見出し画像

交差点の父

毎朝通る交差点に、同年代の男の姿がある。
数年前、この交差点で事故に遭って亡くなった男の子の父親だ。
小学生の男の子は、友達と下校途中、よそ見運転のトラックにはねられた。
スマホで流行っていたゲームをしながら運転していたという。
男の子は、私の息子と同じ空手教室に通っていて、送迎の時や大会の時に見かけたことがあり、話したことはないが顔くらいは知っていた。息子を連れて葬儀に行った。
マスコミの取材が来ていて、父親にインタビューしたり事故に遭った時一緒にいた子供たちにも話を聞いていた。
素直な子供たちは、聞かれたことに素直に答えていて、それが何とも言えない悲惨さを伝えていた。
考えてみると、亡くなった子がかわいそうなのは言うまでもないが、目の前で事故を目撃していた子供たちも心配になってくる。
事故から数年、中学生や高校生になっているその子たちの様子はわからない。
一方で、事故現場には毎朝父親の姿がある。
信号がなかった交差点に信号が設置されたのは、事故がきっかけなのかわからないが、信号が設置されても、雨が降っていても、真冬の風の中でも、父親は交差点に立って、登校する小学生を見守っている。
父親は、あったはずの息子の未来のために立ち続けているのだろうか。
事故だけではない。テレビやネットでは毎日のように、子どもが犠牲になる事件や事故があふれる。
私にできることはなにもない。ただ、せめて身近で起きたことを忘れないようにするくらいしかない。
毎日交差点に立ち続ける父親の悲しみと怒りと悔しさを忘れてはいけない。できることは何もないけど、忘れないことが未来のために唯一できることなのだから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?