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小説「獄中の元弁護士」(6)              「被告人を懲役6年に処する」

 「私は少々傲慢だったんです。」
 灰色の壁で覆われた狭い取調室で、私は古びたスチール机の対面に座る中林警部補にそう繰り返した。これがまさに本音だ。部屋の奥に座る私の左側に位置する窓のブラインドの隙間から、数日前まで自由に行き来していた麹町の街並みがわずかに眺められる。しかし、私には何らの感傷もない。今はただ国の求める自らの務めを果たすだけだ。

 弁護士は依頼者のために働く。これは当然のことだが、この当然のことに矛盾する所為を働いてしまったのだ。私はこれから自身に対して、この矛盾をどのように解しどのように是正していくべきか問い続けなければならない。この矛盾に向き合わずにある私の生の意味は極めて薄い。そう思っていた。

 「刑事事件はやっていたの?」
 刑吏が腰縄を摑みながら私に話しかける。
 (余計なことを聞くやつだな。)
内心でそう思いながら
 「当然やっていましたよ。」
と私は両手に手錠を嵌められたままの不便な状態で答える。
 「皮肉なものだねぇ~」
 その刑吏に連れられ法廷に入る。扉が開くと元依頼者である被害者の方の顔が傍聴席に見えた。
 (自分は死にません。)
 心の内で被害の回復を約する。
 
 「被告人を懲役6年に処す。未決勾留日数100日をこの刑に算入する。」

 逮捕の約半年後、その年の10月に判決が下された。検察官から示された求刑は8年であったから、その八掛けで考えると少しだけこちらの事情を汲んでもらったかに感ぜられた。
 「司法改革の趣旨を実践しようとしたその志は評価できるとしても...」
 裁判官が言わなくてもよいであろう余計なことに言及した。感謝の気持ちはあったが、感謝を感じる自分に対しては、それでいいかは分からなかった。
 それでも私は当初より命乞いをするつもりなどは毛頭なかった。判決はこれを諾として受け入れる意思しかない。それに変わりはない。
 ただ一点、これにより心を折られることはない。そんな気がして、少しほっとはした。これは正直なところだ。自分は潰されることはないだろう。その自信だけは残った。

 護送車の窓の隙間から霞が関の官庁街を歩く人々に目をやった。自然、誰か知っている人間がいないか探している。いたら滑稽だなと口元が少し緩む。首都高速道路を通って移動する。スカイツリーが見えてきたら、今の我が家である小菅はもうすぐだ。帰宅後は当面を生きるために飯を食らうか。

 

 


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