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“大切なものを収める家”

2024年3月16日〜8月25日まで、(東京・)日本橋の高島屋4F、高島屋資料館TOKYOで
ジャッカ・ドフニ 大切なものを収める家 ーサハリン少数民族ウイルタと『出会う』
という展示が開催されました。

かつて網走に「北方少数民族資料館ジャッカ・ドフニ」という資料館がありました。この名称は”大切なものを収める家”を意味するウイルタ語で、樺太に暮らしていたウイルタ人の生活文化を伝える資料館でした。
残念ながら2012年に閉館し、収蔵物は、北海道立北方民族博物館に移管され、保存されています(常設展示はなし)。今回は、その普段展示されていない収蔵物が高島屋資料館TOKYOにやってきた、というわけです。Xに流れてきた展示会のお知らせを見てすぐに「あのジャッカ・ドフニのことか!」と合点して、観覧を楽しみにしておりました。

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展示は撮影禁止でしたので、入り口のタペストリーとジオラマのみ写真を載せます。
ウイルタ民族は夏と冬で異なる家に暮らします。これは冬の家での生活風景を再現したジオラマ。夏の家のジオラマは……光が反射してうまく撮れなかったのです。

決して大規模な展示会ではありませんが、とても心に残る展示でした。
“大昔の、匿名の誰か”が残したものではなく、ダーヒンニェニ・ゲンダーヌ(北川源太郎)さん、北川アイ子さんたちが残していってくれたもの、と感じたからです。
北川さんご兄妹は日本在住のウイルタで、「ジャッカ・ドフニ」はゲンダーヌさんの呼びかけに応える形で設立されました。ゲンダーヌさんは初代館長、アイ子さんは2代目館長です。面識もない、ジャッカ・ドフニには行ったこともないのに親しみを感じるのは、学生時代に、ゲンダーヌさんの伝記

田中了、D.ゲンダーヌ『ゲンダーヌ:ある北方少数民族のドラマ』現代史出版会、1978
(古い本なので中古の扱いしかありませんが一応Amazonのリンクで書誌情報に代えます)

を読んでいたためです。
会場には、ゲンダーヌさんが自ら作り使っていた道具の数々や、アイ子さんが結婚するときにご母堂から形見を兼ねて贈られた晴れ着が、並んでいます。1点1点が生活に使われていて、大切にされていたことが感じられる点が感動的でした。
会場の一番奥のブースでは記録映像が上映されていたのですが、その中の一編では、ジャッカ・ドフニが冬季の休業期間を迎える(/春の再開時)際にアイ子さんが館内で行っていた「プッキチュリ」という儀式の様子が映っています。そして、このときアイ子さんが身につけている祭具は、スクリーンの真正面に展示されているのです(何割くらいの方が気づいていたでしょうか)。道具類が、実際に、生きた形で使われていた様を目にすることができて、振り返れば実物が鎮座している。これを体験するの、すごく大事だと思うのです。

ゲンダーヌさん手書きのノートも見ることができました。これは、池上二郎先生の勧めでウイルタ語を記したノート群の1冊です。
開いてあるページの一番上の行には、「アクサハシイ」と書いてあります。かつてゲンダーヌさんが書き記したノートの一節を、自分がいま読んでいる、ということに感動を覚えました。
(帰宅してから手持ちの資料に当たってみましたが、「あくさはしい」が指しているものは見つけられませんでした。近しい語根は見つかったんですけど)

ウイルタ以外の人々による品々も展示されています。ジャッカ・ドフニを訪れた、樺太アイヌやコリャークの人々が寄贈していったものです。これらの展示品を目にすると、「そうか、みんなの大切なものを収める家だったんだな」と目頭が熱くなります。

無料の展示会であるのをいいことに、会期中3回訪問しました。
1度目は1点ずつじっくり見て、2回目は記憶を呼び戻しながら会場全体を見るような感じで滞在し、最後はもう一度詳細に、展示物の光の反射とか、汚れとか、細かいところまで見ました(ものを見る、というのは、こういうことではないのかと思います)。

最後の訪問は最終日前日、ついに展示会公式の図録『ジャッカ・ドフニ 大切なものを収める家: サハリン少数民族ウイルタと「出会う」』が発売されました。

この本、すごいですよ。会場内限定で販売されるタイプのいわゆる“図録”ではなくて、この展示会に合わせて編集された書籍という体裁です(高島屋向かいの丸善で先行販売の扱いでした)。
会場内では断片的にしか知ることのできない、樺太のこと、樺太に暮らす少数民族のこと、ジャッカ・ドフニのこと、北川ご兄妹のことを知り、今回の展示物を(再度)見ることができます。会場内にあったパネルやキャプションはすべて収録。
会場で上映されていた映像についても、何コマかの写真が掲載され、解説がついています。先に、冬季の休館前に北川さんが執り行っていた儀式、と書きましたが、これも実は本書の解説でそのような意味合いの儀式であったと知りました。
それから、展示では語られない、北川さんご兄妹のお人柄も少しだけ、伺うことができます。
展示の舞台裏や背景事情も大変興味深く読みました。企画、設営、運営の皆様、本当にありがとうございました。

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さて、丸善さんの売り場では、展示会をより楽しむための「もっと楽しむ21冊」というフリーペーパーが配布されています。展示会でウイルタや樺太、北方少数民族に関心を持ったという人々の興味をさらに広げるためのブックガイドです。すばらしい。

ここにリストアップされている中に、大好きな本が一冊あります。

これは、ニヴフ、イテリメン、コリャーク、ユカギールといった、北方の少数民族の言語を調査している先生たちのエッセイ集です。

例えば。
調査が終わり、空港へ向かうバスに乗る著者を見送りに来てくれたインフォーマントが、ロシア語しかわからない運転手に「よろしく頼むよ」とニヴフ語で何度も懇願する場面や、親しくしてくれたインフォーマントの訃報を再訪時に知ったときの、「どうしてこんな思いをしながら調査しなくちゃならないんだ?」と自問する姿、などなど、涙なしには読めない。ビジネス英語だグローバルだななんだと喧しい世の中だからこそ、この本は読まなくてはいけません。

この本を知ったきっかけは、もちろん『ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たち』(2009)です。この本が発売になったとき、どれだけ興奮したことか。
つまり、これまでこのシリーズには、それこそカセットテープ時代の『エクスプレス』の時代から、カタルーニャ語やベンガル語のように、日本ではマイナーだけれども、当地では必ずしもマイナーではない、そのような言語が入っていました。ところが、この『隣人たち』は、セデック語、ニヴフ語、ホジェン語…のように、国家公用語に圧されて話者数が少なくなってしまった言語を母語話者による吹き込みで聞けるわけです。すごいよね。発売を迎える前に白水社のサイトを見て、「どこに住んでいるどんな人たちの言語なんだろう」とググっていたので、少数民族の言語と文化に興味を持たせるという策に、フライングスタート気味ではまりこんでいたのです。

つづく、かな?

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