浦シマかぐや花咲かⅢ 決戦 関ケ原編
ORIGIN WORLD? 決戦 関ケ原
これまでのあらすじ
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昭和20年(1945年)8月、大日本帝国海軍の女性通信兵の浦シマは突然空から落ちてきた海亀ロボットのTENCHIを拾った。
極秘の軍事研究員でもあるシマは傷ついたTENCHIを助けたが、未来から来たと思われるTENCHIにもうすぐここ広島に原子爆弾が投下される事を知らされる。シマは間一髪、原爆投下から逃れTENCHIに連れられ戦後にタイムリープする。TENCHIは何かの目的を持って時空を彷徨っていたのであった。
時は経ち昭和47年、シマは反戦反核を訴え日本初の女性総理大臣まで登りつめるが、汚職の嫌疑をかけられ窮地に陥っていた。ある目的を持ったTENCHIに促され再度戦前にタイムリープするが、今度は史実より1年早くヒトラーが殺害されドイツがアメリカに勝利し、日本がアメリカに停戦した世界になってしまう。TENCHIは手違いから日本の軍部に破壊され粉々になってしまった。
そのから昭和30年代前半になり、その世界でもシマは総理大臣になった。唯一の被爆国である日本がイニシアティブを取り、世界は核兵器廃止条約が締結されようとしていた。しかし、戦勝国ドイツはアメリカ本土に駐留軍を置き実効支配していた。世界平和を願うシマは、ドイツ軍の蛮行を諫めるため連合艦隊と伴にニューヨークに向かう。しかし、ドイツ軍部の強硬派によってニューヨーク湾で連合艦隊は壊滅状態になる。
シマは急遽、原因を探るため同盟国のドイツに向かう。この時代、ドイツの首相は傀儡政権で、アルプスの麓の極秘指令所で全てを命令していた。シマは日本国の首相としてそこに案内される。そこではある目的を持ったTENCHIがAIとなって指令を出していたのだ。粉々になったTENCHIはほぼ復元されておりシマにあることを伝える。
シマは総理大臣を辞職し、月に行くために厳しい宇宙飛行士の訓練を受ける。苦難の末、月面に到着したシマは高度な知的生命体「月の竹」を発見する。月が母で地球は月の子だったのである。人類蘇生計画……そこで、戦争で亡くなった人の遺骨を撒くと地球では亡くなった人々が次々と蘇えった。シマはそこで力尽き、月の裏側で倒れてしった。
秘書の家具屋とTENCHIの尽力で元の世界に戻ったシマは総理になって1年半が経った。金権汚職政治の打破、クリーンで平和な世界の実現を目指す浦シマに、それを快く思わない与野党から浦総理降ろしがいよいよ本格化してきた。シマ自身は自分を入れて衆参5人の小規模グループしかなく選挙区を鞍替えし、与党民自党有力者・花木幹事長に支えられている。
花木とともに政界のフィクサー、政治経済を影で操る長老・金多の元に頼みに行く。実は花木と金多は裏でつながっており、コントロールの利かなくなった浦を首相の座から引き下ろそうとする。そんな時、時空を彷徨う海亀ロボットのTENCHIが現れ、ドイツのミュラー首相とロスリスバーガー大統領が暗殺されもう一つの世界が大変なことになっていると伝える。与党議員の裏切りがあり内閣不信任案が可決され、浦総理は衆議院を解散し総選挙を行うことになる。一方、金多はヤクザを使って確実に浦を総理大臣から降ろそうとする。選挙戦最終日、浦をかばって家具屋が刺され危篤に陥る。衆議院選挙の結果、花木が首相となり、家具屋の死が告げられる。全てを失ったシマではあるが、明るい日本の未来も見えてきた。後進に全てを託し、もう一つの世界にタイムリープをする。
もう一つの世界ではドイツ領のハワイが高度の科学力を持つネオナチス国に占領され、アメリカ、日本が核兵器で襲われる危機に瀕していることを知る。最期の人類蘇生計画、ミュラーと家具屋の遺骨を託しケビン船長は月に出発する。また、シマは情報が敵側に漏れていることを知る。ミサイル基地が完成されるまであとわずか。
シマは山元首相の命により連合艦隊司令長官を任命される。圧倒的軍事力を持つネオナチス軍に対抗するため、日本経済界の大物になった鈴木アツシに連合艦隊の補強を頼む。その時、月面に行ったケビンの手で蘇えった家具屋が現れる。世界の命運がかかった「天地作戦」が発令される。
準備不足のまま連合艦隊旗艦・大和に乗るシマ。家具屋は空母武蔵に乗船する。この世界では金多が大和に参謀として乗船していた。第三次世界大戦が始まり、両軍死力を尽くす一進一退の攻防が続く中、日本に向けついに大陸間弾道弾が発射される。間一髪、宇宙ステーションにいたケビンが放った迎撃ミサイルにより大陸間弾道弾は撃ち落とされ、ハワイの空は赤く包まれる。囮の大和艦隊は真珠湾に突っ込み、他方から上陸作戦が始まる。激しい戦闘の末、上陸作戦は成功するが、大和はシマもろとも轟音を上げて沈没する。半年後、ハワイは復興が進められていた。真珠湾沖では連日潜ってシマの亡骸を探す家具屋の姿があった。月が出たハワイの夜空を背にTENCHIが甲羅を浮かべていた。
昭和40年、再び月に行った家具屋のおかげでシマは蘇える。第三次世界大戦を短期間で収めたこの世界では、元の世界より科学、軍縮が進み核のない平和な世界を享受していた。
元総理で最期の連合艦隊司令長官であったシマは、日本軍復興派、ネオナチスの残党から身を守るため身元を隠し芸能事務所に転がり込む。
併せてTENCHIからシマの若返りの原因の不老不死の薬・イレイメノキツ45を探すようにいわれる。
秘薬を探し求め、売れない女性アイドルグループ・カラーズジェッツフェラルドのマネージャーをしながら、芸能事務所の社長になった鈴木アツシとともに日本全国各地を回る。
「月の竹」の未来予知能力のためか、偶然イレイメノキツ45の手がかりをつかむが、不老不死の薬を狙い、死なない軍隊を創設・軍事利用を目論む秘密結社ジ・ズーとアメリカの巨大コンツェルンのナサカー社の争奪戦に巻き込まれる。
シマは奮闘の末秘薬を手に入れるが、実はこの秘薬は地球の平和を願う月の竹からの命令であった。不老不死の若返り薬の効果で再びシマと家具屋はTENCHIに載せられ過去にタイムリープする。その先は……
第26話 CONFUTION
一面、タイムリープによる白い煙が立ち込めていた。
「鎧型の特別戦闘服甲号も無事機能したな。さすが鈴木科学技術研究所だ」
シマは兜の首元についているボタンを押す、透明のフェイスシールドが上がった。
朝靄の中、霧がまだ濃くかかっていた。
家具屋は立って高い木々で覆われた周りを見渡す。空は僅かしか見えない。
TENCHIは急ぐように話し始めた。現在の置かれた状況、鎧型の特別戦闘服甲号の機能……。
「シマさん、分かりましたか?」TENCHIの問に。
「ああ‥‥‥情報量が多すぎてなんとも。急にこの時代に来てもな。なにせアイドルの世界から戦国の世だからな」シマはあまりのことに怪訝な表情を浮かべる。
「シマさんの頭ならなら全部覚えれると思います。私のエネルギーはもあうまりありません、タイムリープもあと一回位かと……」いつものように緊急事態時、TENCHIは赤い眼を点滅させて言う。
「後はわたしがフォローします。任せてください」家具屋は赤い甲冑の胸を叩いた。
「この塗り薬(イレイメノキツ45)の効用はすごいな、西暦1600年に来てもそのままの姿だ、却って若返っている感じだ」シマは水たまりに映った自分の全身を見ながら言った。
「タイムリープによって、以前より綺麗さが増しましたね」
「コイツ」シマは家具屋の頭を軽く叩き。
「弘人、お前も赤い鎧が良く似合う、ナンパなギタリストからいっぱしの武将だな」と言って微笑んだ。
亀型ロボットのTENCHIは2人のやり取りを見ながら。
「ごほん」咳のようなものをして間を取った。
シマと家具屋はAI(人工知能)のTENCHIがそんなことをするのに目を細めた。だんだん人間に近づいている……TENCHIは語り出した。
「関ケ原の戦いは6時間ほどで終わります。タイムリープ時に使った酸素ボンベとか不要なものはこの鞄に入れて木の傍に置いていてください。特殊な鞄です。カメレオン効果で木と同化し人の眼からは分からなくなります。未来の物は絶対に失わないでください、歴史が変わる危険があります。それと何度も言うようですが、ピンチになったら『雲が流れる』と言ってください該当の者が『西へ』と応えたらある人物の元に連れて行ってくれます」
「ある人物?」シマは問いただす。
「……名前は……聚落第 施(しゅらくだい せい)と言います。西軍の島左近の近くにいるはずです」
島左近? 西軍大将の石田三成の側近だったはず。しかも、西軍か……確か昼過ぎに負けるはず……シマは日本の歴史を少しずつ思い出していた。
シマは刀を取り出し、バシッという鈍い音ともに近くの木に目印の切り目を入れた。
ボウッと、その時、突然TENCHIの甲羅から白い煙が出て来た。
「まずいエネルギー切れか、これが最後のタイムリープかも、も……」
その時、ビシュっと数本の弓矢が飛ぶ。
シマの頬から血が滴り落ちる。
シマと家具屋の腹や足に次々と弓矢が刺さる。
「うぐっ」シマは膝まづく。鎧は東軍の井伊直政隊に紛れようと赤備えにしたのに……そんな
「こいつら、敵だ!」遠くから男の声がする。
「まずい、兜のフェイスシールドを降ろして、とにかく逃げましょう」
家具屋はシマの手を掴んだ。シマは膝まづき、刺さった弓を抜き取る。TENCHIと顔を合わせ。
「目的を達成させて必ずここに戻って来るから……TENCHIお前は隠れろ」
「わ、分かりました……」TENCHIは眼を赤く点滅させたそしてビビッと電子音を上げて消えた。
「さあ、早く‼ あちらへ行きましょう」
家具屋も刺さっている弓矢を抜き、走り出した。
第27話 せなかあわせ
「待て!」「敵だ!」男たちの叫び声が山林にこだまする。
「大丈夫ですか、これが戦場ですよ! しかし、今回もシマさんの造った特別強化戦闘服甲号のおかげで助かった。弓や刀はある程度防げる」
シマは走りながら頬から流れる血を拭って、赤い血が付いた手甲(てっこう)を見た。
……これが、戦国の戦場か。
「くっ、こいつら早い」
家具屋は自分とシマの走力を知っていた。逃げ切れると思ったが、すぐに囲まれてしまった。
「くっ、シマさん僕に背中を合わせてください」
「分かった」
『雲が流れる』『雲が流れる』と家具屋は2度叫んだ。
すぐに数人の雑兵に囲まれる。返事はない。
雑兵は鬼神の如き表情で突っ込んでくる。
瞬間、シマの鎧の腹部にドスッと鈍い音がする。家具屋は背中越しに鈍い衝撃を感じた「くそっ‼」家具屋は顔をしかめた。
「大丈夫だ……」シマは家具屋の耳元で呟き、スパッと刀を抜き槍を折った。
家具屋にも数本の槍先が突っ込んでくる。バシッ! 家具屋は下段から刀で槍を切る。
「槍で刺しても生きている、こいつら化けもんだぞ!」
ウォーッ、ウォーッ。その時、平地の方からから地鳴りのような怒号が聴こえた。
応援で駆けこんできた兵が侍頭に耳打ちした。
シマと家具屋を睨みながら「分かった」と小声で言って少し頷いた。
「引け!」と侍頭が叫ぶと一斉に駆け下りて行った。
「もうすぐ始まるようだ。さあ、山頂の方に早く行きましょう」
家具屋はシマの手を握って駆け出した。
「弘人、お前、ギターの他に剣術も出来るんだな」走りながらシマは言った。
「北辰一刀流です。小さいころから習っていました。剣の腕には多少覚えがあります」
数時間前には日本武道館でギターを弾いていた、今度は戦場で剣術を使う家具屋をいつもながら頼もしく感じた。
「ハッ、ハッ。かなり走りましたね、もう山の頂上です。追っ手も来ない、少し休憩しましょう」
TENCHIに言われた、この時代、私たちは人は絶対殺してはならない。刀は鍔についてるボタンの操作で、普通に切ることも可能であるが電磁ショック波で一時的に相手を気絶させることも出来る。
鎧はシマが第二次世界大戦時に発明した特別強化戦闘服甲号をベースにして極限の軽量化を行っており、この時代の鎧よりかなり軽くなっている。しかも槍と弓矢、鉄砲までもほぼ通用しない構造になっている。
これらは、生き物以外何でも造る鈴木科学研究所の総力を結集した道具であった。
伸びたススキを払うと、この山頂からは東軍、西軍の両陣営がはっきりと見渡せた。
目指す西軍石田三成の大吉大一大万の旗も見える。
万人が一人のために、一人が万人のために尽くせば、政治や国はみんなが幸せ(大吉)となるという崇高な理念を抱いた旗だ。
「天下分け目の決戦、いよいよ始まるか」肩で息をしながらシマは呟いた。
「思った以上に関ケ原は広いな。こうして実際に見るとかなり迫力ありますね」
「殺し合いだぞ!」シマはうんざりしたように首を横に振った。
「それより、シマさん傷の手当てを」
「かすり傷だ」シマは傷ついた頬をなぞった。
「しかし……」家具屋はシマを見つめ、シマの顎を人差し指で上げた。
「いつの時代も戦(いくさ)は壮絶ですね」
家具屋はそっとシマの頬に絆創膏を貼る。そしてシマに水筒を渡した。
「くれぐれも剥がさないでくださいよ。西暦1600年・慶長5年に絆創膏が落ちてたらまずいですからね」
シマは竹筒で出来た水筒を喉を鳴らしながらうまそうに飲む。
「始めは、西軍が押して有利に展開します」さらに家具屋は説明を続ける。
「聚落第 施(じゅらくだい せい)、多分、俗称だと思います。この時代に来る前、少し調べたのですが、文献にはそのような名前の者はいない。聚落第……関白豊臣秀吉が西暦1587年、天正15年に着工、完成させた秀吉の政庁兼邸宅。1591年12月に秀吉は関白職を甥の豊臣英次に譲ったあと聚落第は秀次の邸宅となった。シマさんも知っての通り豊臣秀次はその後謀反の嫌疑をかけられ高野山に追放させられ切腹した。そして、秀吉は、秀次を謀反人として印象を付けるため、聚落第を徹底的に破却した。竣工後8年で取り壊されたため不明な点が多い。呪われた邸宅、城郭です、石田三成はこの件の事を快く思っていない。秀次の配下の者とも考えられます。そして、人類が唯一『月の竹』と連絡を取れる人物とも」
「そいつと会えばTENCHIを治すこともできるかも」水分を補給したシマは眼を輝かせた。
「この時代では修理道具も、燃料に代わるものも生成できない。今回は無理でしょう……」
家具屋は肩を落とした。
絆創膏が落ちていたら拙いですよ、か……まてよ、関ケ原から歴史を変えると、ひょっとして太平洋戦争もなくなるのでは……戦争のない世の中の実現。この時代から変える必要があるのかも。今回だけは、この時代の科学力、道具でTENCHIを治すことはほぼ不可能。私は月で見た高度の知的生命体『月の竹』。戦争で亡くなった人を蘇らせなくても、この時代から日本を変えれば平和な世界が実現できるかも……人類で唯一人『月の竹』と連絡が取れる人物・聚落第 施(しゅらくだい せい)を見つけ出し、そうか……
「わたしは、いいですよ。この時代でもあなたとなら……」
想いを浮かべながら家具屋はシマの両手を握り眼を合わせた。
シマは両手を振りほどき「弘人、諦めるな……」と言うと、家具屋は思わず視線を落とした。
「合戦が終わるまであと6時間とにかく任務を全うしよう」鎧の籠手に内蔵されたデジタル時計を見ながら呟いた。
9/15、下段は8: 11を表示していた。
「間違いないですね、関ケ原の合戦が行われた9月15日だ。8時過ぎか……もうすぐ東西両軍が激突し始めるはず」
「この時計はもちろん電波時計ではないです。鈴木科学技術研究所が開発した特殊な腕時計です。過去に来ても対応されるように出来てます。準備は万端ですが、もう二度と時代を変えることは出来ません」
バン、バンと空に鉄砲の音が響く。法螺貝の鳴く音と鬨の声が同時に天に響いた。
「おっ、史実通り始まりましたね」
2人は腰を落とし合戦を見入った。
「うっ、何者!」シマは人影に振り向く。
「さすが」熊のような体躯の屈強な男が立っていた。
「雲が流れる」とっさに家具屋は尋ねる。
「西へ」その髭ずらの男は地を這うような低い声で呟いた。
「おまえがそうか!」家具屋は声を上げた。
「あなたたちが月からの使者でござるか……」同時にその男も言った。
「この戦(いくさ)、もはや西軍の勝ちでごさる。金吾殿(小早川 秀秋)もこれから加勢してくれるかと」
その男も兜を脱ぎ、しばし戦況を見つめた。そして2人に見入った。
シマも家具屋も関ケ原の戦いは最初は石田三成が率いる西軍が有利に進め、昼過ぎに金吾こと小早川秀秋が東軍に寝返りその後西軍が大敗するのを知っていた。
「お二方の眼は、何人もの死人(しびと)を見た目でござるな」
登った太陽を背に山頂の風が伸びたその男の髪を流す。
「申し遅れましたが私は原全武(はら ぜんぶ)と申す者。あなた方の能力には感服した」原は口髭を触りながら呟いた。
「お前は、襲われた時の様子も見ていたのか」シマは鎧に付いた草や泥を叩きながら立ち上がった。
「……あなた方が本当に月の使者かどうか確かめるため……あの程度の事で死んだら月からの使者ではありませぬ」
始めは西軍が押して有利に展開する。そして……
シマもTENCHIのレクチャーで関ケ原の戦いはだいたい頭に入っいる。
「聚落第殿は島左近殿の傍にいつもおられます」
「ここは、笹尾山の山頂。山伝いに走れば島左近隊にに近づけまする」
「鎧も東軍の井伊直政隊に紛れようと赤備えでしたが、無駄でした。2人だけでいると鎧の色にかかわらず両軍から怪しまれるようだ。とりあえず黒に変えましょう。籠手の手首裏側に付いたダイヤルを右に回してください」家具屋はシマに促した。
「な、な、なんと」鎧の色が瞬時に赤から黒に変わり原は驚きを隠せない。
「さすが月からの使者、見事な妖術を使う」
「あなたの大嫌いな自爆装置もついてますよ、そのダイヤルの横、安全カバーを外してスイッチを押したら鎧ごとこの世から消えます。西暦1600年にこんなハイテク残っていたらまた歴史が変わりますからね」
「さあ、西軍が優勢なうちに行きましょう」家具屋は原の肩を叩いた。
「優勢なうち……聞き捨てならんな。この戦我らの勝ちでござる」原は憮然した。
「あなた方の足なら、鎧を付けていても早くにたどり着けるはず。治部(石田三成)殿の陣営の前に左近様がおられまする」
西軍の包囲網に掘り込まれた東軍……明治時代、この陣形を見たドイツの戦略家メルケルは「西軍必勝」と述べたという。
「関ヶ原の戦は諜報戦、調略が渦巻いておりまする。離反、寝返り。実直すぎる治部殿の補佐役として島左近殿の傍に調略の専門家として聚落第殿がおられる」
「ここはまだ東軍の間者がおる。気を付けてくだされ」
「それは、さっきよく分かった。不審なものは東軍、西軍にかかわらず殺される。それが戦場(いくさば)」
「ここからはフェイスシールドは使えない。西軍の味方にも見られたらまずいですからね。全身はほぼ鎧にみせた強化戦闘服甲号で身は覆い隠せても顔だけはどうすることも出来ない。目深に兜をかぶってください、特殊合金で創られたこの兜はこの時代の鉄砲の弾なら何発でも跳ね返してくれます」
「また、囲まれたか」その時、シマは異様な殺気を感じた。
「シマさんもそう感じますか、匂う、今度は鉄砲もある。私がしんがりを務める。原殿、シマさんを連れて早く島左近殿の陣に」
原全武はシマの手を握り、家具屋と目で合図をし駆けだした。
バキューン、バキューンと鉄砲の音がする。ビシュ、ビシュと弓矢も放たれた。
先頭を走る原に後ろから鉄砲や弓矢が当たらないようにシマはカバーしながら走る。
家具屋も鉄砲の弾や弓矢が当たるが構わず駆ける。
草むらから鋭い目、その時。
ビシュ、「うっ」
家具屋の首筋に吹矢がかすめた。
家具屋はたまらず跪いた。
首も弱点だったな……
山道の中央で後ろを振り向き膝間づき家具屋は刀を出し構える。
「私にかまわず、早く行って下さい!」家具屋はシマと原を見て叫ぶ。
「かかれ」家具屋に数人の侍が切りかかる。家具屋は刃を合わし、相手を蹴飛ばした。そして鋭い閃光を放ちながら刀で斬る。ショック波で雑兵たちは次々と倒れた。
そのとき、ドドッと西軍の数人の応援部隊が入って来た。
第28話 蒼き月のかぐや
「引け、引け」無勢と見るや東軍の兵たちは四方に逃げ出した。
シマは家具屋の首筋に吸い付き、すかさず血を吐き出す。何回か繰り返し。
「しばらく痺れが残るが、全身には回らないだろう」
シマは水筒を取り出し家具屋の傷口にかけ、そして自らも数回うがいをする。
毒矢が少し効いてきたのか、家具屋は腰を下ろし苦悶の表情でしばらく動けないでいた。
原は応援に入った数名の兵と小声で会話をしている。シマはしゃがみ込み家具屋の背中を支えながらその様子を見ていた。
「お、お前は覇(はたがしら)?」シマは応援に来た兵の頭(かしら)を見て驚いた。口髭を生やしているが数時間前会った覇とうり二つの顔で顔であ。
「覇(はたがしら)?拙者は島左近殿の配下の那佐(なさ)という者、原の帰りがあまりに遅いので、心配してここへ参上しました」
那佐?あまりにも覇にそっくりな顔にシマは驚くが、ここは西暦1600年の関ケ原、上背ははるかに覇より高くがっしりした体躯をしている。幻か……那佐を見て人違いと思うしかなかった。
「弘人、私の肩につかまれ」シマは家具屋に肩を貸し立たせる。
「ここまでくれば我ら西軍の勢力内」那佐はシマと家具屋を諭すように伝えた。
家具屋は刺さった数本の弓矢を鎧から取り、シマの肩につかまりよたよたと歩き出す。先頭を那佐と数名の兵、シマと家具屋を挟んで原と残りの兵が殿(しんがり)を務める。
どれぐらいの時が立っただろうか、山林に囲まれ上空を見ると、いつの間にか太陽は頂上に登り、まだ夏の陽射しが目に入る。日本武道館のアイドル決戦から戦国の天下分け目の戦いへと、シマと家具屋は疲労の極致にいた。
「島左近の陣まではあともう少し」先陣を切る那佐は励ますように言う。
「今の時刻は」シマの問いに。
「12時、そろそろ小早川勢が東軍に寝返り、西軍に攻撃をかける時間だ。早く聚落第を救出しないと大変なことになります」家具屋はシマの耳元で呟く。
聚落第施、近未来の事が予見が出来る予知能力者か人の心を操る呪術者か……なんだろうか……家具屋は額の汗を手で拭いながら想った。
「毒が回って来た。すみませんが、もう少しきつく抱いてくれませんか」足を引きずりなら朦朧とした意識の家具屋が言う「毒が回って来た?やだね、弘人の強靭な肉体ならもう数分で走れるようになるさ」シマは家具屋に向かって悪戯っぽくウインクした。味方の兵が一人、前方から疾風のごとく走って来た。そして那佐に耳打ちした。
「只今、金吾(小早川秀明)殿の兵が松尾山を降り東軍の福島正則隊に攻め入ったという報が入りました」
「おお、やっとか。さあ、早く行きましょうぞ」那佐は満面の笑顔で2人に言った。
「そんな……くっ……また歴史が変わるのか」家具屋の顔をそむけた。
……やはりそうか、『月の竹』はこの時代から歴史を変えるつもりか。大吉大一大万の西軍、石田三成が勝利し、争いのない平和な世界が実現するのか。いや、待てよ、大吉大一大万か? 義に生きる男、石田三成、生き方が誰かに似ている。そうだシマさんだ!三成は聚落第を譲り受けた豊臣秀次の自害にも心を痛めたという。その聚落第の姓を受けた施(せい)。世渡りが下手なところと言い、まさか……三成になり替わってシマさんが西軍の大将になるのでは……聚落第 施(しゅらくだい せい)がシマさんの参謀となり天下を統一するというシナリオかも。世界のいや地球の平和を願う『月の竹』ならやりかねないな……
ドキュン その時、銃声の音で家具屋は我に返った。妄想もあながち外れではないかもと家具屋は想った。
近くで銃声や鬨の声がする。島左近の陣までもうすぐのようだ。
山道を抜け、眼前には広場が広がり、眩い光が差し込む。
「うっ、そ、そんな」先頭の那佐がその光景を見て驚愕した。
そこには累々と夥しい死体が転がっていた。後方の石田三成の陣を攻め入っているのであろうか、ここには敵の十数名の兵士しかいない。
この陣の主、勇ましい鎧姿の島左近らしき人物が血まみれで倒れている。そしてその横で、一人の侍が縄でくくられしゃがんでいる。敵の兵が刀を振り上げ今にも首を落とされそうにしていた。
縄で括られているのが聚落第施か?これから彼を助けて、石田三成に変わりシマさんが西軍の大将になるのか……家具屋は流れる汗を拭こうともせず、唾を飲み込んだ。
第29話 100年後の君へ……
「もう、いいだろう」シマは突然叫び出した。
殺気だった島左近の陣地にシマの声が鳴り響いた。
「まだ、残っていたか」眼光鋭く振り向く敵兵たち。
あわてて家具屋はシマの口元を押さえ顔をしかめた。
『月の竹』……どういう事だ。西軍が勝利して歴史を変えるんではなかったのか?歴史はやはり変えられないのか……
数人の敵兵が素早く弓や火縄銃をかまえる。家具屋は、シマの肩を離れ素早く刀を抜き、シマの前に立ちはだかる。那佐や他の兵士も家具屋に呼応するかのように刀を抜き構えた。ただシマだけは両手を降ろし、敵兵を睨みつけたまま微動だにしていない。
生と死、戦場に緊張感が走る。
睨み合いを続けたまま対峙して数秒が経った。
「ハハハ、シマ殿はどこでおわかりでしたか」シマの後ろで那佐が突然大笑いした。
「殿はもういい」シマは鋭い眼で眼で那佐を見る。
「最初ものを隠した。目印に刀で檜を切ったときの年輪でだいたいな……」
「年輪? あっ、さすがですね。そんなに早くに」那佐はポンと手を叩いた。
「これはイレイメノキツ45という薬を使って植物に転用して育てたもの、何百年かかるものが一気に育ちまする。タイムリープによりかなり酔っているはずなのにさすがですね」
「イレイメノキツ45?」
「そう、家具屋さんも開発に参加した薬が、時を経てここまで発展しているのです。この薬は人間、動物、植物、あらゆるものに活かされてます」
那佐は眼を瞑り語り出した。
「あなた達が消えてから、わたしの父親が生涯かけて研究を支援しました」
「……父親? まさか……覇ナサカーか?」
「そ、そうですが……似てますか?わたしはその息子の覇ナサカーjr。父親も日本人の妻をもらって、風貌はほとんど日本人です。あなた方が気づくなら雑兵や侍の動きや言動からだと思っていました」
「ふっ、那佐でナサカーかね、どうりで……」シマは続けた。
「人の身長、馬のサイズ、天候、ロケーション……完璧だったよ。すごいスタッフと莫大な費用のかけ方だな。ところでここは未来のようだが……」
「西暦で言うと2043年……太平洋戦争から98年後」
家具屋はその場で刀を放り投げよろけながら跪いた。
……なんてことだ。ここは未来?シマさんと私を試したのか?だとするとTENCHIが壊れたのも芝居。シマさんと私が傷ついたのは……TENCHIが壊れたのは、逆境でも諦めない不屈の気持ちがあるのかのテストか。傷ついても互いに補い助ける……協調性を見たな。それと、いつここが戦国時代でないと分かる洞察力も試された。かなり荒っぽく理不尽な試練だが……そうか、そう言う事か……
家具屋が思いにふけっていると「カット! カットッ‼」那佐は両腕を交差させて四方に合図をした。
「おい、撤収だ」スタッフの掛け声とともにセットが片付いていく。死人役の兵士も立ち上がっる。「お疲れ」と声が飛び交う。隠れていたジーンズや作業着姿の人で広場は溢れかえった。
……やはりそうか、家具屋は膝まづいたままガクッと頭を垂れた。
「おまえら、どうだった」覇(はたがしら)は気落ちしている家具屋の傍で若いスタッフに声をかける。
「監督。すごい役者さんですね。無名の役者さんみたいですが、どこで見つけてきたんですか」
「そうだな、約80年前から連れてきた」口髭を触りながら覇は応える。
「ハハ、監督、相変わらず冗談がお上手で」
「CG無しのリアルな撮影、映画界に風穴を開けますよ……それと、どれだけ予算を使っているんですか? 日本政府、国防軍も全面協力で、さすが覇(はたがしら)監督のプロデュース力といったところですが」
「さあないくらかな……あと数年で日本いや世界的な危機が起こるかもしれんから、安いもんだろ」
「……」覇の言葉に、そのスタッフは訳が分から言葉を失った。
「おい、昼飯食って、次のシーン行くぞ」どこからか声がする。
「シマさんは死地の域ですね。さすがです。家具屋さん、あなたはシマさんを落とそうとして周りが全然見えてませんでしたね」覇はなおも茫然としいる家具屋に言い放つ。
……西暦1600年、ここでシマさんと二人で時代を変えて、争いのない平和な世界を創るんではなかったのね……あまりの事に家具屋はヘナヘナとへたり込んだ
「恋は盲目か。は、は、は」
覇(はたがしら)は豪快に高笑いをした。
覇とシマは広場の中心に歩み寄る。
「聚落第助監督の縄をほどいてやれ、これから反省会だ」覇は周りのスタッフに指示する。
聚落第?助監督?映画の?役者なのか?さすがのシマもあまりの展開にまだよく理解できずにいた。
「反省会?完璧でしたけど」縄で縛られた武者・聚落第施は、スタッフに縄を解かれながら言った。その跪いた武者は縄を解かれ立ち上がって顔を見せ、胸のふくらみ、腰辺り、体のシルエットが現れた。
なに! 女……聚落第 施(しゅらくだい せい)は女‼
シマは近づいてその者の顔を見いる。
「け、恵、お前はケイ・ブルー、青柳恵(あおやなぎ けい)……」シマはあまりの展開に衝撃を隠せない。
「青柳 恵?……それは、祖母です」施は優しい女の声で冷静に言い放つ。
「そんなに似てますかゼブラさん」
……ゼブラ、なぜその名を知っている。
「私はおばあちゃん子でして。ずっとおばあちゃんにかわいがってもらってました。あなたの話はよく聞かされたいました。おばあちゃんは、そう、あなた……ゼブラさん、安浦 HERO志摩さんにまた会えるとか言っていましたが……」
「まさか、恵(けい)は生きてるのか?」
「ええ、ちょうど100歳ですけど、わたしの名付け親です、あなたの知っている双子のもう一人、響さんは若くして亡くなりましたが、その分も生きると言って。歌と踊りが大好きなおばあちゃん、わたしが生まれる前、かなりの人気だったというのが自慢でした」
恵(けい)が……生きている! 響はあの後暫くして亡くなったのか。
第30話 音色は見えないけど
そして、この時代はWORLD Bの世界の未来だ……シマは確信した。
青く広がる空を見上げた。数時間前に会った二人のその後の人生をシマは想った。
「ご苦労さま、いいでしょう。合格です。2045年、2年後に何もなかったらいいのですが……」施は那佐の方を向きキッパリと言った。
「2年後? 人類に初めて原子爆弾が投下され、第二次世界大戦の終結から100年後の2045年に何かあるのか?」
「それは……未来の事は誰にも分かりません……来るべき人類の重大事に備えです……2つの世界が一つになるかもしれない……」
2つの世界が一つに、ここはWORLD Bの世界。WORLD AとWORLD Bが一つになるかもしれないのか……
シマはひとつ気になることがあった。施はずっと眼をつぶっている……施(せい)、お前、眼が見えないのか……
周りを見渡し「いまならTENCHI出ても構わんぞ」覇が呟いた。
この時代の映画のロケなら亀型ロボットのTENCHIと話しても不思議ではない。
ドキューーン
音ともに土埃を撒いてTENCHIが現れた。
「わたしたちを騙して試したのか?」腕組みをしたシマが冷徹な眼でTENCHIを見下し、問う。
「シマさん家具屋さんすみません……」TENCHIは海亀ロボットらしく首を長く伸ばし頭を垂れた。
「家具屋への毒矢は数分で麻酔が切れる代物だったな」
「家具屋さんの傷口を吸っただけで分かるとは流石です。ちなみに、シマさんへの頬を翳めた弓矢はシマさんなら100%回避できるというシュミレーションもと行いました」
シマはTENCHIの首を絞める。
「し、し、絞めないで下さい。2年後『月の竹』の決断があるかもしれないのです。その時、またシマさん家具屋さんの力を借りなければならないかも知れないのです。恩恵の施しがあればいいのですが……愚かだが愛すべき人類への『月の竹』の判断次第です」
「恩恵の施しか……聚落第 施(しゅらくだい せい)、ふっ」シマは少し微笑んだTENCHIの首から手を離した。シマは恵(けい)の姉恩(めぐみ)も思い出した。
2つの世界で恵(けい)、響(ひびき)の姉の恩(めぐみ)とかかわった。ひとつ世界では私が総理大臣のとき衆議院解散総選挙の応援最終日、暴力団のヒットマンの恩は私を庇った家具屋を刺殺した。もうひとつの世界では私は最期の連合艦隊司令長官で第三次世界大戦では発射された核ミサイルを撃ち落とし人類を救った。その時の爆風で彼女は死んだ。
「この時代でも戦争、紛争、環境破壊か……愚かな人類……しかし人類はまだまだやれる。これからもきっとやれるはずさ」シマは晴れ渡った関ケ原の真っ青な空を見上げた。
恩、恵、響の三姉妹……時を経て、施(せい)。
シマは鎧の紫色の腰袋に入れてあった黒いサングラスを取り出す。
フレームの小さなボタンを3回押して青色にレンズを変える。そして施(せい)に渡す。
「80年前の製品だが。この時代でも使えるかな」
「ええ……」施はサングラスをかける。
「青色は施し、進めという事だ」
「ご苦労さん」と掛け声も聞こえる。大多数のスタッフやキャストはカメラナシのリハーサルが終わったとでも思っているのだろう。
「弘人、喉か湧いた。缶ジュース奢ってくれ」シマはポンと家具屋の肩を叩いた。
「金はないですよ。我々はこの時代一文無しです……」
関ケ原の戦いからちょうど444年。
2044年9月15日(水曜日)夏の陽射しが残った暑い半日であった。