行きつけの銭湯がサウナハット共に占拠された

あなたには「癒し」と呼べる空間があるだろうか。
ある人にとっては家族が待つ自宅かもしれない、またある人にとっては顔なじみが集まる酒場かもしれない、もしくは一人で過ごす時間が何よりの癒しという人もいるだろう。

そんな心休まる場所に、突然コミュニケーションが取れない人々が押し寄せて来たらどう思うだろうか。
少なくとも愉快な気持ちではないだろう。

私は「癒し」を奪われた。

サウナハットを被った、サウナーとかいう集団にだ。

サウナー憎けりゃサウナハットまで憎い。
ここから先、「銭湯サウナを巡るのが趣味」という人間には不愉快な内容が続くので該当する人は読むのをやめてほしい。

私にとって「癒し」とは、ある銭湯だった。
取り立てて特筆するべき特徴はなく、なんなら古びた銭湯だ。近所にあるから、以外の理由で行くことは無いだろう。
客層も控えめに行って悪い。刺青をの人は当たり前のようにいる。
全身に刺青を入れた結果、皮膚が真っ青なおじいさんもいた。

そんな銭湯だが私にとっては手足を伸ばし、温かい湯に浸かってぼーっと出来るだけでよかった。
怖そうな人はたくさんいたが、怖い人はいなかった。

転機は突然訪れる

「店舗改修のため〇〇月まで休業します」

との告知が出た。コロナ禍であり、施設も古かったのでちょうどいいタイミングだったのだろう。
この時サウナの中でおじさんの口から漏れた「この施設のまんまキレイにしてくれたらそれでええんやけどなぁ…」という言葉が俺は忘れられない。

暫くの間俺を含め、いろんなおっさんが癒やしを我慢することになる。癒禁だ。

別の銭湯に行ったりしながらも新装開店を待ち、ついにその時が来る。パチンコ屋以外でリニューアルオープンに心躍ったのは初めてだ。

リニューアル内容は想像を遥かに超えてきた。
スーパー銭湯のようなエントランス、クラフトビールの置いてある冷蔵庫、清潔感のある更衣室…変わったところを上げればキリがない、整形中毒の美容女子に勝るとも劣らないビフォーアフターだ。もし自分の家をリフォームすることがあればこれをやった職人の頬を札束で叩きたい。

中でもサウナに力を入れてリノベしたことがわかる。改装前は扉もしっかり閉まらず、床板もところどころ剥がれていた4畳ほどの空間が倍以上に拡げられており、御神体のようにサウナストーブが積み上げられている。
そればかりか、定期的なオートロウリュで熱波も起こせると来たもんだ。
さらにさらに、照明は薄暗くしつつヒーリングミュージックが流れる癒しの空間となっており銭湯サウナに付き物のTVはどこかに撤去されてしまった。

サウナで火照った体を預ける休憩スポットも十分な広さに大量の椅子が並べられており、並のサウナ施設を超える満足度を実現していた。

「最高じゃねぇか!」

私は心の底で静かに叫んだ。
期待値をはるかに超えるクオリティのサウナ銭湯が近所に爆誕したのだ。
以前は週に一回だった癒しの時間は徐々に増えた。

…正直この時から感じてはいた。全身刺青のおじさんがいなくなり、お洒落なタトゥーを入れた若者が増え始めていた事に。
小さい子供を連れたお父さんがいなくなり、友人連れの学生が増えていた事に。

ある時、twitter(現X)を眺めているとサウナインフルエンサーがその銭湯をベタ褒めする投稿をしていた。
「西の雄」「東京の銭湯改修ブームに負けない」
そういった美辞麗句と共に見慣れた浴室とサウナが紹介されていた。

「最悪じゃねぇか!」

これは実際に声に出して叫んだ。
ブームになるとは馬鹿に見つかるという事だ、とはよく言ったものでその日から私のオアシスは完全に占拠された。

仕事帰りに立ち寄れば「順番待ちなんです」と外でしばらく待つことになり、いざ入るとみっちり詰まった小籠包のようにサウナに入らなければならない。
そんな状況を作り出しているのがそう、サウナハットをかぶった奴らだ。

サウナハットは俺を囲む。囲むだけならまだいい、奴らは喋る。
「ここのサウナは天井が低いね」「○○のサウナに似ている」「あそこのサウナ、行った事ある?」「そのサウナハット○○の限定品だよね」「湿度と温度のバランスが良い」
いつの間にサウナは品評されるようになったのだろうか。


「テレビ無しはマストだけど音楽がかかっているのは珍しい、癒されるね」
その癒しの音楽がてめぇらの声で聞こえねぇんだ。

あと水風呂には黙って入れ、「あぁ~~~~~~!!!!!」じゃねぇんだ。お射精してはりますのん????

休憩スペースでこの前行った合コンの話をするな。
そんな話をしながら金玉を俺に見せつけないでくれ。

そして銭湯よ、お前もサウナハット掛けをわざわざ作るな。
既にサウナハットホイホイになってるんだ、もっと呼び寄せてどうするんだ。そんなに儲かるのか、俺もやろうか。

こうして、私はオアシスを失った。改修前、おじさんがポツリとこぼした一言が今なら深く心に染みる。

もちろん銭湯が儲かるのはいい事だし、このページで言っていることがワガママであることは百も承知だ。もしここまで読んでくれた人がいたら心から感謝すると共に、自身のオアシスを今のうちに堪能し、感謝しておいてほしい。

その場所が、明日もその姿のままであるとは限らないのだから。

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