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非合法業務受託者向け倫理規定の手引き

 体毛のない女が好きだ。口に出すつもりはない。僕は、応接テーブルを挟んで座る依頼人の話を聞きながら、彼女の顔を見ていた。
「今回は商談の成立阻止を委託したいと考えています」
 つるりとした、光沢さえ帯びるような滑らかな肌が開閉する唇を取り囲んでいる。細面の冷たいとも表現できる面立ちや、数分前に定規を当てて切りそろえたかのような前髪と相まって、非人間的な印象をもたらす。
「対象はプラント系企業とバイオ企業の二社です。両社とも一見関りが薄いようですが、今後わが社の脅威となり得ます」
 僕のような、敵対企業への妨害工作や情報窃取などを担う非合法業務屋を相手にするため、気合を入れているのだろうか。眉も抜き、化粧を厚く施し、非人間的に装っている。大変微笑ましいと、最初は感じていた。
「今回の商談を通じ、将来的に金銭的・技術的共同出資により大規模バイオプラントの開発に乗り出す可能性が情報部から報告されています」
 だが、僕は少し違和感を覚えた。違和感の源は、彼女の顔を凝視して分かった。彼女には睫毛がない。
「これは、比較的小型のバイオ技術に秀でたわが社の脅威となる可能性があり…聞いていますか?」
「ああ、つまり商談相手のどちらかか両方を連れ去ればいいんだろ?」
 彼女の問いかけに僕は応じた。しかし、彼女は嘆息して続けた。
「いいえ。今回の商談が直接的に妨害されれば、両社のやり取りは水面下に入ります。よって自然な形で決裂させる必要があります」
 睫毛まで抜いているということは、首から下はどうだろう?彼女の目を見ながら、入室した際に目に焼き付けたボディラインを僕は脳裏で思い浮かべていた。
「そのため、今回はあなただけの単独業務ではなくバイオロイド一体、つまり私の同行が許可されています」
「君が?」
「はい」
 バイオロイド。技術の粋を結集させた人型有機機械であるということに、僕は内心笑みを浮かべた。体毛のない女はいい。

【続く】

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バク仮面
サークルDDSMDの広報担当です。ツィッターとかご覧ください。@twelveth_moon