リバウンド王におれはなる

日本国内にコロナ感染者が増え始め、ドラッグストアからマスクが消え、息子が通う幼稚園が自由登園になっていた頃のお話である。

第2子を妊娠し、つわりで食べ物など見たくもない状態だったので、夫のメタボなど心底どうでもよくなっていた。
それが落ち着いてきて、またキッチンに立てるようになり、レシピサイトなども見られるようになってきた矢先、夫が胃腸炎で体調を崩したのだ。
さすがの夫もまともに食べられず、ゼリーや雑炊が続き、3kg体重が落ちた。

そこで私の目が光った。

これはダイエットのチャンスなのでは。
今体重が減ったのは一時的だとしても、胃が小さくなったままの状態をキープすれば、大きくリバウンドすることはないのでは。

こうして私は愚かにも再び『#夫のメタボ対策』に手を出してしまったのだった。

シーズン3の幕開けである。

しかし今回は、夫自身が「このまま痩せられるかも!」と目を輝かせ、自動的にやる気スイッチが押された状態である。
利用しない手はない。

嬉々として食事作りに励む私だったが、同時にどこかで「どうせまた無駄になる」という思いもあった。
夫が胃腸炎で少し痩せたことは今までにもある。
そこから必ず元に戻っていたからこそ出来上がったメタボなのだ。

夫に対する疑わしい思いは、ある日確信に変わる。

緊急事態宣言が出される前、まだ毎日出勤していた夫の昼食は私が作るお弁当だった。
それまでは週2程度のペースだったのが、コンビニなどでの感染を警戒して出来るだけ毎日作るようになっていた。
夫の好みのものを買うとカロリーが高かったり、ダイエットを意識し過ぎて貧相なメニューになるので、体のためにもちょうど良い。

昼食代は夫自身のお小遣いから出ていたので、お弁当を持参するとその分が浮く。
すると夫は、浮いたお小遣いで「お土産」と称して甘いオヤツを買って帰るようになったのだ。

健康のためにお弁当を作る。
夫のお小遣いが浮く。
浮いたお小遣いで糖分を摂取。
リバウンドへと続く真っ直ぐな道を、夫はスキップしながら進んで行く。「痩せられるかも!」と言ったその口に吸い込まれていく糖分。

私は早々に諦めた。
今度こそ!と燃え上がった炎は夫によりいとも容易く鎮火させられた。

そして緊急事態宣言発令後、夫は在宅勤務となった。
息子は休園、私はせっかくの安定期なのに引きこもり。
各々ちょっとずつストレスを抱える中、食べるものぐらいしか楽しみを見出せなくなり、飲食店支援のためにも美味しいテイクアウトを探す方に舵を切ったのだった。

夫の体重は元通り、むしろ増えていった。
プロローグで触れた通り、出勤で歩いていた分がなくなり、仕事の合間にオヤツを食べる生活が続いたのが主な原因と考えられる。


自分の体の一大事、夫とてまるで無関心だったわけではない。

一応毎日体組成計には乗っており、寝ている時以外は活動量計を身につけている。もう何年も記録はされ続けているのだ。体重のグラフを作り壁に貼り出して、毎日書き込んでいる時期もあった。ちょっとでも運動しようと、息子や近所の子供たちと公園で走り回ったりもしている。

これらが結果に反映されないのは、やはり食べるものの質や量のせいとしか考えられない。

夫は基本的に「痩せたい、でも食べたい」という欲望に正直な人間である。
その上もれなく「食べたい」が勝つ。

ある日車のラジオで流れていた『α‐リポ酸』のダイエット効果を紹介するコーナーを聞き、普段はこのように飛び込んできた情報はサラッと流すのに、珍しく「コレ買おうかな」などと言い出した。

紹介されていた商品はけっこうなお値段だったので、夫はショッピングサイトでお手頃な別の商品を探し、本当に購入した。

私はそれについて何も言わない。
言わないが、夫には効かないと確信していた。

『コレと飲めば痩せる』という露骨な売り文句ではないが、ダイエットサポート系のサプリメントを飲んでいると、「飲んでいるから多少は食べても大丈夫だろう」という思考に陥るのではないか。

夫の食生活は変わらないので、もちろんα‐リポ酸の効果は出ない。
これまで黒烏龍茶も胡麻麦茶もおから茶でさえものともしなかったのだ。
次第にα‐リポ酸のボトルの蓋は開けられなくなっていった。

体重は減らないどころか、在宅勤務での運動量の低下と間食の増加で悪化の一途を辿っていく。

私が夫のメタボをどうにかしようと頑張り始めてから、ある日夫自身が「これはヤバいぞ」と気づきダイエットアプリをスマホに入れるまでに、実に3年近くの月日が経っていた。

夫は40歳。息子はまだ幼稚園児だし、娘は生まれたばかり。まだまだ働いてもらわなければならない。

今度こそリバウンドしないように、夫には楽しい老後を目指してもらいたい。


余談だが、娘が生まれたことで、夫には「娘に嫌われたくない」という動機も生まれたようだ。

娘の口から「おとうさん、やせて」と言わせるのが最も効果的かと考えたが、そこまで言えるようになるまで最短でも3年は必要である。
そう言われるまでに結果を出せるよう頑張って欲しい。

中学生の娘に「デブは黙ってろよ!」と反抗されるバッドエンドになりませんように。


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