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「幽囚の心得」第13章                人権論(9)

 次に参政権について述べよう。
 参政権は近代立憲主義憲法においてあまねく保障されている重要な権利である。

 日本国憲法も、「前文及び1条において、主権が国民に存することを宣言し、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに、43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め、15条1項において、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であると定めて、国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。」(大阪高裁平成25年9月27日判決(判時2234号29頁))

 参政権のうちで、国民が自らの代表たる議員を選挙によって選ぶ選挙権が最も重要であるが、この選挙権の性格については、代表制民主主義の下での国民の権利である性格と共に、選挙人としての地位に基づいて公務員の選挙に関与する「公務」としての性格が付加されていると解されている(二元説)。

  ところで、公職選挙法11条1項2号は禁固以上の刑に処せられその執行を終わるまでの受刑者の選挙権を否定しているが、上記大阪高裁平成25年9月27日判決は参議院議員通常選挙で投票できなかった受刑者が国家賠償を請求した事件において、今日では受刑者に不在者投票等の方法により選挙権を行使させることが技術的に困難とは言えないからやむを得ない制限とは言えず違憲であるとしている。

「憲法は、同条3項において、公務員の選挙について、成年者による普通選挙を保障すると定め、さらに、44条ただし書において、両議院の議員の選挙人の資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば、憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。」

 このように同判決は選挙権について「議会制民主主義の根幹をなし、民主国家では一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられる」と述べ、且つ、選挙権の制限に関する合憲性の判断については、在外邦人の選挙権剥奪違法確認等請求事件における最高裁平成17年9月14日判決(判例時報1908号36頁)が示した、その制限をすることがやむを得ないと認められる事由がない限り違憲になる、という厳格な基準によるべきであるとした。

 その上で、受刑者について、「過失犯により受刑するに至った者も含まれ、その刑の根拠となった犯罪行為の内容もさまざまで、選挙権の行使とは無関係な犯罪が大多数であると考えられる。そうすると、単に受刑者であるということのみから、直ちにその者が著しく遵法精神に欠け、公正な選挙権の行使を期待できないとすることはできない。」などとの理由を示し、選挙権に対する一律の制限は憲法15条1項・3項、43条、44条ただし書きに違反すると判示している。
      
 尤も、同判決は受刑者たる控訴人が参議院選挙において選挙権の行使を否定され精神的損害を受けたとして、国家賠償法の規定を改正しなかった立法不作為が問われた点に関しては、国賠法上違法であるとは言えないとしてその請求自体は棄却している。敗訴した控訴人は上告せず最高裁の違憲判断は下されていないためか、その後、国会は未だに改正の動きを見せなかった。

 なお、国会議員を選出する選挙権について、上記平成17年9月14日の在外邦人の選挙権制限に関しては、最高裁判所大法廷の違憲判決を受けて公職選挙法が改正されて在外投票制度は整備されたるに至っている。

 刑事施設収容中であることに伴う事務的支障如何について考えるに、日本国憲法の改正手続に関する法律(平成19年5月18日法律第51号)は、憲法改正に関する国民投票について、その3条で「日本国民で年齢満18年以上の者」に投票権を認めており、受刑者であることは欠格事由としていない。受刑者は、憲法改正の国民投票の際には収容中の刑事施設内において投票権を行使できることとなるのであって、そこでは投票の事務的支障はそもそも考慮はされていない。
 また、未決収容者については公職選挙法11条1項2号の適用がなく、公職選挙法48条の2第1項3号は、選挙の当日に刑事施設、労役場、留置場、少年院若しくは婦人補導院(以下「刑事施設等」という。)に収容されていると見込まれる投票人について期日前投票を行わせることができると定め、公職選挙法施行令50条は、不在者投票の方法に関する規定である同法49条1項の制度を利用して刑事施設等において投票をする場合の投票用紙及び投票用封筒の交付の請求方法等について具体的に定めている。
 このように未決収容者が既に不在者投票を行っており、また、憲法改正の国民投票については受刑者にも投票権があることが前提とされている以上、受刑者について不在者投票等の方法により選挙権を行使させることが技術的に困難であるということはできないのである。

 思うに刑罰を科すこと一般の効果として、一律に公民権を剥奪しなければされなければならないとする合理的根拠はない。選挙の公正を害する虞れの存する選挙犯罪を犯したの場合は考慮を要するとしても、受刑者であること自体により選挙権を制限することは許されないと言うべきである。

 選挙権の議会制民主主義における自己統治の趣旨を具現化する重大な意義に鑑みると、表現の自由を実質化する知る権利の受刑者に対する保障についても施設収容の現場は十分な配慮を要すると言わねばならない。

  刑事施設法69条は、自弁の書籍の閲覧について、刑事施設の規律・秩
序を害するおそれがあるとき、矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがあるとき、罰則によるとき等以外は禁止し制限してはならないと定め、同72条1項は、刑事施設の長は、被収容者に対し、日刊新聞紙の備付け、報道番組の放送その他の方法により、できる限り、主要な時事の報道に接する機会を与えるよう努めなければならないと定めている。
 受刑者に対して新聞の閲覧をさせること、報道番組を視聴させることは表現の自由の価値に鑑み、頗る重要なものである。

 前記最高裁平成17年判決は、かつては在外国民に対して投票日前に選挙公報を届け、候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるとい
う状況が存したことを前提としつつ、通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどによれば、在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったとして、在外国民に選挙権の行使を認めないことについてやむを得ない事由があるということはできないとしている。
 そうすると、受刑者に選挙公報を届けることは、むしろ在外国民に対する場合と比較して容易であるというべきであるから、この点に鑑みても、受刑者が外部にある情報の取得について一定の制約を受けていることを選挙権制限の根拠とすることはできないと言わねばならない。
 まして仮釈放中の受刑者は刑事施設に収容されておらず、情報取得につ
いては一般の国民と同様の立場にある。それ故、情報取得の困難性を理由と
して一律に受刑者の選挙権を制限することは、そもそも仮釈放中の受刑者についてはその前提を欠く。

 なお、被選挙権、立候補の権利については、公職に就任し活動するための地位の取得というその性質自体においても、そもそも刑事収容施設内にいる受刑者がこれを行使することは困難であるから、公職選挙法が受刑者に対して被選挙権の行使を制限していることについてはやむを得ない理由があり、違憲であるとは言えないだろうと思う。

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