投資なら国の力でどんどん伸ばせるのか?(GDPとは何か、その4)
政府支出を使って投資増加をうながす
いま一度、単純なGDPの計算式を書きます。
GDP=消費+投資+政府支出+輸出−輸入
もし消費や投資が増えなければ、なんなら減っているような状況なら、その分を政府支出の増加によって穴埋めし、GDPを維持する必要があることが、この式から分かります。
政府支出とは、たとえば、
消費を増やすために政府が補助金を出したり、あるいは、道路建設を企業に発注して代金を渡したりするようなこと、などです。
[道路は社会資本(インフラ)であり、国民経済の生産力を向上します。そのため、こうしたものを政府や地方自治体が整備することを「公共投資」といいます。]
ところが、
あんまり何も考えずに、政府支出を増やせばいいかというと、そういうものではありません。
消費については、第1回でお話しました。かつて、いや、いまでも、国債発行によって借金してまで、政府がお金を出して消費を増やすという考え方はあるのですが、実はそれほど有効というわけではない、というお話もしました。
もちろん、コロナ禍のときなどのように、困窮する人がかつてないほど増大し、消費が極端に落ち込んでいるようなときの政府支出は、明らかに有効です。実際、あの一律10万円の補助金がなければ、消費、そしてGDPの落ち込みは、どれくらいだったのでしょうか。
とはいえ、消費を増やすための政府支出は、その有効性をしっかり考える必要があります。国債発行で行うなら、特に。
投資についても同様です。
投資は、生産を増やすための支出です。企業にその体力がない場合、政府が企業に補助金を出したりして投資をうながすことで、生産力の向上、GDPの増加を図ることができます。
投資は消費より大きな効果がある、というお話もしました。たとえば工場建設という投資によって、(1)雇用が増大し、(2)労働者の消費が増え、(3)消費を満たすための工場建設などの投資が増え、(1´)雇用のさらなる増大……という好循環を生むことが期待できます。
先進国の投資は、そう簡単には増えない
ところがところが。
日本をふくめた先進国では、投資によるGDPの増加率が、年々減少しているのです。昔ほど、投資によるGDP増加が期待できなくなっているのです。
なぜでしょう。
工場やお店によって生産される量(総生産量)は、次の3つによって決まるといわれています。
(1)資本(工場、お店、機械など)
(2)労働する人の数
(3)+α
先進国の場合、まず(2)が頭打ちです。ゆたかな経済は、子どもをあまり産まなくても、人にそこそこ幸せな生活をもたらします。子どもを1人しか産まなくても、まず、亡くなることなく大人になります。子どもを産まない家庭でも、なんなら一生一人暮らしでも、それなりに幸せな生活が営めます。それをもたらしたのが、20世紀後半から飛躍的に進化した科学技術だったりします。
実際、出生率低下の著しい日本で、これから(2)が増えるようなことは、なかなか期待できません。あえてできるとしたら、(2−1)女性の社会進出か、(2−2)高齢者の雇用を増やすことです。しかし、いまの日本では、これらも、飛躍的に増えるとはいえないところまで来ているような気もします。
そして、(1)も、飽和状態です。コンビニや、そこに置く商品を作るための工場を、飛躍的に増やす必要が、いまの日本にあるでしょうか。
もちろん、最新技術を駆使した工場は、足りないかもしれません。しかし、それを増やす分、古い工場はいらなくなり、スクラップされ、総量はほぼ変化なしです。むしろ、最新の工場やお店は、高度に自動化され、働く人も少なくなるため、(2)を減らしてしまうことから、かえって総生産量の減少をもたらしかねません。
それなのに、政府がやみくもに(1)や(2)を増やすための支出をすることは、税金のムダ遣いになるだけでなく、かえって経済力を落としてしまうことにもなりかねないのです。
これからの投資を増やすための「プラスα」とは
そこで期待したいのが(3)です。「プラスα」、これが、21世紀の経済にとって有効な要素なのです。
それは3つあります。
(3−1)技術革新
(3−2)生産の効率化
(3−3)その他もろもろ(?)
(3−1)、つまりイノベーションによって、資本の数や規模、労働する人の数はそのままに、生産量を増やすことができます。
ただし、そのために欠かせないものが、研究開発です。それは、単に、高度な自動化機械の開発などにとどまるものではありません。むしろそれだけを進めると、先ほども述べたように、雇用の減少などをもたらしかねません。
むしろ必要な研究開発は、社会や消費者たちにとって必要であるものを見極めるためのものです。どんな気候でも着心地のよい服から、スマホで簡単にレンタルできる自転車、ご当地グルメと融合されたスナック類など、みんなが「ほしい!」というものを見つけ、それを形にし、安定的に生産するための、一連のプロセスです。「いままで発想もしなかったけど、それはほしい!」というものが作られることで、モノがあふれた先進国でも生産量を増やすことができるのです。
(3−2)、生産の効率化は、インターネット、スマホ、SNSなどの活用を考えてみてください。単にモノの生産が増えるだけでなく、働く人も増やすことができます。テレワークによって、家から出ないで仕事ができるようになることは、単なる効率化にとどまらず、それまでの働き方では働けなかった、子育て中の人や、病気や障がいのため通勤が難しい人など、様々な人の労働への参加を増やし、少子化でも労働する人の、数だけでなく、時間、それも「集中できる濃い労働時間」を増やすことができます。
そして、
(3−3)は、一見すると生産に関係がないように思われるかもしれませんが、資本主義経済がある程度まで行き着いた国にとっては、重要なことです。
性別や民族などの多様性が高い職場だと、いままで気が付かなかった発想が、働く人々の間の「化学反応」で生まれることが期待できます。ジェンダー平等は、その第一歩です。現在、労働に参加している女性の割合には、まだ上昇の余地があります。つまり、まだ経済の生産活動に活かされていない女性の発想が、まだまだ眠っていることになります。
そのために必要な、図では「やわらか社会づくり」と書きましたが、子育てがしやすいとか、その他の個人の幸せのため、例えばカーリングをしたいから冬の3ヶ月は当たり前のように仕事を休むとか、そういうことを実施することで、女性だけでなく、アスリートや芸術活動などをしている人々の発想もまた、同じように生産活動に活かすことができるようになるでしょう。
最終的には「すべての人を置きざりにしない社会づくり」が大切になります。できるだけ多くの人が、それぞれの人生のペースで、伸び伸びと仕事をする。そういう環境が、バネが伸び切ってしまったような資本主義経済に、新たな伸びしろを与えることになるのではないでしょうか。
これからの政府支出は、こうしたことのために行われるべきでしょう。
とはいえ、そのためには、(私もふくめ)多くの人の、発想や行動の転換が求められます。それはもちろん、かんたんなことではありません。しかし、資源に乏しいものの、1億人以上の人口を抱える日本という国(人口1億人以上の国というのは、数えるほどしかありません)には、最もふさわしい戦略だと思うのですが、いかがでしょうか。
さて、
ここまでつらつらと、GDPを増やすためには……というお話をこれまでしてきましたが、やや教科書的ではない説明が増えてきました。次回からは、高校の教科書に書いてあるようなGDPについてのお話をしていきたいと思います。