浦シマかぐや花咲かⅡ 君と・・・ KIn-taro Momo-taro Issun-boushi Truno-ongaeshi Omusubi-koro-rin WORLD B編
これまでのあらすじ
Once Upon A Time In Japan(むかし…むかし…日本のあるところで)
昭和20年8月。大日本帝国海軍の女性通信兵の浦シマは突然空から落ちてきた海亀ロボットのTENCHIを助ける。極秘の軍事研究員でもあるシマは傷ついたTENCHIを助けが、未来から来たTENCHIにもうすぐここ広島に原子爆弾が投下されるのを知らされる。シマは間一髪原爆投下から逃れ、TENCHIに連れられ戦後にタイムリープする。TENCHIは何らかの目的を持って時空を彷徨っていたのであった。
時は経ち昭和47年、シマは反核反戦を訴え日本初の女性総理大臣まで登りつめるが、汚職の嫌疑をかけられ窮地に陥る。再度戦前にタイムリープするが今度は史実より1年早くヒトラーが殺害されドイツがアメリカに勝利し、日本がアメリカに停戦した世界になってしまいう。TENCHIは日本の軍部に破壊され粉々になってしまった。
その後昭和30年代前半、その世界でもシマは総理大臣になり、唯一の被爆国である日本がイニシアティブを取り、世界は核兵器廃止条約が締結されようとしていた。しかし、戦勝国ドイツはアメリカ本土に駐留軍を置き実効支配していた。世界平和を願うシマは、ドイツ軍の蛮行を諫めるため連合艦隊と伴にニューヨークに向かう。しかし、ドイツ軍部の強硬派によってニューヨーク湾で連合艦隊は壊滅状態になる。
シマは急遽、原因を探るため同盟国のドイツに向かう。この時代、ドイツの首相は傀儡で、アルプスの麓の極秘指令所で全てを命令していた。シマは日本国の首相としてそこに案内される。そこではある目的を持ったTENCHIがAIとなって指令を出していたのだ。粉々になったTENCHIはほぼ復元されシマにあることを伝える。シマは総理大臣を辞職し、月に行くために厳しい宇宙飛行士の訓練を受ける。
苦難の末、月面に到着したシマは高度な知的生命体「月の竹」を発見する。月が母で地球は子だったのである。人類蘇生計画……そこで、戦争で亡くなった人の遺骨を撒くと地球では亡くなった人々が次々と蘇えった。シマはそこで力尽き、月の裏側で倒れてしまう。
秘書の家具屋とTENCHIの尽力で元の世界に戻ったシマは総理になって1年半が経った。金権汚職政治の打破、クリーンで平和な世界の実現を目指すシマ。それを快く思わない与野党から浦総理降ろしがいよいよ本格化してきた。シマ自身は自分を入れて衆参5人の小規模グループでしかなく、与党民自党の有力者・花木幹事長に支えてもらっていた。花木とともに政界のフィクサー、経済政治を影で操る長老・金多の元に頼みに行く。実は花木と金多は裏でつながっており、コントロールの利かなくなった浦を首相の座から引き下ろそうとする。
そんな時、時空を彷徨う海亀ロボットのTENCHIが現れ、ドイツのミュラー首相とロスリスバーガー大統領が暗殺されもう一つの世界が大変なことになっていると伝える。与党議員の裏切りがあり内閣不信任案が可決され、浦総理は衆議院を解散し総選挙を行うことになる。
一方金多はヤクザを使って確実シママを総理大臣から降ろそうとする。選挙戦最終日、シマをかばって家具屋が刺され危篤に陥る。衆議院選挙の結果、花木が首相となり、家具屋の死が告げられる。
全てを失ったシマではあるが、明るい日本の来来も見えてきた。後進に全てを託し、戦勝国ドイツが支配するもうひとつの世界にタイムリープをする。
WОRLD B
第10話 第三次世界大戦
100メートルは優に超える巨大なロケットの傍に寄り添うかのように赤鋼色のエレベーターが立っていた。最上階に仁傘を被り白装束のお遍路姿のシマ(42歳)の姿があった。
「懐かしいな、この世界では2年ぶりか。昭和36年(1961年)……弘人よ、綺麗だ、よく見ろよ」
シマは目いっぱい両手を伸ばし家具屋の遺骨が入った木箱を種子島の夕日に向かって差し出した。シマに寄り添うようにTENCHIが浮遊している。
上空に南国のさわやかな風が舞う。シマの長い黒髪が花びらのように流された。
「……TENCHI、お前の言ってた断れない理由とはこれだったんだな。二つの世界、わたしは必ずこの世界に来なければならなかったのか……」
「……正直に言います。元の世界(WORLD A)で私の知っている事はここまで……これから、この世界も元の世界も……あとはあなた達の手で掴むしかない」
TENCHIは赤い目を点滅させながら、シマの方を向いて言う。
「核兵器はあるが第三次世界大戦が起こらない世界。核兵器はないが第三次世界大戦がこれから起こるかもしれない世界。これも、TENCHIお前を創り指令している『月の竹』からの命令か……」
「あなたが呼ぶ『月の竹』……とりあえずこの場では『月の竹』と呼ぶようにしましょう。『月の竹』はまだ人類を見捨てていない、これが最期のミッションです。このミッションが終了すればきっとまた元の世界に戻れます……」
「1959年・昭和34年。世界唯一の被爆国である日本政府がイニシアティブを取り『核兵器廃止条約』を世界中の国々が締結したのに……」
「……本当に恐ろしいのは人類自身かもしれない。鈴木通商科学大臣を通して山元総理にあなたの連合艦隊司令長官の受諾を伝えています……」
「ずいぶん段取りがいいな」
「今回の戦争はアメリカ軍の協力が絶対必要です。ドイツ正規軍はヨーロッパでのネオナチスの鎮圧に手一杯です。日本軍、アメリカ軍どちらか一方だけではネオナチス国の軍事力、科学力には勝てない。協力が絶対必要です。そのためには……」
「アメリカとの太いパイプがあるわたしにお鉢が回って来たのか。帝国陸軍、海軍を統合して国防省をこしらえ、軍縮、それと軍人を大量に減らす道筋をつけたのもわたしだしな」
「さすがシマさん物分かりが早い……半年前、ドイツ領だったハワイ8島が占拠されネオナチス国が建国されました。勝手に建国を宣告しているだけですが。核ミサイルの実戦配備までもう僅かです。さらに面倒なことにネオナチス国科学陣は、宇宙ロケット研究のエキスパートも含まれています。ミサイルが発射されればかなりの精度で目的地を破壊します。もう時間があまりありません……」
「戦わずに話し合いでどうにかできる相手ではない・か……3年前のクリスマス、ニューヨーク湾で連合艦隊が壊滅された。奇襲作戦とはいえ、見事にやられたよ。圧倒的科学力・兵力の差。戦いが行われるとかなりの兵士が死ぬぞ……」
「……今回の戦争も避けることが出来そうにありません。このまま核兵器、細菌兵器が使用されると全世界で何百万、何千万、何億人の死者が予想されます」
「戦争に勝者はない……でも、やらなければならないか……」
「TENCHI、お前の存在を知っているのは、私と鈴木アツシ、前田(菊池)涼子、さくら親子、エマ家具屋、家具屋弘人の6人だった。家具屋親子が亡くなった今、2つの世界を行き来出来るのもこの4人のみ。山元総理もケビン船長も存在を知らない。死んだドイツのミュラー首相、アメリカのケリー大統領もな……」
「……それでは、ミッションが終わり次第会いましょう」
「簡単に言うな、敵は強大だ、生きていればな……」
「TENCHIお前は、家具屋と犬のHANASAKAとわたしが月に行ったとき、人類初の人類蘇生計画……散骨作業で倒れたわたしを、月まで瞬間移動し助けてくれた」
「前から聞きたかったんだが、TENCHIお前は月で誰に創られたのか……」
「……それについては、いずれお答えできる日が来るかもしれません」
ビビビビビ
TENCHIが消えた。
シマはエレベーターに備え付けられた電話を手にした。
「ケビン上がってもいいぞ」
「分かりました、すぐに……」
グーーンと金属製の音を立てケビン・ロスリスバーガー船長(39歳)がエレベーターで上がってきる。久々に会うが優しい顔、アメリカンフットボールのクォーターバックを思わせるようながっしりした体躯は変わっていなかった。
「今、家具屋宇宙飛行士と話していた……こんなになっちまったがな」
シマはケビンに家具屋の遺骨の入った木箱を見せる。
「残念でしたね……とりあえず、お悔み申し上げます」
「とりあえずだといいが、月の裏面での人間蘇生計画……蘇える・か」
最後の言葉がとぎれた。
「死んだお兄さんのケリー・ロスリスバーガー大統領は……」
「大統領専用機ごと空中で爆発され、今も遺骨が見つからない状況です」
「今回のミッションで蘇える可能性があるのはドイツのミュラー首相と家具屋と先の大戦で不慮の死を遂げた数十人のみ」
「ミッションの内容は、お前とお前からリッスン副船長に伝えたな」
「驚きでした。あなたがHANASAKAと最初に月に行ったとき、こんな秘密のミッションを秘め、こんな発見をしていたとは。驚愕しました。家具屋と伴に先の大戦で亡くなった多くの人々を甦らした。あなたは女神です」
「ケビン、今度はお前が神とやらになってもらう……ミッションの内容、『月の竹』の位置は覚えたな……」
「ええ……わたしとリッスンが出来るとは限りませんが」
シマはケビンの肩を叩き、ケビンの月の竹と同じ色のきれいな翠の瞳を見つめ。「お前なら、出来る。必ず出来る」と言い切った。ケビンは日本の神奈川県上空で自ら操縦するB29を撃ち落とされ、日本兵に斬首されそうになった時シマたちに助けられたのを想い出していた。停戦前、薄暗い小屋でみんなと一夜を過ごした。子犬のHANASAKAは産まれたばかりだったな……握り飯を頬張ってたっけ。思いにふけったケビンを、シマの言葉が再び厳しい現実に蘇らせた。
「それで、今の状況はどうだ?」
「今回のドイツ共和国で起こったクーデターの関係でミュンヘン宇宙センターは破壊され現在機能していません。月面に打ち上げが出来るのは種子島宇宙センターのこのHANASAKA13号のみ。今回の打ち上げで当分最後になるかと……」
「HANASAKA13号か……機体にHANASAKAがいたな」
最上階からロケットに描かれた却下の絵を指さす。
「高速エレベーターで昇る時に分かるとは、さすがですね。急遽、宇宙の英雄犬HANASAKAの笑顔をロケットの機体に描きました……」
「もしHANASAKAがいなければみんな蘇らなかった……」シマは暗黒の月面で死んだHANASAKAを抱いて泣き崩れたのを想い出した。
「……ついでに、ヒトラーも蘇えったのか?」
「それはない……地上での遺骨取集作業ではかなりの精査をしたはずです」ケビンは口を一文字にし首を振った。
「それと、今までの調査では、老衰、病気、自殺で亡くなった人が地球で蘇えったという報告はありません。生きる意志が強かったり、非業の死を遂げた人のみ……」
さすがケビンだ、よく短時間で人類蘇生計画を調べ上げたな。
「ヒトラーが暗殺されたら分からないな……」
元の世界ではヒトラーは自殺とされていたが、この世界ではミュラー首相や科学者のエマ家具屋率いる反ナチス派に暗殺されたといわれている。
「まだまだ、月は謎だらけだが、とりあえず莫大な予算が掛かりこんな事態を起こしかねないHANASAKA・KAGUYA計画は今回のミッションで終了。今後当面の間は中止だな・・・・・・」
「仕方ありません」
「今、アメリカも副大統領が大統領職を代行しているが、宇宙から帰ったら今度は選挙戦だな。兄の遺志を継ぐケビン・ロスリスバーガー大統領候補」
「ハハハ、よくご存じで、無事、地球に帰ったらですが……」
「ミュンヘンに続きこの種子島のロケット基地にも敵の工作員がいる可能性が高い。現にわたしとお前と弘人、そしてHANASAKAが月へ行った最初で最後のミッションでも着陸船に手を加えられていた」
「今回は何事もなければいいですが……私のような米国人にとって13号という番号も不吉ですね」
元の世界(WORLD A)でも、アポロ13号にトラブルがあり、月に行くことなく引き戻した……
「第三次世界大戦……今度の戦争はある意味情報戦だ。重要な情報がネオナチスにかなり漏れている。月での再生計画の他、宇宙からも援護してもらわないと今回は厳しい……純粋な軍事力はネオナチスの方が数段上だからな」
「そこで、誰もいないここで、作戦名とその内容をこのファイルに書いて持って来た。30分後にこの紙は燃やす。ケビン、お前の頭なら全て入るだろう」
「……作戦名、なに、なに? 鶴の恩返し、花咲か爺さん、浦島太郎、桃太郎、金太郎、かぐや姫、一寸法師、こぶとり爺さん?……」
ケビンは書類をじっと見入る。
「日本の昔話を作戦名に使っているのですね、この9つの作戦のうち、一つを宇宙から実行してもらう可能性がある」
「その時、ある方法を使って宇宙にいるケビンお前に伝える」
「宇宙での作戦……かなり高難度ですね。覚えましたが、実際できるかどうか……やらないことに越したことはないけど」
「それとアツシたち鈴木科学技術研究所で開発された物騒なものを宇宙に持って行ってもらう」
「次回があればイソップ童話にしてほしいですね」ケビンのジョークにシマはニヤリと笑った。
「それだけ軽口が叩けるんだったら大丈夫だ」シマはさらに話を続けた。
「それと、ケビンを入れてHANASAKA13号に乗る宇宙飛行士は4名。私と家具屋が月面基地に行ったHANASAKA7号から数えて5回、途中で引き返してきた1回を除いて、蘇生作業は4回。ナチスドイツ関係者ははずしたはずだが、旧ナチスの大物を蘇らせたのは間違いない……ここにも内通者がいる。宇宙飛行士か整備士、研究員、はたまた……」
「月面での遺骨からの人間蘇生計画は、世界の最高機密。これを完全に知っているのは日米独全部合わせても数人程。その中に工作員がいる。地上の多くの人々はなぜ蘇えったかまだ分からないでいる。奇跡を信じる人から科学的に分析している人まで、我々もまだ、月の内部については全然わかっていない」
「炙り出しに、これから敵が最も知りたがっている最重要のニセの情報を流す。日米独にもいろんな動きが出てくるだろう……破壊工作を含め宇宙空間も月面基地の他、監視衛星、宇宙ステーションが狙われるだろう。最初、ケビン船長お前に今回のニセ情報の相談を持って来た相手が犯人だ……」
矢継ぎ早に話すシマに、ケビンはいささかたじろいだ。そして、すでに連合艦隊司令長官の顔になっているなと感じた。
「その、ある作戦の伝達方法だが、蘇えったミュラー首相から宇宙にいるケビンにどの作戦か伝える」
「蘇えられなかったら……」
「もし、ミュラー首相と家具屋弘人が蘇えらなかったら……世界はネオナチス・統一革命軍のものだ」
「覚えたか?」
「ええ……私としては家具屋を蘇らすことは恋敵で複雑ですが……」
「何を言っているか分からないが……世界の平和はケビンお前にかかっている」
……チッ、今はMr家具屋しか心にないようだな。
ケビンは少し俯き、アメリカ人らしく両手を上げ首を振った。
「シマさんは恋の因数分解は苦手のようで……いやよそう」少しの沈黙の後、ケビンは気を取り直して「必ずやります、やり遂げます」ケビンはシマの瞳を見つめながら両手を握りキッパリと言い切った。
……いつもながら、吸い込まれるような瞳だな……ケビンは感じた。
シマはライターを取り出し、書類に火をつける。
「シマさん禁煙しても、ライターは持っているんですね」
エレベーターのはるか上空から、赤く燃えた紙がユラユラと風に吹かれて舞い落ち、そして灰になった。
第11話 MOMOーTARO
首相官邸。元の世界から比べれば建て替える前でかなり古く感じるが、眼の前の青々とした芝生は変わらない。蝉の鳴き声がかすかに聞こえた。ガラス張りの広い首相執務室は自動カーテンを閉めた。
「シマ、ずいぶん探したぞ」その部屋の主はシマが見慣れた白い軍服からグレーのスーツに代えていた。
「……ご無沙汰しています」シマは海軍時代の様に頭を下げた。
「鈴木通商科学大臣に頼んだおかげで早く見つけてくれた」
「シマさんお久しぶり」
鈴木アツシ(32歳)はいつものように憎めない笑顔を振りまく。
部屋の主の山元総理(72歳)は2年前に比べ頭が真っ白になっていた。かなりやつれたように見える。
「連合艦隊司令長官の任命は内外にすでに発表している」
「ずいぶん段取りがいいな」
「女性初の連合艦隊司令長官。戦争の実戦経験はあまりないが、海軍出身の元総理大臣で宇宙飛行士。おかげで日本国いや世界が一つにまとまってきたよ」
TENCHIに無理やり引っ張ってきてもらいましたが、今、この世界は大変なことになっているんですよ……一刻も争う、アツシはシマに耳打ちする。
だいたいの話は聴いた……。
「それと鈴木大臣はこれから初代の国防大臣になってもらうつもりだ。任命権は総理大臣にあるからな。軍人より民間人の方が国民も納得するだろう。また、あんたの側近の桃田を官房長官にした。桃田ももうすぐ来るだろう……」
「お前が立案した『天地作戦』見させてもらったよ……海と陸、今度は宇宙を含めての作戦か、何をやってもさすがだな……ケビン船長、桃田を使ってすでに作戦も実行しているという噂だ」
「実戦経験のない分は先の大戦で真珠湾作戦、ミッドウェー島作戦に参加した実戦経験豊富な2人の参謀をつけて補う……」淡々と山元は言った。
「2人? 」
「お前が会うのは初めてだろうが、金多大将と鶴野少将だ」
なに?……金多と鶴野、この世界では、ここで会うのか……
「知っているのか?」シマの戸惑う表情に山元は不思議がった。
「いえ……」シマは左右に首を振った。
「金多は海軍兵学校の後輩で少々堅物だが、調整力、根回しが上手い歴戦の兵(つわもの)だ。そして鶴野は現在の海軍ジェット戦闘機隊をこしらえたといっても過言でない。部下の信望も厚い太平洋戦争の伝説の撃墜王だ」
キャラは、この世界でも変わってないんだな……
「なんか言ったか」
「いいえ……」シマは首を振った「改めて、受けてくれるな……シマお前の要求は何でも聞こう」山元は手を後ろに回して歩きながらゆっくりしたく口調で伝えた。
「断れないな……ただ、山元総理、今回の戦争も多くの兵士が血を流す」
「私もつらい……これが、最期だ……この戦争で勝利すれば、必ず平和な世の中が訪れる」
「シマさんが連合艦隊長官になったら命を狙われます。これからすぐに広島・呉の軍令部に行って具体的な作戦についてそこで話されたらいいとおもいますが。今までの経過を簡単に、敵の世界革命統一軍通称ネオナチス軍がハワイ諸島の基地を占拠して1年、ネオナチス国を建国宣言して独立。優れたドイツの科学力と戦争経験豊富な優秀な兵士、燃料の備蓄も2年以上はあります。ナチスが提唱した優生民族による世界統治……その大義に賛同する兵士も日本をはじめとし欧米からも多く集まっています」アツシはシマと山元の会話の間に入った。
「大義? 優生民族による軍主導の世界統治か……それ以外の民族や人々はどうなる」シマは手を握り部屋にいる全員に向かって強く言った。
「彼らなら使いますよ、核兵器を……優性民族が世界を支配するために」アツシはずつとこの世界にいて、状況を肌で感じているのか言い切った。そして続けて語り出した。
「それとご存知かもしれませんが、かなりの情報が洩れてます。世界中に内通者がいる。それも大物の」
コンコン
3人が振り向くと桃田(31歳)が血相を変えて入って来た。
「シマさんが言われたように、最高レベルの暗号で8月8日を攻略作戦日ということで流しました……作戦名も『天地作戦』……アメリカの空母2隻と連合艦隊が合流して一気にハワイのオワフ島基地周辺を叩く奇襲作戦と……」
「そしたら、いろいろと動きが出てきましたよ。連合艦隊戦艦の破壊工作、これは未遂に終わりましたが。アメリカ空母も1隻稼働不能にされました。また月面では、ロスリスバーガー船長の乗った着陸船が故障。今のところ帰還の見込みが立っていません」
「やはりな、最高難度の暗号でも敵は解読している。ニセ情報で炙り出しに成功したが……思ったより敵の動きが早い」
「そして、驚きの情報がたった今は入りました。我が軍の龍矢 誠(たつや まこと 61歳)中将がネオナチス国に亡命したという……」
「なに! 龍矢(たつや)が」
「海軍の龍(りゅう)、山本総理が弟のようにかわいがっていた……」
「山元総理、顔色が悪いですよ」
よろよろと崩れるように跪(ひざまづ)く、桃田がすかさず山本に駆け寄ろうとするが。
「うううっ……」
山元は机からピストルを出し、こめかみに突きつけた。
「何を!」すかさずシマはピストルを持つ山元の手を蹴り上げた
「山元総理、あなたは、龍矢に利用されてたんだ。まだ、他にもいるドイツ側にもアメリカ側にも……反政府派はハワイに集結するだろう」
「この戦争が終わったら……総理を降りる……もういいだろう……」山元は肩を落とし言い切った。
「あなたは停戦後の混乱の日本を救った英雄です……立派ですよ」
この世界では太平洋戦争の英雄、山元総理……海軍大臣から総理大臣、元の世界では真珠湾攻撃の罪でA級戦犯で処刑された山元海軍大臣。
憔悴しきった山元は桃田に連れられ総理執務室から出ていく。
昼下がりになり蝉のなく声が大きくなってきた、シマとアツシは閉じられたブラインドから官邸前からの景色を覗いた。山元は点滴を打ち暫くベットで休憩してもらうことにした。
「もうすぐ、8月ですね」
「ああ、昭和20年、あの時も広島でアツシと一緒だったな」
「それと、もう一人来ていますよ。あなたがよくご存じの方が」
桃田がドアを開けるとグレーのスーツ姿の前田(菊池)涼子(35歳)が立っていた。
「おお、涼子。夫の姓を継いで今は前田だったな」
「先輩会いたかったです……」
シマは満面の笑みでしっかりと抱きしめる。久しぶりの再会に涼子の眼にはうっすらと涙が浮かんだ。
「それで、さくら(16歳)は」
「歌手になりたいとサンフランシスコに」
「シマさん、あなたの苦手な芸能ですが、まだまだ地下アイドルっていうのでしょうかまだまだ無名ですが元気にやっているようです」アツシはさくらの父親かのように目を細めた。そして心配そうに涼子が続けて。
「今、太平洋間の渡航は禁止されてますのでしばらく会ってませんが」
「この戦いが終わればすぐに会えるさ……ところで涼子そのスーツは」
「私の秘書になってます。憧れのシマさんの後を追って……」すかさず桃田が応えた。
「将来は政治家か」シマは笑いながら涼子の額を人差し指で突く。
「まだまだ勉強中です。蘇えってまだ2年目ですからね……」
涼子は悪戯っぽくウィンクをした。
「ニセの情報にまんまと嵌りましたね。しかし、最高レベルの暗号にしても漏れるとは……敵もさるもの」
神妙な顔でアツシは言い切った。
「すでに戦いは始まっている。敵の情報力・科学力・軍事力・兵士の質は我々のかなり上を行っているのは確かだ……」シマは少し肩を落とした、そして顔を上げ続けて言った。
「山元総理が心配だ。桃田、暫く付いていてくれ」
「ハイ」と返事をして桃田は部屋から出ていく。首相執務室はシマ、アツシ、涼子の3人だけになった。
「かなりショックだろう、残念ながら山元内閣はもう終わりか……」シマは溜息をついた。
「若いが『政界の鬼退治』桃田官房長官を……首相になってもらうか」
アツシは軽口を言うが、すかさずシマは怪訝そうな表情となり。
「政治の世界は一寸先は闇だ……そんなにうまくいかない」
「元の世界で何かあったんですか?」
「かなりね……桃田 朗(あきら) 通称・桃太郎。この世界では、涼子と一緒に政界の鬼退治だな」
元の世界も、この世界もいずれ政界は桃田に任すしかなさそうだ……どんなに挫折しても、あの政治に掛ける情熱で再び立ち向かってくれそうだ。
「それと、アツシ、さっそく初代の国防大臣に就任してくれ」
「お前も『天地作戦』に参加してもらう……短期間で日本の経済界、科学技術の総力を結集しないとこの戦(いくさ)には勝てない。それには日本最大の企業・豊日自動車の会長でもあったお前の力が必要だ」
第12話 スカートをはいた連合艦隊司令長官
ハートマークに世界地図と日の丸が入った紫色の船方帽を被ったシマは薄暗い蛍光灯で鈍く輝くピンクのピストルを一丁ずつゆっくりと机の上に置いた。
「これは!」初対面の楼と鶴野はあまりの事に驚愕した。
「これから二人に一丁ずつ持ってもらう、私を撃つのなら、撃って構わんが。頭のここを狙って撃ってくれよ……」
シマは微笑みながら自身のこめかみを指さした。
まだ事態を呑み込めない二人は茫然と立ち尽くした。
「急にわたしが司令長官と言われてもな……あなた達もいろんな不満があるだろう。しかし時間はあまりない。今回の作戦は互いの信頼関係がないと出来ないからな。気に食わなかったら、いつでも殺ってくれ」広島県呉……広島への原爆投下から16年、こちらの世界は復興が早いな……窓もない広島呉の薄暗い軍令部の一室。 極秘の幹部会議が行われていた。シマと鶴野 襲(つるの しゅう 39歳)、金多 楼(かねた たかぞの 66歳)の3人だけだある。
「今回は日本の平和、いや世界の平和のための一大決戦だ」シマは強い決意を述べた。
「残念だが、知っての通り龍矢大将がハワイのネオナチス国に亡命した。
こちらの手のうちは完全に読まれていると思って間違いないだろう……」
シマはトレードマークの海軍の舟形帽を被り直した。白い軍服、白いスカートをはいていた。
「浦・元総理、あなたが新連合艦隊司令長官とは意外でした……」
この世界の鶴野 襲(39歳)は頬に傷がない代わりに、眉間に十字の傷があった。
「栄光ある日本海軍連合艦隊司令長官そして最期の司令長官になるだろう……今年の秋には海軍と陸軍も統合され国防軍になるはずだった」シマはこれから日本、世界がどうなるか分からない不安で一杯だった。
「航空関係は主に航空艦隊参謀長の鶴野少将、戦艦の運用・作戦関係はわたし金多がやることになっています……」
金多 楼(66歳)すでに退役をしてもいい年齢だが、かくしゃくとした佇まいで、まだまだ現役パリバリといった感じである。
「あなた、失礼、浦司令長官は鹿屋航空基地で亡くなった前田さんと外木場と一緒にいましたね」
「ああ……女だから目立ったか」
「前田さんには大変お世話になりました。本来ならわたしが特攻で……」
「ひとつしかない大切な命だ。死に急ぐことはない……外木場もテレビ局で頑張っやっているよ」
「テレビ?」
「あまり観ないようだだな、今後ドンドン普及する。2年後に東京でオリンピックも行われるからな」
「失礼ですが、私もどっかで会ったような気がします」
「いや、会ってないと思うが……」シマは惚けた。
こんなところで会うとは……TENCHIいや誰かさんの策謀か。
「この際……」意を決したように楼は続けたる
「正直に申し上げます。元総理とはいえ、あなたが司令長官になることに反発を持つ者も少なくない。私も初めは……しかし、あなたの死を賭して戦いをする覚悟……この不肖・金多 楼(かねた たかぞの)、最後の戦(いくさ)になりそうですが全身全霊でお供します」
白い手袋でシマに握手を迫る。
「ありがとう……」
楼はシマを見つめ固い握手をする。長年の軍人の感か……着いてきてくれそうだな。金多 楼(かねた たかぞの)、この時代では生粋の軍人。正直者か・な……
「今回のハワイ攻略作戦は知力を尽くした情報戦になる。かなり情報も漏れている」
「実際の作戦はここにいる3人とあと1人……」
「今回の作戦にはわたしと同じ考えを持っ副司令官を置く」
「こちらで掴んだ情報では、ナチスの虎ことシュバインシュタイガー大佐が陣頭指揮を執っているかと」
「もう1人いる……かなりの大物」
「噂されている……総統ヒトラー」
ピッと名札をかざし頑丈なセキュリティードアを開けゆっくりと入ってくる一人の男。
「……違います、それは、ベーア将軍が蘇えったのでしょう」
「家具屋……おまえ、蘇えったのか……」
シマは脱兎のごとく駆け寄り、白い海軍の軍服姿の家具屋(29歳)を強く抱きしめた。
「苦しいですよ、シマさん。それに胸を押し付けすぎです」
「かまうもんか……」
シマの大きな瞳から綺麗に光るものが見えた。
「家具屋……もう一人の」
金多と鶴野は顔を見合わせた。
しばらして4人は長い机をはさみ、シマの横には家具屋、対面に金多、その隣には鶴野が座っていた。
「ドイツ軍の内部まで精通している前ドイツ駐在政務次官・家具屋弘人を副司令長官にする」
「ああっ……」
あまりの展開に2人は言葉を濁す。
「それで、すでに聞いていると思いますが、ハワイから逃げきた将校の情報によるとこの8月9日ぐらいに核爆弾搭載可能な大陸間弾道弾発射基地が完成し、発射可能ということです」
「敵の戦力は」
「2隻の最新鋭の原子力空母、『ヒトラー』と『ヒムラー』と呼ばれてます。それに戦艦3隻、戦闘機約300機、巡洋艦、駆逐艦は合わせて20隻、Uボートは不明ですがかなりの数だと……」
「特に原子力空母、ナチスドイツ総統ヒトラーとその側近で親衛隊、ゲシュタポを率いていたヒムラー、いやな名前だな」
「敵は最新鋭の原子力空母を2隻持っている。それに引き替え我々の原子力空母は就航したばかりの戦闘空母武蔵1隻のみ。そして、ステルス機能のあるジェット戦闘機・メッサーシュミットMe300ファルケ(ドイツ語・鷹)、爆撃機ゲイム(ドイツ語・鷲)。特に戦闘機は我が海軍の最新鋭ジェット機・艦上零型戦闘機・鶴(英語通称・クレイン)を持ってしても2対1でドックファイトをして勝てないレベルです」
「ドイツの漆黒のステルス戦闘機に比べ白と黒でレイアウトされた鶴のようなクレイン戦闘機は美しさと機動力では勝っているんですけどね」
「アメリカ東部に駐在していたドイツ軍を全面撤退させ、ハワイ基地に集めたのがまずかった」
「それは、仕方がないな、駐留軍の撤退はアメリカ合衆国の悲願だから。戦勝国の意識が強いドイツ軍人をヨーロッパに戻すとイギリス、フランスなどとまたもめごとを起こしかねないからな」
「ドイツ領ハワイ基地を占拠したうえ、パナマ湾経由でドイツ軍とヨーロッパ駐在の軍国派の日本人将校など多数の軍人が集まり、実態はつかめませんが10万人以上とも……」
フーーッとシマはため息をついたあと「聞けば聞くほど強大な敵だな」
「決行日は8月8日より早くしようと思っている。戦闘機、戦艦とも急ピッチで練度を上げでくれないか」
「特に飛行隊は空母からの夜間発進訓練。戦艦はかなりやられることを想定してダメージコントロール訓練。今回は第二次大戦に参加していない若い兵士が大半だ。初めての実戦という兵士も多い。戦闘になると粘り強さと諦めない精神力が試される。これからの訓練次第で決まる……」
「分かりました」金多と鶴野は返事をした。
「さっき、着艦訓練を見させてもらったんだが女性パイロットもいるんだな……」
「ええ、司令長官ともども男女関係ありません……そして仲の悪い海軍、陸軍も分け隔てなく動員します。国家の一大事で総動員です」
元の世界(WORLD A)で恩(めぐむ)と呼ばれる鶴野の手下が女パイロットでいた……
わたしが刺された女ヒットマンでした……この世界でもいろいろ絡んでいますね。
ああ……
「ハワイ・オワフ島に上陸したらかなりの陸軍兵士も必要だからな」
「軍人の事はわたしが一番知っています。今回は適材適所の能力主義でやらせてもらっています。太平洋戦争から16年、平穏を享受した代わりに使える兵員の数も不足しています。予備役にも動員をかけましたが、まだまだ不十分です。空母、戦艦にも陸軍の優秀な幹部も登用しています」
「要員関係は任せるよ。一番恐ろしいのは人間自身。信頼関係、とくにあなた達2人との関係が崩れたら、この戦(いくさ)は必ず負けます。頼みましたよ」シマは立ち上がり金多と鶴野の肩を叩いた。
「そこで、司令長官、あなたの命を狙っている者は多い。あなたがよく知っている前の連合艦隊司令長官も内村さんも不審な死を遂げている。空位となった司令長官、誰もなり手がなかったというのが実情です・・・・・・世界的な軍縮条例締結、このまま平和なうちに連合艦隊司令長官のポストが無くなったらよかったのですが……しかし、司令長官を復活せざる終えなかった。出撃まで、大和で過ごしていただきませんか」
「大和か……」
金多は壁のボタンを押すと自動カーテンを開いた、軍令部の窓から戦艦大和と数隻の空母群の雄姿が一望できた。
「時代は原子力空母の時代ですが、まだまだ戦艦も負けてません。わたしが手塩にかけた連合艦隊旗艦戦艦大和です。大和自慢の45口径46cm3連奏砲塔9門の代わりに新たに巡航ミサイル『マサカリ』4基が装備された最新鋭の戦艦に生まれ変わってます。そして大和自慢の主砲も最新鋭になり健在です」
アメリカ軍のトマホーク巡航ミサイルに対抗してか……マサカリかついだ金太郎でもなかろうに……金多 楼(たねた たかぞの)さんよー
第13話 天地TENCHI作戦
「弘人(ひろと)、生き返ってそうそう、さっそくこんなところに連れ出して来て申し訳ないが」
戦艦大和の1室にシマ、アツシ、家具屋の3人はいた。丸い窓からは夏の陽を浴びキラキラと輝く穏やかな瀬戸内の海が見える。
「天地作戦の全貌を知っているのは、2つの世界を知っているこの私とアツシ、そして弘人の3人だけだ。敵を欺くにはまず味方からでもないが、今回の戦いは情報戦だ。特に龍矢 中将が敵ネオナチスに亡命したとなると手の内をほとんど読まれているとみていいだろう。かなりやっかいだ」シマは語り出した。
「太平洋(大東亜)戦争末期における日本軍作戦計画、天一号作戦 沖縄方面航空作戦 天二号作戦 台湾方面航空作戦 天三号作戦 南支沿岸方面航空作戦 天四号作戦 仏印海南島方面航空作戦 アメリカがドイツに降伏し日米が停戦したこの世界では成功した作戦もある。そこで日本陸海軍の総力を結集した最期の戦争になるであろう今回の作戦『天地作戦』。時空を彷徨う海亀ロボット・TENCHIから取ったのもこの3人しか知らない……」
「ドイツの熊(ベーア大将)と虎(シュバインシュタイガー大佐)、それに日本の龍(龍矢中将)も加わり。3人のとてつもない兵(つわもの)が揃いましたね」アツシは手を組みながら呟く。
「ナチスドイツ軍のカリスマのベーア(ドイツ語・熊)大将に第二次世界大戦では負け知らずのシュバインシュタイガー大佐と龍矢中将か……」家具屋は溜息をついた。
「誰が信じられるか分からない……金多と鶴野は大丈夫なんでしょうか……」心配げにアツシは言う。
「あの2人には元の世界でもいろいろ関わった……事ここに至っては信じるしかないだろう」そしてシマはしばらくの沈黙の後意を決したように発した。
「それでは、発表する。本当の決行日は8月6日だ。オワフ島攻略作戦は深夜未明から早朝にかけて行う」
重大な決定に2人の目を見つめながらシマはゆっくりと話す。
「8月6日? ずいぶん、早いですね」
「時間がないが、それまでに核ミサイルが発射されたらどうしょうもないだろう。敵を欺くためにはまず見方から……お互いな。8月9日、ミサイル基地完成もブラフと見た方がいい……8月6日に全てが決まるだろう」アツシの問いかけにきっぱりとシマは応えた。
「きしくも、広島に原爆が投下された日ですね」
「運命だな……その日に、世界が本当の核のない平和な世になる」
重い言葉であった。3人はしばらく沈黙した。
「ミサイル基地の破壊が最優先。核ミサイルが発射されたら終わりだからな。敵軍事施設の80%はオワフ島の真珠湾基地に集中している。ミサイル基地も軍港も主要滑走路もある難攻不落の要塞だ。そして、敵艦隊の撃滅、陸戦隊による基地の攻略、オアフ島を含むハワイ8島の住民の開放」
「決行日はアメリカ艦隊にもまだ知らせていない……運用できるのはたぶん虎の子の原子力空母エンタープライズ1隻と数隻の巡洋艦と駆逐艦。決行日を知らせるのは多分直前になるな。その頃には米軍も覚悟を決めてるだろう。米軍の海兵隊にはネオナチス国の支配下だが手薄なミッドウェイ島を攻略してもらおうと思っている」
「今回も連合艦隊の空母はかなりやられるだろう……離艦した戦闘機は少しでもミッドウェー島に着陸してもらいたい」
「予定よりかなり短くなったが、戦艦、空母、戦闘機の改良は行けるか……それと、上陸用特殊車両。日本からハワイまで約6,430キロ、出向したら全艦30ノットから38ノットで太平洋を全力で突っ走る」
矢継ぎ早にシマは自分のプランを発した。
「24時間交代で、日本産業界の技術をフルに使って。日本全国の工場もしばらく停止させます。逆算して戦艦、空母の出向は遅くとも8月1日に出発ですね。特に時間がないので改良した新型クレイン戦闘機は横須賀からパイロットごと直接、太平洋上の空母に着艦させるしかないですね」
日本の経済界に詳しいアツシが応える。
日本海軍初の艦上零型ジェット戦闘機・鶴。通称クレイン(英語で鶴)はその名の通り鶴のように機種の先方が折れ曲がった特徴的な機体である。機種の頭は飛行時は伸ばすことが出来る可変式を採用している。ゼロ戦伝統の航続距離の長さと鶴のような長い脚。腕を付ければ鶴の姿をしたロボットのようなフォルムである。鶴は日本では「幸運のシンボル」「神秘の鳥」と呼ばれている、今回の実戦が初めてだ。ドイツ軍のメッサーシュミット・ファルケ、ゲイムにどう立ち向かうかだ。
「戦艦の砲撃関係も自動化・無人化も出来るだけ進めていて欲しい。それに装甲を可能な限り厚く。戦艦の速度もあと2~3ノットは上げて欲しい。特に大和と日本初の原子力戦闘空母の武蔵が空母信濃、土佐、水戸、尾張を守らなければならない」
「豊日自動車は飛行機も船も造っていますが……これは専門の重工業会社と組んで至急間に合わせます」
「こうなると、ニューヨーク湾でドイツ軍に沈められた空母紀伊、山城の不在が効いてきますね」
「仕方がないな、あるもので戦わなくてはならない……戦艦大和は私が乗る、家具屋は戦闘空母の武蔵に乗ってくれ、後方の要(かなめ)戦艦三笠にはアツシお前が乗ってもらう」
「私も出陣ですか、本当に総力戦ですね」
「アツシは8月3日頃の出港でいいだろう、今回の戦いは兵站、補給重視。後方からのバックアップと可能な限り傷ついた兵を助けてやってくれ。国防大臣の不在は、山元首相と桃田官房長官が日本を守ってくれるだろう。本土への空爆は絶対阻止する」
「人間の数と物量だけは我が方が上回っている。日本からハワイまで船で線のようにつなぐ。消耗戦になりそうですね」
「これまでの戦争は人材、物量、資源、補給が物を言っていたが、第三次世界大戦は大量破壊兵器、つまり核爆弾を主要都市に落とされたら負けだ。その後、ネオナチスは資源を求めて各国に進出してくるだろう」
「大和は航空空母尾張と土佐、武蔵は信濃と水戸で二手に分かれた艦隊編成でハワイに向かう」
「どちらかが囮をやるのですね」
「この世界では、レイテ沖海戦で囮作戦を成功させ米軍を壊滅状態に追い込んだ」
「伝説の栗山ターンはなかったんですね、武蔵も沈没していないし」
「ああ敵もかなりの罠を仕掛けてくると思うが、どちらかが真珠湾に全力で突っ込む。最大の目的は敵ミサイル基地の壊滅。ハワイに基地がある限り、日本を含むアジアそして北米どちらも核攻撃が可能。とてつもない脅威だ」
「それと、当日オアフ島近辺の気象を変えたいと思う」
「雨にですか……個々の航空兵力で勝る敵を攪乱するためですか」
「それもあるが、地上兵力の低減といくらか核ミサイルの発射を混乱させたい」
「いいアイデアですね、実験段階ですが巡洋艦に降雨装置を載せてやってみましょう」
「他に……」
「あと20項目ほどあるが……いいか」
「20項目も……」
トップダウンと奇抜なアイデアを兼ね備えたリーダー浦連合艦隊司令長官、山元総理もそれを見込んでシマさんを連合艦隊司令長官にしたんのだろう、そして、協調型、調和型のリーダーのアツシさん、いい組み合わせだと家具屋は思った。
「いいですよ、第三次世界大戦、核ミサイルが大量発射されたら……次のない戦い-です、悔いのないようにしましょう。決行日まで日にちに限りがある。取捨選択してなるべく実現可能な方向で行きましょう、時間との戦いだ」
「TENCHIが最初に広島に現れて以来の徹夜になりそうですね。プランが固まったら明日から全国民を上げての総力戦だ」
「あらゆる手段を駆使して前例にとらわれない柔軟性と発想で……それとスピード、間に合うか……」
「日本の国力が試される」
シマは眼前で指を組み呟いた。
「日本の団結力が問わせますね。あらゆるタブー、障害を越えなければ……広島、長崎の悲劇を再び起こすわけにはいかない」アツシは決意した。
生ぬるい夏の海風、暗闇からほのかな月の明かりが照らされる「戦艦大和……最新鋭の巨大戦艦に生まれ変わりましたね」アツシはまず呟いた。
シマ、家具屋、アツシの3人は輝く月に照らされた大和の主砲の下にいた。瀬戸内の海に月が浮かんでいる。
「本日中に手分けして、日本のあらゆる工場、会社に指令を出しました。ううっ……日本のモノ造りの技術が再びこんなことに使われるとは……シマさん悔しいです」アツシの頬に涙が零れ落ち、崩れ落ちた。
「モノ造りの技術……車、船、新幹線、電機、本来は平和のために使うべきものだがな」
「その通りですね。司令長官、わたしも副司令長官に就任する前にある物を使いたいのですが……」
「そうか……」シマは家具屋の提言を察し、しばらく沈黙した。
「この世界でも『ノキツ』を使うか……たとえ今回の『天地作戦』が成功しても、多くの兵士が傷つくものな」
「ええ、製造法はわたしの頭に入ってます。出港前に富士山麓研究所で……」
「この世界でも富士山麓に研究所があるのだな……」シマの問いに家具屋はニヤリと笑い「元の世界よりかなり巨大な研究施設で研究員も優秀なようです。不老不死とはいかないが、これで多くの傷ついた兵士が助かるはずです。名前は『ノキツ』というのが分からないように変えるつもりです。軍事に悪用されたら大変ですかね」
「ネオナチスに亡命した龍矢中将……彼も元の世界(WORLD A)の終戦間際に東京で行われた本土決戦会議にいたんだよ」
「ほ、本当ですか?」家具屋は声を上げた。「彼は、最期まで本土決戦を諦めていなかった。私の開発した特別強化戦闘服甲号と野狐博士の開発した特殊薬ノキツにえらく執心だった。彼ならこの世界(WORLD B)でも軍事利用をやりかねない」「かなりやっかいですね」「恐ろしく切れる男だったのを覚えている」「不死身の軍隊を創りかねないか……」「そうなる前に叩かなくては」シマはグッと手を握り締めた。
そして、黄色い月を見上げ口に手を当て「月よ見ているか!人類はまだまだ素晴らしいぞー、やれるぞー」と叫んだ。
「シマさん、こんなところで大声はダメですよ!」アツシはシマの腕に飛びついた。
「おお、アツシ涙は全部出たしてすっきりしたか? わたしも月で枯れるまで泣いたよ」シマはアツシを見て微笑んだ。きれいだ……アツシはシマが黄色く光る月とかぶさり本当のかぐや姫に見えた。
「それと、アツシありがとうよ、例のもの」
「あーーっ、鈴木科学技術研究所の総力を挙げて作った例の物ですね」
アツシは夜空の星を指さし。
「実戦はぶっつけ本番ですが、精度には自信があります。今回月で人類蘇生計画を成功させたケビン船長なら出来るはずです」
「ケビンも無事に月から衛星に来たらいいが」シマの呟きに家具屋は応えた。
「わたしを蘇らしてくれた彼なら絶対やってくれますよ」
月のそばを通るひと際大きな星……流れゆく人工衛星を3人は見上げた。
第14話 連合艦隊出撃
「艦長、いい空母(ふね)ですね」
軍港の呉に夕陽が沈む。巨大戦艦2隻と空母4隻が停泊している姿は勇壮である。その中でも空母信濃はひと際巨大な空母(ふね)であった。
白い海軍の軍服を着た初老の男と家具屋弘人は船尾で立って話をしていた。
「副司令もそう思いますか?」
「鍛えられた空母はわたしでも分かります。隊員の練度そして士気も高い。陸軍出身のあなたがここまでやるとは」
「家具屋真司艦長。本当ならあなたに降りてもらいたい」
弘人は父親である真司に向かってニヤリと笑った。
「いくら副司令長官の命令でも無理ですね」
「言うと思った……座りましょうか、漢(おとこ)と漢の話という事で」
2人は艦尾で胡坐をかいて座った。
「わたしも一度死んだ身、二度目はない事はあなたも蘇えったとき感じているはず」
「ああ……分かっている」
「お母さんが自分の命に代えて蘇らしてくれた命です」
「副司令長官……失礼ですが……ここは、弘人と呼ばしてもらおうか。それは違うな。わたしが上海で死んだ時、誰かが俺の骨を拾ってくれたんだよ。わたしを信じてくれた仲間かもな、先の大戦で陸軍の多くの仲間が死んだ。多くの絆に助けてもらった命。大切に使わないとな」
「骨?……」
親父は……月での人類蘇生計画を知っているのか……
「この戦いはわたしの最後のケジメだ。誰にも邪魔はさせん」
「お父さん……」
弘人の頬に涙が伝う。真司は弘人を抱きしめた。
「今回は命と正義の戦いだ……我々の正義のために多くの若い命が失われるだろう……お前は絶対生き残れ。わたしの命より……他の戦士を少しでも多く蘇らしてくれ……」
知っている!……ま、まてよ、死んだ母・エマからの一種の伝言、テレパシーというものか?
「分かりました」弘人は全てを察したかのようにゆっくりと頷いた。
「さすが、副司令……逞しくなったな」
真司は弘人の肩を叩き少し微笑んだ。
「少し、エマの話をしてくれないか……」呉の沈みゆく夕陽を眩しそうに眺めながら真司は呟いた。
超音速旅客機コンコルドを想わすような折れ曲がった機首、真っ白な機体に機首と両翼下部がきれいに黒くペイントされている、まさしく鶴であった。日本海軍の誇る最新鋭ジェット機・艦上零型戦闘機鶴・通称クレインは轟音を立てて次々と空母信濃、水戸、土佐、尾張、そして戦闘空母に生まれた変わった武蔵に着艦する。
「横須賀より出撃したクレイン全機、所定の各空母に着艦しました」
「長官、いよいよ危険海域に入ります」
報告が入る。出撃した大和の艦橋では、全隊員があわただしく動き回っている。
太平洋の荒波に艦がゆっくり揺れる。2つの旗が太平洋の激しい風にはためく、ひとつはハートのマークの中に日の丸、もう一つはハートマークの中にグリーンで描かれた世界地図。2つのハートマークの図柄はシマの発案で戦艦、空母にもペイントされている。日本の平和、世界の平和の願いを込めて。
「太平洋に出てすぐに危険海域か。Uボートと爆撃機が脅威だな……上空はクレイン戦闘機、海中は機雷、対潜ミサイルで対応。対潜(水艦)ミサイルはまだ開発段階……実践では未知数」
「爆撃機は鶴野がやってくれるでしょう。敵Uボート対策はわたしが手塩にかけて育てた鯉金型潜水艦がやってくれます、すでに我々より先に出港しています」
鯉に金太郎か……海の中に鯉はないよな……金多 楼(かねた たかぞの)さん。
「鯉金型潜水艦は5001号から5011号までありまして全部で11隻、ナチスのUボートごときには決して負けません。練度が違います」
この世界でもフィクサーだ、海軍のドンだな……
揺れる艦橋ではシマはインカムをつけて立って指示を出していた。少し離れて金多を含む参謀がシマを囲む。猿木 義人少佐(28歳)が戦艦大和に乗り連合艦隊の特別通信兵として情報関係を仕切っている。
「司令長官、ドイツのミュラー首相(56歳)から連絡が入りました、どうしますか」
猿木が問いかける。シマは猿木が大和に乗っていることに驚いたが、この戦争が終わったら政治家を目指すという言葉に安堵したばかりであった。
「最高レベルのスクランブルでつないでくれ」
「分かりました……」
「ミュラー首相、復活おめでとう」
「通信状況が悪いようだが……最高レベルのようだから仕方がないか……浦さんお久しぶりです。今回は日本海軍栄光の連合艦隊司令長官とは……またしても大活躍ですね。私は暗殺されてから……長く深い海で眠っていた感じだったよ」
「そちらヨーロッパの状況はどうですか……」
「イギリス、フランス、イタリアと連携して、ネオナチス勢力をなんとか抑えている。ヨーロッパ大陸はすでに戦闘状態だ」
「第三次世界大戦が早く終り、平和になってもう一度サッカーワールドカップを観たいのでな……争いはスポーツだけでいいよ」
「最大の脅威はやはり太平洋に浮かぶネオナチス国か……」
「これからの1週間で勝敗が決まる」
「ミュンヘン宇宙センターはどうですか……」
「ある程度活動できるようになったようだ。そうそう、私を助けてくれたケビン・ロスリスバーガー船長はネオナチス軍の陰謀で現在月面基地で孤立しているようだ……」
「宇宙に連絡が取れるそちらのミュンヘン宇宙センターから『一寸法師』と月面基地に伝えてくれないか……」
「何かの暗号かね、確かにこの会話も敵側に漏れているかもしれんからな」
「分かった、ところで暗号はすべて日本の昔話から取ったのかね……」
「さすが、知日派のミュラー首相ですね。通信状況が悪いので、これで失礼します。ヨーロッパは頼みますよ」
「ああ、必ず……あなたも気を付けて……」
ミュラーは「必ず……」のあとの言葉を濁した。
第15話 TSURUNOーONGAESHI
8月6日の午後0時を回った。
戦艦大和の甲板にシマは出ていた。シマはほんのりした潮が匂う夏風を全身に浴びながら船先に歩いて行った。シマは黄色い満月を見つめ、跪き胸に両手を合わした握りしめた。
遥か天の『月の竹』よ、月の裏から観ているか……
地上では愚かな人類がまた戦争を始めようとしている。
それぞれの正義があると想うが天に召された人が行ったらまた頼むぜ……
TENCHI……天から地、地から天、天地作戦……月よ海よ大地よ罪深き人類を許してくれ。
ギュイーーン、ギュイーーン
シマの髪が突風に流れる。
漆黒の上空を、けたたましい轟音を立て流星が行く。複数の空母から発進された数十基のクレイン戦闘機がハワイに向かって行った。
太平洋は夜が明け、東方から薄日がさしてきた。
日本初の原子力戦闘空母武蔵は巡航ミサイル発射装置と滑走路を有している。被弾して煙を上げているが、長く伸びた滑走路はまだ無事である。
「今、空母信濃が沈んでいきます」
参謀からの報告に、家具屋は双眼鏡でくいいるように信濃を確認している。
「ヒロト、アトハ、タノンダゾ……」
信濃の艦橋では家具屋真司艦長が敬礼をして武蔵を見つめていた。
空母信濃が海中に徐々に吸い込まれている。
沈むとき普段笑わない真司が笑顔のような気がした。
被爆し黒煙を上げている巡洋艦、駆逐艦も見える。
「水戸は……なんとか持ちこたえてる。巡洋艦、駆逐艦が敵Uボートの盾になってくれた、申し訳ない」
空母水戸は黒煙を上げているものの航行している。
「ダメージコントロールの訓練が活かされている……健闘している。敵は囮を武蔵艦隊だと思っていって手を緩め、主力を大和艦隊に回したか……」
「今のうちに第一波の航空隊を武蔵に回収させよう」
「只今、空母ヒトラーが沈没したという報告がありました……」
「おおっ、やったぞ!」
「やったか!」
通信兵の報告に歓声が上がる。参謀たちも握手をする。
「残念ながら降雨装置搭載の巡洋艦、大井と日向が撃沈されました」
「そうか……」
「どれだけ武蔵に帰還できるか……」
「今のところ、雉谷中尉が乗るクレイン戦闘機以下9機です」
「雉谷中尉? まさか雉谷 五郎!」
「そうですけど、ご存知なんですか……実践は初めてですがわたしの片腕のパイロットです」
政界の鬼退治こと桃田 朗こと桃太郎が率いる雉、猿、犬のうちの一人、こんなところで雉谷と出会うとは……
空母ヒトラー撃沈の代償は大きかった、ゆっくりとした口調で鶴野は応える。
「武蔵、信濃、水戸、3空母から215機発進して……9機か、かなりやられたな」
「敵戦闘機ファルケ1機相手にクレイン2機以上で対応させ、徹底さていたんですが……」
鶴野は双眼鏡で空母武蔵に着艦するクレインを観る。戻って来る飛行士の顔を確認するかのように
「空母ヒトラーから発進した戦闘機とハワイ基地から発進された戦闘機・・・・・・予想以上の性能だ。基地に向かった飛行部隊の第2陣もかなりやられたということだ。夜間攻撃、オワフ島近辺のみ一時的に雨も降らして攪乱したのにな。敵も手強い、すごい奴らだ。予想通りの消耗戦になってきたな……」
「しかし、恐れ入った。あなたと浦司令長官とのコンビは最強だ」
「今回の戦争は情報戦。連絡を取らなくてもお互い分り合うなんて……すごいです。今、上空には少なくとも強力なドイツ戦闘機は1機もいない。そして空母武蔵艦内にはハワイ上陸のための大勢の陸戦部隊がいる。多くの犠牲を払って武蔵を守り抜いた……」
鶴野の切れ長の鋭い眼で興奮気味に家具屋を見つめながら云った。
こんな若造と女が……シマと家具屋の作戦をすべて理解しているかのような鶴野の言葉であった。
「今、アメリカ軍からも連絡が入りました」
「空母エンタープライズ大破……」
「大破……」
「そして敵艦空母ヒムラー沈没」
「刺し違えたか」
通信兵からの報告に家具屋は呟いた。
「尚、アメリカ海兵隊によるミッドウェイ上陸作戦は大きな被害を被りましたが上陸し、計画通り敵飛行場をほぼ占拠した模様です。エンタープライズのキャットフィシュ戦闘機はそちらの方に着陸中とのことです……」
「恩(めぐみ)っていう女のパイロットがいたな……まだ戻ってきていないな」
「なぜ……恩のことを知っているんですか……」家具屋の突然の問いかけに鶴野は言葉を失った。
「以前会った……1945年太平洋戦争が終りに差し掛かった時、特攻で死んだ恩の父親は鶴野さんの上官だったのでしょ。ミッドウェイ島に着陸していたらいいが……」
「恩は感と眼がいい……きっと着陸しているはず」
選挙戦最終日刺された相手が恩であることをそして父親が亡くなって以降不遇の生活を送っていたのを鶴野が面倒を見ていたことも家具屋は知っていた。恩が鶴野に恋心を抱いていることも……
「もう、あなたがいるなら大丈夫でしょう……しばらく外させてください……」
いつの間にか鶴野は白い軍服からグレーのパイロットスーツに着替えていた。
「私も出撃し、空で陣頭指揮を執ります」
「鶴野少将……あなたも行くのか……」
「もう多くの若いパイロットが死んだ……雉谷と一緒にわたしが行かないとまずいでしょ……」
「雉谷も燃料を補給して再度出撃していてる」
「家具屋副司令お願いがあるんですが、シマさん、いや司令長官を頼みましたよ。彼女はとびきり優秀だが無鉄砲だ……あなたが絶対必要だ」
フッ、男同士なら分かる。鶴野はシマさんのことが好きなんだな……
永遠に終わらない恋……片想いか……
「振り向かないでくださいよ……」
ヘルメットを被りながら鶴野が呟いた。
「ああ……見ないよ」
家具屋は二本の指でサインした。鶴の恩返しか……
「鶴野さん、零式艦上ジェット戦闘機クレイン、ゼロ戦と同じく航続距離が長い・・・・・・こちらに戻ってこなくていいから……必ずミッドウェイへ着陸して下さい」
「分かりました。私からは、これ以上若い兵士が死なないよう……もしダメになったら迅速な退艦命令をお願いします」
一方、ハワイ・オワフ島上空では、連合艦隊爆撃部隊がミサイル基地への空爆が行われようとしていた。
第16話 ISSUNーBOSHI
「あれは、キャットフィシュ。アメリカ側の爆撃機も応援に入って来た」
オアフ島上空、クレインに乗る雉谷がマスクごしに言う。
複座席のアメリカ空軍飛行機キャットフィシュの操縦席には恩(めぐみ)が乗っていた。
クレインに乗っていた恩はどうにかミッドウェイ島に到着し、キャットフィシュ戦闘機に乗り換えていたのだ。
「マイクいくぞ」
「あの光る建物がミサイル基地だ!」
後部座席の爆雷担当のマイクが叫ぶ
ズドーーン ズドーーン
数機の爆撃機が撃ち落とされる中、光る建物に爆雷が落ちる。
「やった!」
「よく見ろ、張りぼてだぞ、本当のミサイル基地はその横だ」恩は上空から言う。
「あっ、ミサイルが発射されました」
「騙された!」後部からのマイクの叫びに雪が唸った。
「ちっ!」という声とともにオワフ島上空では1機のグレイン復座式爆撃機の雉谷が大陸間弾道弾の発射を確認した。
ゴーーッという鈍い轟音とともに白い煙を上げミサイルが発射されていく。
「おお、神よーー」マイクが叫んだ。
地球軌道上の宇宙ステーション。
「日本の方向です……」
1人の若い宇宙飛行士がケビンに向かって言う。
物騒なものを宇宙へ持って来たが、中身は海亀がデザインされたミサイルとは……海亀のデザイン……シマさんの好みか……
「誘導装置付きですが……人類初の大気圏外からのミサイルの撃ち落としてですね」
金髪の若い宇宙飛行士、副船長のリッスンがケビンに囁く。
モニター上で予測されるミサイルの軌道を確認するケビン船長。
丸い調整用のつまみを回す、微妙な作業に手が震える。
「プレッシャーをかけるな……針で鬼を突きさすようなものか……当たってくれよ……」
最期に、鬼のシールが張られた赤いスイッチを押した。
ジシューーッと宇宙ステーションからミサイルが1発発射される。
「天から地へ……神は死力を尽くしたものに舞い降りる」ケビンは宇宙空間から叫んだ。
バコーーン
戦艦大和の上空では、一瞬閃光が見えたかと思うと入道雲のようにもくもくと赤い雲が広がった。
艦橋からその様子を見上げるシマ。
「今だ、敵もひるんでいる。一気に、基地を叩くぞ」
オワフ島のネオナチス基地上空では連合艦隊グレイン戦闘機がまるで朝焼けを飛ぶ鶴のように次々と爆撃態勢に入る。
「浦長官……宇宙ステーションから連絡が入りました……音声がちょっと悪いのですが、繋ぎますか」猿木が突然の宇宙からの連絡に心配げに言う。
「ああ……」
インカムごしにシマは会話をする。
「浦連合艦隊司令長官……役職合ってますか……」
「合っているよ、これからはシマでかまわんよ」
「それではシマさん。『一寸法師』作戦とりあえず成功です……」
「さすがだな。ケビンの事だ、きっと、相手の裏をかいて秘密裏に宇宙ステーションまで来てくれてると思っていたよ」
「敵諜報員の仕掛けで着陸船が壊れた時はダメだと思いました。命令通り、シマさんが最初に月面に着陸した船があったのを修理して使わせてもらいました。さすがですね、出発前、紙で書かかれたとおりしたら故障も直りました」
「そして月軌道上の司令船まで戻ることが出来ましたが、それからも大変でした。遅れましたが、どうにか宇宙ステーションに。間に合ってよかった……」
「まだまだアクシデントが多発しているので、地球上に降りて来れるまで、油断が出来ませんが」
「それは、よかった。地球を救ったその小さな宇宙ステーションもこれから大きくしないとな」
「シマさんの打ち出の小槌でお願いします」
「私にはそんな力はないよ」シマは苦笑いをした。
ケビン、月で日本の昔話を学習したんだな……
「ただ、大陸間弾道弾がもう一発発射されると……」
「……シマさんも、これからが勝負だと思いますが……くれぐれも、あまり無理をなさらないように……日米ワールドシリーズで会いましょう……」
第17話 KINーTARO
シマは丈を長くした鶯色のスカートに代えていた。連合艦隊司令長官だが胸の勲章は控えめにしている。
「空母尾張大破、空母土佐は小破で現在速度を落として航行してます。駆逐艦夕凪、水無月、巡洋艦筑摩、北上大破。敵Uボートもさすがだ、仕掛けも巧妙だ。空も、クレイン戦闘機が健闘しているがドイツの戦闘機もしぶとく踏ん張っている、真珠湾基地の損害もいまだ軽微。ゲルマン魂恐るべし、ここまでくると意地と意地のぶつかり合いだな。もう一押しあれば……」
「只今空母土佐が敵爆撃機の攻撃を受けています……あっ、尾張が沈没していきます……」
双眼鏡を見ながら猿木は叫んだ。
「敵は大和艦隊に攻撃を集中してきましたね。被害は甚大ですが……」
「巡洋艦伊勢と駆逐艦夏風、卯月、如月は航行可能です」
金多が現在の戦況を報告する。
「かかったな。敵ネオナチスは囮が武蔵艦隊だと思って攻撃をやめた。大和艦隊の方に攻撃を集中して来た……」シマはほくそ笑んだ。
「金多大将、なるべく引き付け、時間を稼ごう……予定通り、武蔵艦隊から陸戦隊を上陸させる。家具屋なら短時間でやってくれずはずだ」
「ネオナチスさんよ残念だな。本当の囮は大和なんだよ。日本が誇る陸戦隊はこの大和艦隊にはいない……」シマは腕を組み眼を瞑って呟いた後「空母土佐を除く全艦このまま真珠湾まで突っ込むぞ」インカムごしに叫んだ。
「司令長官、見てください。上空に援軍が……」金多が上空を指さす。
「艦上零式戦闘機クレインの編隊……美しい、まるで神秘の鳥・鶴の群れだな」シマは感嘆した。
白い機体に機種の先端と2つの翼の下部が黒く塗られたクレインの編隊が颯爽と上空を飛んでいる。
「あっ! ここまで来て! 被弾した戦闘機がっ、大和へ突っ込んでくる!」
ひとりの参謀が窓を見ながら叫んだ。火を噴きながらメッサーシュミット・ファルケが大和の艦橋に突っ込んでくる。
ちっ……、ミッドウェイでの約束は守れそうにないな……
上空のクレインの編隊から先頭の一機が急旋回した。鶴野が乗っているクレインだ。
「鶴野飛行長!」雉谷が叫んだ「雉谷、あとは頼んだぞ……」鶴野はクレイン機同士で無線を交わす。
シマさん……
ズコーーン
敵戦闘機に体当たりした。ピカッと爆弾が破裂するように光り、あたり一面に部品が飛び散る。強烈な爆風でシマの船方帽が吹っ飛んだ。
ガシャ、ガシャン、ガシャン
「この機体は、鶴野のクレイン……」
艦橋ではほとんどの参謀・隊員が屈み込む中、シマは目を見開き、仁王立ちのまま微動だにしない。
頑強な艦橋の窓が割れたり、ヒビが入ったりしている。
「大和含む全艦隊全速前進だ! 敵真珠湾基地に全ミサイル、全砲門を開き撃ち込め!」
シマがインカムごしに叫ぶ。
ビシューン、ビシューン
スドーーン、スドーーン
戦艦、駆逐艦、巡洋艦からミサイル、砲弾が一斉に放たれる。反動で大和の艦体が大きく揺れる。
見るとガラス片で切ったのだろうかシマの頬に長い切り傷がある。割れたいくつもの窓からビューーッと真珠湾の朝の風が大和の指令室に勢いよく入ってくる。
「シマさん大丈夫ですか、足の方にも傷が……」
猿木はハンカチで血が出たシマの頬を押さえる。
「スカートの丈を長くしてよかった。かすり傷だ。それより手をゆるめるな」
「ありがたい、大和艦隊の海からの援護射撃だ」
「恩(めぐむ)、鶴野さんのためにもこれで決めるぞ」
上空では大きく旋回した雉谷が山側から操縦桿を下げ、真珠湾基地へ爆撃態勢に入る。
グォォーン、地震のような鈍い轟音を立て、白い煙を巻き上ながら 大陸間弾道弾が再び発射された。
……しかも三発も。
「あっ……次々と、ここまで来て、ま、負けたか……」雉谷は上空から唸った。
「まだだ!」恩は叫んだ!「マイク、脱出装置のボタンは右側のこれだな……」
「上が前列、下は私のです」
雪は迷わず下の赤いボタンを押した。
「えっ!」
叫ぶ間もなく後部のマイクが操縦席から飛び出した。
鶴野さんのともらい合戦は一人で十分だ……
操縦桿を上げ、恩の乗るクレインは急上昇で巨大な大陸間弾道弾に接近していく。
恩は咄嗟に放射能被害のことを考え、なるべく島から離して撃墜しようと考えた。
「間に合った……あとの2発は頼みましたよ、遥か天空の人間の神様……」
恩は澄んだ瞳で青い空を見上げ、ミサイルの発射ボタンを押す。
ドコーーン
恩の乗るクレインを包み込み再び入道雲が上がった。
今度は、大和の船体が爆風で揺らいだ。
その時、宇宙ステーションでは
「今宇宙にいる人類は2人だけ、神になったような気分だ」
シートに座るケビンは180度全面ガラスから見える青い地球を眺めていた。
「ケビン船長あらためめて見ると本当にきれいですね、地球は。今ハワイ近辺だけ光が点滅している、人類はなんて愚かなことを始めたのだろうか……第三次世界大戦、月が怒らなければいいが……」
グイーン、グイーン
その時、突然シートから取れ以上に装備されたモニターの全面が赤く光り、緊急事態の警報が発せられた。
「なに……」ケビンはモニターを見ながら鈍く唸った。
「くっ、3発も……」リッスンは言葉を失った。
「迎撃ミサイルは残り一発、今度は、ダメか……」
「一発は消滅しました。地上からの撃墜です」リッスンは叫び、再びモニターに目をやった。
「船長、ひとつはニューヨークの方向ですが……もう、一発の軌道は……うっ、ここ、宇宙ステーションです!」
「狙いは宇宙ステーション……しめた!ネオナチスの過ぎた科学力が仇となったようだな……やつら、宇宙ステーションからの迎撃を予測してまず潰しにかかったのか……」
「リック副船長、地球着陸用のプセルに行け、そしてすぐにこの宇宙ステーションから離れろ」
「……ニューヨークに行く弾道弾を撃ち、宇宙ステーションは……」
「もちろん、一人の犠牲かニューヨークの数百万人の犠牲か、迷うまでもない」
「……船長、少しの間眠ってください。私が必ず骨を拾いに来ます、宇宙服は脱がないでくださいよ、探しにくくなるので」
リックはシートベルトを外し、浮遊状態になりながらケビンの方に笑みを浮かべた。
ケビンはモニター画面をじっと見つめ振り向きもせず親指を立てた。
リッスン副船長は涙目で敬礼し脱出カプセルの方に向かった。
ケビンはニューヨークに向っている弾道弾の軌道をじっと確認していた。そして……
「VIVA! BIG APPLE!」
ケビンは大声で叫びながらスイッチを押した。
バコーーン
大気圏外に出た大陸間弾道弾に迎撃ミサイルが当たり爆発した。
「よし、当たった!」
もう一発の大陸間弾道弾がグングンと宇宙ステーションに迫りくる。
あとは、頼む……戦いの女神、愛する浦シマさんよ……
ケビンは宇宙空間から祈り、そして微笑んだ。
大和の遥か上空では2発の横一線の眩い閃光がした。
「たった今、宇宙ステーションが音信不通です。残り2発の弾道弾は消滅しました」
猿木は事態を呑み込めずにいたが、シマに振り向き報告した。
迎撃ミサイルは残り1発、ケビン……お前……
そしてシマは拳を握り締めた。
「ケビン、わかった……」
全てを察したかのようにシマは艦橋から空を見上げ呟いた。
艦橋に重苦しい時間が経過した。何分経っただろうか、その間も大和から間断なく無数の巡航ミサイル、砲弾が発射されたがシマはしばらく状況を把握できないでいた。
「決まりましたね……」金多はぽっりと呟いた。
「ああ……あまりにも大きな犠牲だった」
ドドーーン
「通信関係、レーダー破壊され、全停止です」猿木が必死に叫ぶ。
「無線がなくても繋がっている、人を信じる心がな……」金多は座っている猿木の肩にそっと手を置く。
「家具屋副司令、鶴野少将、雉谷中尉、猿木中尉、そしてわたし……不思議だ……以前から会ったような、そしてあなたの女神の様な温もりも」
ドーーン ドーーン
ビシューン、ビシューン
間断なくミサイル、砲弾が大和からネオナチス真珠湾基地に撃ち込まれる。
「連絡もレーダーももういい……猿木、金多中将、可能な限り全機能を艦橋の指令室に集めてくれ」
「分かりました、戦艦大和最期のスペシャルモードですね」
「ミサイル、砲弾とも底をついてきました」金多はゲージモニターを見ながら言う。
金多は想った。太平洋戦争末期、戦艦大和が僅かな護衛艦を従えて沖縄方面に出撃。
途中空母も加わり、深手を負いながらも戦艦大和は沖縄に到着。
大和はありったけの砲弾を放った。8月15日に日米は停戦した。
大和はかろうじて生き残った。
しかし今回は……よくやったな大和。
「みんな、よくやった。ここで停船だ」
「大将、退艦命令を出そう……」
「猿木、先に降りて伝えて、そして生き残った兵員を集めてくれ」
「しかし、シマさん……」
「お前はこれからだ……夢を諦めるなよ。そして、戦艦大和は歴戦のベテランぞろいだ。最後は金多中将が降りて説得してくれるよ」
「ハイ、分かりました」猿木はシマの目を見つめ、きりっと敬礼し、ドアを開け駆け足で階段を駆け下りていく。
「若い隊員が多い武蔵。始めから囮は大和だった……陸戦隊も最新の原子力戦闘空母武蔵に配備……陸戦隊長の犬井中尉が最期を決めてくれる……さすがだ。失礼ながら、浦さんも司令長官の顔になってきましたね」
そう言い終わると金多はニヤリと笑った。
「よせやい……家具屋の事だ……陸戦隊にハワイの住民への放射能対策もしてくれるだろう。改造した戦艦大和の自動化・無人機能の見せ所だ。1人でも操作出来るようにしている」
シマは自分に言い聞かせるように言った。
金多はシマから渡されたメタリックピンクのピストルを懐から出す。
「金多大将何を……」
ズキューーン
ドアを撃つ
「これで、オートロックは使えません。締められないようにね」金多はうっすらと微笑んだ。
「必ず戻ってきます。1人で逝くのは許しませんよ、さすがの長官も1人での操作は無理です。時代は航空空母ですが、私がこの戦艦大和そのものなのです……」
「楼(たかぞの)さん……」
「楼さん? 以前あなたに呼ばれてような……浦さん、あなた……なぜか、 懐かしく感じる……」
「前世で会ったかもな」
「大和が笑っておる、私には分かる! 司令長官、大和が笑ってます」
「そうか、大和が笑っているか! 大和自慢の巡航ミサイル・マサカリ砲、ハデに連射だ!」
「熊(ベーア大将)狩りも大詰めですね……下に降りて説得に行きます」
「帰ってくるとき、舵輪に私を括る紐と……煙草を一本頼む……」シマは澄んだ瞳で楼を見つめ。
「分かりました、紐は長めにしますね」そう言い終わると楼は下に降りていった。
金多 楼(かねた たかぞの)は浦シマ司令長官と一緒に大和もろとも沈もうと決意した。
第18話 戦い終えて……
「家具屋副司令報告です、ベーア大将いやネオナチス国のベーア総統の遺体を只今発見しました。シュバインシュタイガー大佐と共に自決した模様です」
「引き続き龍矢(たつや)中将の捜索作業を継続します」
ガスマスクをつけた陸戦部隊の隊長・犬井 剛中尉(26歳)が無線機を使い報告する。原子力戦闘空母の武蔵から出陣した日本海軍陸戦隊はワイキキビーチから上陸し真珠湾にたどり着いていた。上空は日米連合軍のヘリコプターが舞い、数両であるが特殊車両も到着していた。
核爆弾が上空とはいえ4発爆発した。放射能被害も懸念さ完全防備された隊員たちが銃器を手に注意深く探索していた。
あたりは散乱している、おびただしい数の死体、瓦礫。激戦のあとはいつもこんな感じなんだろうと今回が初めての戦争の犬井は思った。昭和36年(1961年)8月6日、半日であらかたは決着した。強固なネオナチス基地はもはや跡形もなかった。
「大和とは連絡取れないか……」
家具屋は憂え気な瞳で通信兵の耳元で呟く。戦闘空母武蔵の艦橋では家具屋がヘッドフォンをした通信兵の傍にいた。
「不通です……」
「ああ! 只今、大和が沈没して行くという情報が……」
通信兵はヘッドフォンを押さえ、それが確実な情報かと確かめるように発した。
「そうか……」
第18話 月とスッポン(海亀)
結局、ネオナチスの手からハワイ8島を完全に奪回するのに10日を要した。アジア、ヨーロッパの紛争も沈静化し、短期間で第三次世界大戦は終了した。原子力空母はネオナチス側のヒトラー、ヒムラー、アメリカのエンタープライズの計3隻が沈没し放射能による海洋汚染が懸念された。また、オワフ島のネオナチス基地での核兵器、細菌兵器の回収には細心の注意が払われた。
大戦から半年余りの昭和37年(1962年)2月、真珠湾に1隻の白いレジャーボートが浮かんでいた。
「あんた、毎日、毎日よく潜るねー」
「少し休んだら……」
「いえ、もう少し」
スキューバーダイビング姿の家具屋はゴーグルを上げ海面から顔を出した。
「下には財宝なんてないよ……バカでかい鉄屑の戦艦だけだ」
たった一人の乗組員であり船長の老人は手を広げて呟いた。家具屋の連日の行いが馬鹿げているといった顔をしていた。
「ハワイだと海亀のお前がいても全然違和感ないな……」
「……そうですね」
「浮くなよ……」
「そうですね……」
遠く海上の家具屋を見守るTENCHIと3人。黒いサングラスをかけているTENCHIは浮遊せず砂の上でくつろいでいる。傍にはアロハシャツを着た鈴木アツシと前田涼子、さくら親子がいた。
「家具屋も毎日毎日よく頑張るな……いつまでするんだろう」
「そうですね……」TENCHIはサングラスごしに遥か遠くの海洋にいる白いレジャーボートを見つめながら「そうですね」としか言わない。
「大戦から半年、ハワイもかなり復興してきましたね」
まだ少女のさくらは無邪気な顔で言う。
「まだまだ、何年かかかりそうだが、正式にアメリカ領に戻ったからもっと早まるかもしれん」
「沈没戦艦引き上げ法案、今月中に国会で通過できるか微妙ですが」政治家の秘書らしく涼子はきっぱりと応える
「国民の生活を考えると、国会を通過しても生きている者が優先だからな」
「みんな何十兆円も費やしたHANASAKA計画で、戦争が亡くなった人が蘇えったのを知らないから」
「まだまだ頼りないが桃田官房長官が尽力してくれているよ……それと山元総理の後は結局、ヘンな関西弁をしゃべる花木 栄男(はなき さかお)がなるみたいだ。今まで総理候補にも挙がっていなかったようだが、シマさんが言ってたように政治の世界、一寸先は闇だな」
涼子は「民間出身で、庶民的なところで選ばれたんでしょうかね。裏ではどうか分かりませんが……桃田さんが早く総理になるよう私も頑張らねば」と呟いた。
「大和の艦橋は潰れているし……船体も攻撃を受けて、見るも無残な残骸だ。国の予算を費やしての引き上げはかなり後回しになるでしょう……第三次世界大戦も日米て本土への攻撃を防ぎ、民間人の犠牲者が少なかったことからハワイ戦役と呼ぶ者もいる。第三次世界大戦は幻だと……」
シマが乗っていた大和を早く引き上げたいというのはやまやまだが、涼子は沈んだ3隻の原子力空母の対応を最優先にするというのが世界的な声だというのをよく理解していた。
「核兵器のない平和な世界。これがお前を命令している者が描いた竜宮城かね」
アツシはTENCHIに問いかける。
「命令している?」
「お前の上司は『月の竹』じゃないのか?」アツシはTENCHIにかけている黒いサングラスを外した。
「……私のエネルギーも残りあとわずか……」TENCHIは赤い眼を点滅させて意を決したかのように首を伸ばして答えた。
「シマさんもいなくなった今、答えましょう。わたしは、母なる月で創られた時空を彷徨う海亀。命の源か知的生命体の『月の竹』かそれとも……qebk]太古の昔、それとも未来の月の人類か……誰に創られたか分かりません……2つの世界……あなた達の云う『月の竹』からたまに命令は受けますが、どこでプログラミングされていたのかこの体が勝手に動くんです……」
「音楽が流れだすと自然に踊りだすような感じなの?」
「……まあ、そんな感じです。ただ、わたしも判断が出来るようになってきました。感情というんですか、それも付いてきた感じがします。でも全ては地球の人類の未来。そのことを思ってのことだと思います」
「命令されるでもなくTENCHIは一回、シマさんと家具屋を助けるために母なる月に行ったからのーー、TENCHI、お前ももう彷徨い疲れたな……地球を離れ母である月の元に帰る方がいいだろう」
「……」TENCHIは赤い眼を発光させて沈黙した。
「TENCHI、それも、しばらく待ってからだわ、秘密裏にドイツのミュラー首相が中心となって人類蘇生計画が急遽再開されたから」
「一刻も早く今回の第三次世界大戦で亡くなった戦士を蘇らす。こればっかりはヨーロッパもアメリカも日本も、そしてアジアもないからのーー、世界がひとつにならなくては。人類は愚かだけどまだまだやれる愛すべき存在。進化も進歩必ずできる」アツシはしゃがんで話を続けた。
「どこまで出来るかわからんが……もう、亡くなったケビン・ロスリスバーガー船長のあと新しく船長になったリッスン・ボウシー船長がミュンヘン宇宙センターを発って月に行っておる。なんか、いてもたってもいられない感じだったが。表向きは月の研究開発になっているが……月の裏面で遺骨を撒き、人類蘇生計画が成功したら花火を打ち上げるというのも計画に入っていたのーー」アツシはそう言いながら指で砂浜に花火の絵を描いていた。
「月の花火……私たちと数名しか知らない秘密のサイン……」さくらは雲ひとつないハワイの空を見上げ呟いた。
「核はないが第三次世界大戦がある世界と、核はあるが第三次世界大戦のない世界……」
「どちらがいいかは、これからの我々人類の行動にかかっている。そうね、アツシの云うとおり人類はまだまだやれる、きっとやれるはず」アツシの問いかけに涼子は眼を輝かせて応えた。
「苦難に満ちたこの世界から明るく輝く世界へ、これからですね……」
さくらはにこっと笑った。
「さすがアイドルいいこと言う、まだ売れないサンフランシスコの地下アイドルって言ってたけど、さくらブラなんていったっけ……」
「ブラ? さくら・ラブワールドです。もーーっ、覚えてください」
「ふくれ顔(つら)も可愛いな」
アツシと涼子は手を叩いて笑った。
「それにしても、家具屋さんいつまで潜るんでしょうね……」
涼子は心配げに云う。
「見つかるまで、ずっとだろうな……」
アツシ、涼子、さくらそしてTENCHIは遠く真珠のようにキラキラ輝く海面に浮かぶ1隻の小さな白い船を見つめた。
「TENCHIお前、海亀ロボットだから潜るの得意だろ」
「それが……時空を潜るようには……わたしは海を潜るような構造になってなくて……」
「AIのお前も、愛おしさとか、切なさとか分かって来たんじゃないのか?」
アツシは犬をあやすようににTENCHIの顎を撫でる
「よしてください、私は合理的な思考と精密な創りになっているんです」
TENCHIは困ったように丸い眼を何回も点滅させた。
「男同士なら分かるが、お前もシマさんが好きなんだろう?」
アツシはTENCHIの顔を掴みじっと見つめた。
パールハーバーの夜に黄色い満月が浮かぶ。
その時、音もせず一発、二発と月に蛍光色の花火が飛び散った。
そんな中、海面にゆるやかな波で揺れる月影……その横にはTENCHIの甲羅と小舟に乗る三人の人影が浮かんでた。
「わたし、いま小さいライブハウスなんですけど、水着で観客(オーディエンス)にダイブ&サーフしてるんです」さくらのかわいい声がした。
昭和37年(1962年)ハワイの冬
浦 シマ 連合艦隊司令長官 ハワイ真珠湾沖にて戦艦大和とともに死亡。
鈴木 アツシ 国防大臣 戦争終結後、国防大臣を辞任、全資産を投じ鈴木科学技術研究所を設立。
家具屋 弘人 連合艦隊副司令長官 世界的グローバル企業ナサカーグループ執行役員に就任。
金多 楼 中将 行方不明、戦艦大和とともに死亡したと思われる。
家具屋 真司少将 東太平洋にて空母信濃とともに死亡。
鶴野 襲少将 真珠湾上空で戦艦大和の盾となり死亡。
青柳 恩 少尉 大陸間弾道弾の爆風に巻き込まれ死亡。ハワイ攻略作戦中、2回の戦闘機出撃は彼女のみ。
ケビン・ロスリスバーガー船長 大陸間弾道弾の直撃を受け宇宙ステーションごと死亡。
リッスン・ボウシ―副船長 戦争終結後 船長に昇格。再度宇宙ステーション建造、月面基地整備に尽力する。
月と海は全てを観ていた。
エピローグ
WОRLD A + WОRLD B = ?
月の怒り、地球の裁き
その日の夜は東京に緑色の月が出ていた。
あまりの大きさと緑にの光に見惚れていた。
みんな食堂と書かれた蒼い暖簾。
「21世紀も半ばになって東京にこんな店まだあるんですね」
暖簾を潜り抜け木戸を横に滑らし二人の大柄な男と若者が入店する。
「いらっしゃい」三角巾をした女性の声がする。
「命」と筆で書かれた古びた陣笠が飾りつけされている。
熊のような大柄な男は覇(はたがしら)国防省長官 黒い口髭をはやし黒い眼鏡の下から鋭い眼光で下町の食堂に場違いな異様なオーラを放つ。
小柄な若者は鈴木一蔵(すずき いちぞう)、20歳になったばかりだがそれより年下にみえるそばかす顔の童顔である。
二人はテーブルの椅子に腰かけた。
「前のお客さんの醤油がこぼしたみたいで……今拭きます」
女はチラッと二人をみながら布巾でテーブルを拭く。
見上げて、女はハッとした表情を見せた。
「とりあえずビールと枝豆と冷奴」
「瓶ビールと枝豆と冷奴ですね」
女は少し微笑んだが、瞳は冷徹であった。
「長官、知り合いですが」
「いや……」
「一蔵お前、知っているか?ここ3日間世界中で戦争が行われていないこと」
「日本と中央アジア以外、異常気象、地震ですからね。そら戦争もしませんよ」
「世界はここんとこおかしいことだらけ、月も緑色ですからね」
「ここだけの話だが月面基地は壊滅、隊員はかろうじて引き揚げられたが、宇宙ステーションも現在無人……人類は今宇宙空間には誰もいない」
「さすが元NASA(アメリカ航空宇宙局)長官詳しいですね」
「月も怒っているのかな……この日本も明後日から今世紀最大の超大型台風が接近すると」
お品書きを見る。
「はい、お待ちどうさま」
ニコリと笑って女はビールと枝豆と冷奴を置く。
「この店だと……これを頼めと」
「塩むすびと親子丼ですね」
女は氷水に15秒ほど手を入れたあと握り始めた。
男は包丁で鶏肉をさばき、片手で卵を二つ割ってボールに入れ箸で掻き混ぜる。
女主人が握っているんですね。料理人は卵を割ったぞ親子丼を作るようだ……
「お待たせしました」親子丼と塩むすびをそっと置く。二人は女の顔をじっと見る。なかなかの美人だな」
「長官のタイプですか……どこかで見たような」
「教科書に載っていた人……なんていう名前だったんだか忘れたんですがそう、確か日本初の女性総理大臣……に似てますね」
「浦 シマ、第二次世界大戦前、戦争孤児から総理大臣まで登りつめた人だ」
「わたし、教科書の人物画、鼻毛とか髪の毛増やしたりするんですけど、なんか、出来なかったんで覚えているんですよ」
「バカヤロー! それより早く食べよう」覇は一蔵に割り箸を渡す。
ふんわりととろけるような卵とやわらかな柏、箸が進む
……米が甘い、絶妙な塩加減……この沢庵は女主人が漬けた自家製だろうか、この塩むすびとよく合う。
……料理人は20代前半、女主人は30代ですかね美男美女だけど夫婦にも恋人にも見えませんね……不思議な関係だ……
「大人の関係はお前にはまだ無理だ、それより一蔵、お前20歳になったんだな、祝ってやるよ、ビール飲め」
覇は一蔵のコップにビールを注ぐ。
「くーーっ!うまぃ! 肉体労働の後は最高ですね」
一蔵は口元を拭いながら叫んだ。
「さあ、どんどん飲め」覇はシャツをたくし上げ太い腕でどんどん一蔵に注ぐ。
「3日間世界中で戦争がない、戦争がこのままなくなるんですかね……ヒクッ」
「……なくなって欲しいが、なくならない……人類が生きている限りな……」覇は肘をテーブルにつき顎を撫でながら悲しい眼で呟いた。
「友達も言ってました、戦争ってなくなるわけないじゃんって。勝つか負けるか決める限り……人間って、悲しい生き物ですね……ヒクッ」
「それでも、信じようじゃないか、愚かな人間を」
かなり酔ったのか一蔵はテーブルに頬をつけた。
覇は女主人に目をやり
「ビール、もう一本追加」
女主人はトレイにのった冷えた瓶ビールを覇に渡し
「お酒は初めてなんですか……少し飲ませすぎましたね」テーブルに顔を押し付け眠りかけている一蔵を見ながら言った。女主人はハッと思った。一蔵の幼い寝顔を見て……以前見たことがある・・・…
その様子を覇をじろりと睨みつけていた、女主人は視線に気づき、臆せず平然と澄んだ瞳で返した。
「TENCHIからの指令です……」覇は女主人にぽっりと言った。
「何のことですか?……」
女主人は尋ねる。覇は黒縁の眼鏡を取る。「あなたは!……」シマは顔を見て驚愕する。
「……もう一度言いましょうか TENC……」
最期まで聞かず女は調理場に行った。
調理場は覇たちがいるテーブルから見渡せる。
耳打ちする女に若い料理人驚いた表情を見せた。
その様子を覇は鷲のような鋭い眼光で見つめていた。
「国防長官、やっぱりその眼、その顔はこの大衆食堂ではかなり浮いてますよ、ヒック」
「一蔵、お前起きたのか」
「ヒックっ、普通の食堂だけど、なんかほんわかと温かい雰囲気がしますね」
寄った顔で一蔵はあたりを見渡す。
シマはビールを注ぎ周り客に耳打ちする、サラリーマン、肉体労働者、-+-メ常連と思われる客は一瞬戸惑った顔をするが納得し会計をすまし店から出て行く。
今日は急遽早終いをするようだ。
女は客の会計をすまし、店内のテーブルは覇と一蔵の二人だけになったのを見計らって、ゆっくりと寄って行った。
「今日は皆さんにはらってもらいました、それで……」
「TENCHIからの伝言です、『月(ルナ)が怒っている、地球(テラ)の裁きはもうすぐ……』と伝えてくださいとのことです。そして明日この場所に来てください」
一枚のメモをシマに渡す。
ビューッと東京に強い風が吹いてきた。
覇と一蔵を見送る二人。
生ぬるく強い風に覇は緑色のサマーコートを立てた。
「いつまでも戦争を止めない人類に月は怒っているんですかね……」
眩しく緑色に輝く月を見ながら一蔵は云った。
「ああ……そうかもな。TENCHIが云っていた『もうすぐ二つの世界がひとつになる……それてとも世界の終わり……おろかな人類は早くしないと間に合わない……』」
「ハテ? よく分かりませんが、これからの数日は世界の一大事は確かですね……」
一蔵は険しい表情の覇の横顔を見上げた。
女主人・安浦志摩は白い前掛けはずし、白い三角巾をはずすと束ねていた黒い髪がさらっと夏の突風に流された。
料理人・クーリッヒ・家具屋 弘人はシマの右手で肩をそっと抱き左手のおたまを強く握りしめた。
覇(はたがしら),NASA ,CAR junior(52歳)
鈴木 一蔵(すずき いちぞう)(20歳)
安浦 HERO 志摩(やすうら ヒーロー しま)(36歳)
クーリッヒ・家具屋 弘人(クーリッヒ かぐや ひろと)(23歳)
第二次世界大戦の終結から100年
2045年 東京 夏 みんな必死で生きていた……