った。刑事はその後を追いかけて行った。 (2002年8月19日)