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星雪祭の夜
電鉄のストで仕事を早引けした日の夕方だった。
「今日は星雪祭なんだって!」
ただいまより先に玄関から届いたのは、息を弾ませた息子の声だった。もうそんな季節か。私は居間のソファに腰掛けたまま新聞を閉ざした。
「先生が言ってたよ!星と雪が一緒に降ってくるんだ!ねえ、行ってもいい?」
よし、と告げられれば飛び出していきそうな勢いが、息子の声に宿っていた。しかし妻は台所から、たっぷり厚着していきなさい、と言った。
「分かった!」
息子は階段を駆け上がり、自室に飛び込んだ。同時に、台所からはほのかに生姜の香りがしてきた。すりおろした生姜とたっぷりの蜂蜜を湯で溶いた生姜湯だ。あれを飲めば体の芯から熱が沸き、雪の降る中一晩じゅう立っていても凍える気がしなかった。
今夜は星雪祭。雲一つない星空から雪が降り注ぐ、特別な夜だ。夏にはアムンゼンドリル砕氷船を凍った川に浮かべたい、と息子は言っていたが、もう彼の心は夜空に向いているらしい。
「準備できた!」
南極探検隊めいた装いで駆け下りてきた息子に、妻は湯気の立つカップを差し出した。そのまま飛び出したいのであろう息子は、唇をすぼめてふうふうと吹きながら、少しずつカップに唇を付けていた。妻は生姜湯の残りを詰めた水筒を息子の肩にかけてやりながら、先生の言うことをよく聞くように、と言い聞かせていた。
「行ってきます!」
頬を林檎よりも赤くしながら、息子は飛び出していった。まだ明るいが、彼の心はもう夜空の果てに向いている。学校で聞かされただろう、星空から降り注ぐ雪を見上げるうち、自分が空に落ちていく感覚が楽しみでしょうがないのだ。星が帝国の移民宇宙船の破片で、雪が宇宙線と大気によって生じる電気虫現象に過ぎないと知った私でも、あの感覚に胸が躍る。私は再び新聞を開き、記事に目を落とした。しかし私の心は既に、今の息子と同じころに戻っていた。
星雪祭の始まったあの日に。
【続く】
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