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多生の縁
一日に何十人いや何百人の人とすれ違っている。そのほとんどが赤の他人で、おそらくは初めて見る人たちだ。だから心に引っかかりもなく、スラスラと流れて行くのだ。時には意味ありげにこちらを見ている人もいるが、だいたいが人違いのようで、近くまできて気がつき、通り過ぎる時にはすでに知らん顔をしている。
その逆だってある。つまりぼくが相手を意味ありげに見ているわけだ。ただぼくの場合は、相手の顔を最後までしっかりと見ている。
「もし人違いだったらどうしよう」と考えるより先に、
「もし本人なら無視できない」という気持ちになるからだ。だけど、だいたいが人違いで、あとは笑ってごまかしている。
ところが笑っている自分に対して、もう一人の自分が納得できないのか、
「本当に知らない同士なんですか」とささやきかけてくることがある。心の声にそう言われると気になって、つい振り返って相手を見てしまう。すると不思議なことに、そういう時は相手もぼくを見ていることが多い。
「やはりどこかで会っているんだ」と確信するも思い出せない。この人生を振り返っても出てこない。
案外、その人との出会いは、前世にあったのかもしれない。ということは、そういう縁を持っている人ゆえに、再びどこかで会うのかもしれない。しっかり顔を憶えておかないと、その時にまた、この人生を振り返らなければならなくなる。