人外コレクション第13号「宇宙移民船はヤツらのもの」前文
地球から遠く離れた宇宙空間を、一隻の船が漂っている。全長数キロメートル、最大乗員数十万人に及ぶ大規模な恒星間移民船だ。しかし、内部は静まり返っており、人の気配はほとんどない。この船はコールドスリープ型移民船で、最低限の人員以外は深い冷凍睡眠に入っているからだ。
ほぼ貨物室のような殺風景な区画に冷凍睡眠ユニットが整然と並んでおり、内部の状態を示すパネルが静かに淡い光を放っている。中では、移民志願者の若い男女が静かに、新天地での目覚めを待っていた。
そして船の先端近くに、唯一人の気配のあるスペースがあった。操縦室だ。操縦室に並ぶ椅子の一つに、若い男が腰かけていた。船内の各所のデータをチェックし、異常がないか目を光らせている。コールドスリープに入っている人員がいる中ただ一人起きていることから、この役目は俗に『不寝番』と呼ばれていた。
移民船が最後に地球の文化圏と接触してからすでに数年。彼の前に数名の『不寝番』が職務を務め、冷凍睡眠に入っていった。そして彼の後にも、数名の不寝番が控えている。
不意に、操縦室に並ぶ操作盤の一つから、電子音が響いた。彼が操作盤に触れると、画面上に異常を示すコードが表示された。冷凍睡眠装置の一つが、内部の異常を訴えている。冷凍睡眠中は仮死にも近い状態になっているとはいえ、最低限の生命反応はある。それが失われたというのだ。小数点五桁未満の確率とはいえ、数万人が十数年も冷凍睡眠に入っていれば、命を落とす者が出るのはほぼ確実だった。
彼は操作盤を操り、冷凍睡眠装置の内部の状態を確認する。通常の生命反応チェッカーだけでなく、複数のセンサーや機器を用いて、装置の内部が完全に生命活動を停止しているかを確認する。結果いずれの機器も、対象の生命活動の停止を報告した。
彼はしばし目を伏せ、冥福を祈ってから、操作盤を操った。操縦室から離れた移民船の一角、並ぶ冷凍睡眠ユニットの一つが音を立てる。中に納まっている、移民希望者だったものを流体有機物へ分解するためだ。確かにこの移民船は巨大だ。だが、目覚めることの無い移民希望者をいつまでも保存し続けられるほどエネルギーに余裕はない。また、入植初期の食糧生産が不安定な時期や『不寝番』が目覚めている間は、排泄物などを回収分解して食料を生産せねばならないほど、積荷はぎりぎりだ。だからこうして、中身を分解し、他の入植者が目覚めた後に有効活用できるようにしなければならない。
『不寝番』も入植者も、今まさに分解されつつある入植者自身も納得し、合意した取り決めだった。だがそれでも、彼には一抹の申し訳なさがあった。
数十秒の後、操作盤に分解が完了したとの通知が表示された。後は、自動で内部を清掃し、冷凍睡眠ユニットの電源が落ちるだけだ。
緊張しつつも、特に問題もなく作業が終了したことに、彼はため息をついた。これで、先ほどまでと変わらぬ日常に戻れる。
移民船の状態をチェックし、進路上に異常がないか確かめ、『不寝番』交代までの日数を数える。
そんな日々が続く。そう、思っていた。
操縦室内に、大きな音が鳴り響いた。何か大きなものがぶつかったような音だ。隕石か何かだろうか。しかし、レーダーには何の兆候もなかった。『不寝番』は操作盤を操り、船外カメラの映像を切り替えていった。そして船外カメラの一つが移民船の上部、操作室にほど近い場所に取り付く何かを映し出した。
それは移民船に比べると小型の宇宙船だった。少なくとも隕石などではないのは確実だが、彼の見たことの無い形をしていた。武骨な直線で構成された移民船に対し、あまりにも生物的な曲線で構成されたその宇宙船は、まるで移民船にしがみついているかのようだった。
直後、操作盤の画面にドッキングが完了したとの通知が表示された。
何かが移民船の中に入ってきている。そして、操作盤に向かう彼の背後で、操縦室の扉が開いた。
彼は、ゆっくりと振り返ろうとした。