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プロローグ ~夫が肥えていく~

夫が肥満になっていく過程は実に奇妙だった。
奇妙だけれど、誰にでも起こりうる流れともいえた。

元々は中肉中背の、特別太っているわけでも締まっているわけでもない、まあまあ普通の体型。
背は高くないので、体重は私よりもだいたい5kg重い、そんな程度だった。
デートでよく食べ歩きをしたけど、その分二人でジョギングもした。

私が妊娠するまでは。

妊娠した私はジョギングに行けなくなり、つわりで異常に歩行スピードが落ちてウォーキングさえ困難になった。
一人ではつまらないと、夫も走らなくなった。しかし、走らなくなったぐらいで人の体重というのはそんなに増えるものなのだろうか。

私は腹の子が育つにつれ、徐々に体重が増えていく。
それに合わせるように、何故か夫の体重まで少しずつ増えていったのだ。

食べる量が増えていたのか?
そこまでドカ食いしていた記憶はないのだけど。
むしろ私が腹の子に気遣った食事を作っていたつもりなのだけど。

妊娠5ヶ月の安産祈願の頃、私のお腹は目立ち始め、夫のお腹も目立ち始めていた。
これでは私の妊娠が霞むどころか夫婦揃って太っただけみたいに見えるじゃないか。
と、夫にブツブツ言ったけど、夫は笑うばかりで反省しない。

出産間近になると私の体重は9kg増えていた。
元々の体重を考えると、とうに夫を超えているはず。
しかしとうとう追いつくことがなかった。
さすがに見た目は臨月の腹には勝てないものの、夫の体重は10kg近く増えていた。

私は出産した分軽くなる。
母乳育児もあって、妊娠で増えた分はあっという間に元にもどった。
しかし夫は肥えたまま。

今も時折夫に「あの頃なんであんなに太っていったのかね」と尋ねるが、返ってくる答えはいつも「たぶんストレス」。
ストレスとはなんなのだろう。
脂肪と糖を吸収しやすい体質に変えてしまうのだろうか。
それとも、ストレスにより過剰に食べてしまっていたのだろうか。
過剰の度合いが目立たない程度だから気づかなかったのだろうか…

こんな時、私は自分の姉を思い出す。
姉もまたかなりの肥満体型で、こうなり始めた頃のことを私ははっきりと記憶している。
高校生になった姉はバイトを始め、バイト代をカップ麺やスナック菓子につぎ込んでいたのだ。
食べるのは夜。
姉はぐんぐん太っていった。

夫にはこのようなあからさまな原因がない。
だがしかし、摂取カロリーが消費カロリーを超えれば、それはもう過剰摂取といえる。
毎日少しずつの過剰が積み重なった結果と言われれば納得できなくもない。
走るのをやめたことで、寝ていても消費する分の基礎代謝も低下したのかもしれない。

体型をキープするのによろしくない要因が少しずついくつも集合して十月十日経ったことで、このような夫が出来上がったのか。
いやそれにしても、10kgは増え過ぎでは。

そしてついに、会社の健康診断の結果表に決定的な文字が刻まれた。

『メタボリック判定:メタボ』

おめでとう!!
名前が付いたことで、夫が肥えているという事実がより明確に。

メタボに認定されると、会社から健康指導が入る。
健康管理室に呼び出され面談となり、日々の食事や運動の習慣などを白状させられ、血圧計を買って毎日計るように言われるのだそう。

太っている、とはあくまで見た目のことで、力士は健康だと私は思っている。たくさん食べるのは体づくりのためだし、毎日激しい稽古をしている。
しかし夫の太り方は明らかに不健康だ。
このままでは近い将来何らかの病気を発症しかねない。

危機感を覚え、私は食事の改善に奮闘した。
物足りなくならない程度に糖質をカットし、ダイエットのためのレシピ本を常に傍らに置いていた。
しかし、あれこれ悩むのは私ばかりで、本人はこれといって生活に変化を持ち込もうとしないのだ。

夫の体重は1~2kgの増減を繰り返しながら5年近く経ち、私は二人目を妊娠した。
また一緒に体重が増えたりして…と考えたが、さすがにそうはならなかった。
上の子の遊び相手を100%引き受けると、のんびりぐうたらなどしていられず、動かざるを得ないからだ。

ところが、世はコロナ禍で夫は在宅勤務となり、これが夫のメタボに磨きを掛けていく。

今度は原因が明白だ。
出勤しないので、家と駅の間を歩いていた分がゼロに。
忙しいと一歩も外に出ないまま一日を終えることも。
加えて間食が格段に増えた。
夫曰く、会社にいるとお菓子を食べることはほぼないらしい。
しかし家にはお菓子が常に置いてある。
作業が一段落すると、夫はお菓子を取りに部屋から出てくる。
主にクッキーやチョコレートといった甘い系。
私もかつて事務職として働いていた身、仕事の合間に甘いものが欲しくなる感覚はよくわかる。なので私は夫を止めることはしなかった。

コロナ第3波で週に1回あった出社がなくなり完全在宅勤務になってしばらく経った頃、夫がポツリと言った。

「俺このままじゃ、60歳ぐらいで歩けなくなってるかも」

夫の体重はさらに3kg増えていた。
身長165cmにおいて70kgを突破するというのは、夫にとって超えてはならない一線だった。
時々食べ過ぎて超えてしまうと、慌ててお菓子を控えたり息子と外遊びで走り回ったりして調整していた。
しかし70kg台が定着してしまい、年末年始の飲み食いでさらにその先へと突き進み始めた数値を目の当たりにし、夫はかなりショックを受けた様子。

ついに夫が動いた。

自らのスマホに、ダイエットアプリを入れたのだ。
メタボを解消したいという意志を固めたのだと、私は受け取った。


こうして夫の戦いが始まった。
もちろん私はそのセコンドに付くし、専属シェフでもある。

私は夫と楽しい老後を送りたい。
これからの日々が実りあるゴールに向かうことを願い、この戦いを記録していく。

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