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「よはのつき」と「酔いどれ詩人」

「夜半の月」という言葉がある。秋の季語らしい。読みは「よわ(は)のつき」秋の夜中 冷えた夜空に鮮やかに輝く月を表現している。この言葉で 私が連想するのが「酔いどれ詩人」トム・ウェイツのデビュー作。

"Closing Time" / Tom Waits (1973)

ジャケットの時計見にくいが AM3時20分過ぎ 閉店時間過ぎた真夜中なのでしょう

トム・ウェイツ

トム・ウェイツは 1949年12月7日生まれ。本日 誕生日です。ジャック・ケルアックなどの50年代ビート文学にのめり込み、高校中退後、サンディエゴのクラブで働く。1972年にLAに拠点を移し、アサイラム・レコードと契約。アメリカ西海岸のシンガーソングライターの1人として活動開始。ボヘミアン的イメージから”酔いどれ詩人”と称された。ミュージシャンのほかに俳優としても活躍。80年代以降、ロック、デルタ・ブルース、オペラ、ヴォードヴィル、キャバレー音楽、ファンク、ヒップホップ、インダストリアル・ミュージックに近い実験的手法など、彼の音楽は多様なジャンルの影響を受けて変化する。彼の歌詞はしばしば社会の裏面に焦点を当てるが、その優しい目線には温かみを感じる。彼のトレードマークである深いしゃがれ声は、人によって好き嫌いがあるかもしれない。2011年ロックの殿堂入り。以下は ウォール・ストリート・ジャーナルの記事から引用。

"Waits has composed a body of work that’s at least comparable to any songwriter’s in pop today. A keen, sensitive and sympathetic chronicler of the adrift and downtrodden, Mr. Waits creates three-dimensional characters who, even in their confusion and despair, are capable of insight and startling points of view. Their stories are accompanied by music that’s unlike any other in pop history.”

https://www.wsj.com/articles/SB121503939521824567?mod=2_1168_1

トム・ウェイツとの出会い

彼の作品をきちんと聴くようになったのはいつ頃だったろう?よくあるロック名盤ガイドで名前を見た事はあったし ブルース・スプリングスティーンがライブでよく演る"Jersey Girl"の作者としても知っていた。でも 意識するようになったのは ジム・ジャームッシュ監督の映画"Down By Law"(1986)を観てからだ。当時"Stranger Than Paradise"で 脚光を浴びていた同監督。その次回作という事で 映画館に足を運んだのだ。そこで主演していたのがトム・ウェイツであった。

彼に興味を持った私は 早速当時の最新作 "Rain Dogs"を貸レコード屋(時代ですねぇ)でレンタル。しかし 当時の私に彼のスタイルはハードルが高く カセットにダビング(これも時代ですね)はしたが 聴き込まなかった。
次の契機は ロッド・スチュアート。彼がカバーした"Downtown Train"(1989)が全米3位の大ヒット。

「そういや この曲のオリジナルが収録されてたな」とダビングしたカセットを聴き直して トム・ウェイツに はまってしまった。スマートなロッド・スチュアートより 何かダメさ加減が滲み出たトムの唄声が 当時の私にはしっくりきた。そして この曲の冒頭にも月が出てくるのである。
”Outside another yellow moon has punched a hole in the nighttime”

"Closing Time"について

前置きが長くなった。本題は彼のデビュー・アルバム "Closing Time"である。
ジャケットの示すように、舞台は真夜中の閉店時間過ぎた酒場。おそらくそれほど流行っていない寂れたバーなのだろう。そこでピアノやアコギを弾きながら、打ちひしがれた人々の心模様や人生の機微を歌うシンガーソングライター。彼の声は、その生活を窺わせるように掠れている。原因は飲酒か喫煙かそれとも薬物?…って感じの内容である。プロデューサーは Jerry Yester(ex. The Lovin' Spoonful)

収録曲 (括弧内は邦題)

A-1. Ol' '55(オール'55)
A-2. I Hope That I Don't Fall in Love With You(恋におそれて)
A-3. Virginia Avenue(ヴァージニア・アヴェニュー)
A-4. Old Shoes (& Picture Postcards)(オールド・シューズ)
A-5. Midnight Lullaby(ミッドナイト・ララバイ)
A-6. Martha(マーサ)
B-1. Rosie(ロージー)
B-2. Lonely(ロンリー)
B-3. Ice Cream Man(アイス・クリーム・マン)
B-4. Little Trip to Heaven (On the Wings of Your Love)(愛の翼)
B-5. Grapefruit Moon(グレープフルーツ・ムーン)
B-6. Closing Time(クロージング・タイム)

秀逸なカバー 2選

本アルバムの劈頭を飾る "Ol' '55" そのカバーで最も有名なのが Eaglesによるもの。彼らの3rd アルバム ”On the Border”収録。トム・ウェイツを、この曲の作者として認知した方も多いと思われる。トム自身は嫌っていたようだが…

A面最後の味わい深い”Martha" 40年前の恋人に長距離電話をかけて思い出を語る、という、ロマンチックで切ない名作。Jeff Buckleyの父親 Tim Buckleyによるカバーは、彼の8th アルバム"Sefronia"収録。この2年後に早逝した彼の美しい歌声が、トム・ウェイツのメロディの魅力を引き立たせています。

「夜半の月」を見ながら聴きたい

ここまで表題から逸れまくってましたが、「夜半の月」で連想するというのは、もちろん B-5 "Grapefruit Moon"です。本アルバムの最終曲はインストゥルメンタルなので、この曲が事実上のエンディングと考えて良いでしょう。「ワン、ツー」とカウントで始まるピアノのイントロ。カウント時に遠くで犬が吠えてるのがリアルです。
”Grapefruit moon, One star shining, Shining down on me”と冒頭の歌詞から、寂寥感に溢れた深夜の風景が浮かびます。この曲の解釈は人それぞれでしょうが、恋しい人(憧れの人か?)が”Grapefruit moon"で、話者(自分)が”One star"なのだと思ってます。人生に光明が見えず、堕落していく自分が心の支えにしていた”Grapefruit moon"。その人との思い出が詰まった懐かしいメロディが、不遇な環境にいる今の自分に鋭く刺さっている、そんな深夜の酒場の空気感。
真夏でもいいかもしれませんが、個人的には、晩秋から冬の冷たい空気の中で、家族も寝静まった真夜中に、強めのアルコールをお供にして、観月しながら聴きたい曲です。洋の東西を問わず、月は人を感傷的にするようですね。

トム・ウェイツには、次作にも月の曲があります。また機会があれば、それについても書いてみようと思います。

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