国の借金は景気を良くすることにつながるのか(GDPとは何か、その2)
「卵が先か、ニワトリが先か」
前回、GDPを下のような式で説明しました。
GDP=消費+投資+政府支出+輸出−輸入
で、消費が増えたら確かにGDPは増えるが、投資ほどではない、という話もしました。
消費は基本的に、所得に依存していると考えられています。つまり、所得が増えないと、消費は増えません。
当たり前といえば当たり前です。ないお金で消費活動をすることはできません。
ということは、所得を増やして景気を良くしてみんなの所得・GDPを増やすためには、みんなの所得・GDPを増やさなければならないのです。
あれ?
まるで「卵が先か、ニワトリが先か」のような話、つまりどっちを先にしたらいいのか、まったく分からない状況になってしまいます。
このことを考える前に……もしみなさん、財布の中身がスッカスカでも、どうしても今買いたいものがあるとき、みなさんだったらどうしますか?
あんまりしたくはないけど、借金するしかないですよね。
国全体でも同じです。政府が借金して、つまり国債を発行して、そのお金で政府が人々にお金をバラまき、消費するためのお金を増やしてあげればよいのです。
というか、そう考えている人が、たくさんいます。
借金したらGDPが増える?
たとえば、国民に消費するためのお金がないとき、政府が国債を発行して借金し、そのお金で消費のための資金を国民に与えます。一律補助金とか、やりましたよね。
国民は、そのお金で飲み屋でどんちゃん騒ぎをします。飲み屋さんは儲かって、フカフカの椅子を買い増します。そうすると、椅子メーカーが儲かって、新規工場を建設します。その工場に失業者が雇われ、コンビニでの消費が増えるので、儲かるコンビニが増えます。そうすると……
ということで、国債発行は消費の拡大を通してGDPを増やす可能性があります。
むかしの経済学の本では、こういう式が出ていました。
財政乗数=1÷(1−限界消費性向)
限界消費性向という難しい言葉の意味は、「所得が増加したときに消費に回される割合」というものです。まあ、ここではザックリ、消費に回るお金の割合、と思っておいてください。教科書ではこれを0.8(つまり80%)と仮定した例題が多かったように記憶しています。
限界消費性向が0.8なら、財政乗数は5になります。
そして、こういう式が成り立つとされます。
GDPの増加分=政府支出×財政乗数
これによると、1兆円の政府支出が、財政乗数倍だけGDPを増やすことになります。財政乗数が5なら5兆円(!)です。
もし国債を1兆円発行したとしても、GDPは5兆円増えるのですから、1兆円の国債は余裕で返済できることになります。いい方法見つけた!!
20世紀の常識は21世紀の常識となるか?
本当にこうなるのでしょうか。
こうした理論が確立した20世紀中頃、多くのものは今よりもずっと人の力で作られていました。そのため、工場が建設する場合、機械類を動かすため多くの人を雇う必要がありました。
いまは、産業用ロボットが高度に発達しています。お店も、セルフレジが発達しているので(ユニクロのセルフレジ、すごいですよね!)、工場や店舗を建設しても、あんまり人を雇う必要がありません。
そのため、21世紀の現在、消費の拡大が、こうしたところにまで行き渡るのか、疑問があります。ましてやAI(人工知能)が発達すれば……と、思ってしまいます。
また、
こういう理論が確立して以降数十年の間、政府が国債を発行する額が増え、財政にゆとりがなくなってきています。借金が増えているからですよね。
よく「日本の借金は1000兆円!」と言ったりします。実は正確な表現ではないのですが(数字そのものはまあまあ正確ですが)、消費税率がここ10年で5%→8%→10%と上昇していることからも、政府財政のゆとりの少なさは理解できると思います。
もしかしたら、自分の年金額が少なくなるのか。そこまでいかなくても、医療費の自己負担が4割、5割と上がってしまうのか。さらに消費税が増えてしまうのか。子どもの教育費も心配。
さらに、ここのところにきてインフレーションということも現実の心配になりつつあります。いまの貯蓄で足りるのだろうか。
というわけで、たしかに国債を発行して、そのお金で国民の消費資金を増やすといい、というのは誤りではないのですが、上でお話したような現状も考えるべきでしょう。
まずは、消費の拡大が、どうやったら先端技術や成長産業への資金に回るのか(セルフレジを作って世界中に輸出したり、優れたAI技術で世界中からお金を集め、雇用を増やすための資金になるのか……など)ということを、政府、そして国民も真剣に考える必要があります。
さらにさらに、
年金制度や医療費制度、教育費の制度……など、国民の安心につながる制度を充実させ、そもそも「あんしんして消費できる」ようにするための政策も、同じように考える必要があります。
戦後の長いスパンで見ると、消費の割合は下落傾向にあります。たとえば限界消費性向を0.8ではなく0.6とすると(2010年代はこれくらいだったようです)、財政乗数は2.5となり、国債発行によるGDP拡大は減ってしまうことが分かります。
消費の割合が下がることは悪いことではありません。所得が増加しても、食べ物の消費は、そうそう増えませんよね。
さらに、今日の満ち足りた社会で、そんなに買いたい物があるわけではありません。20世紀、まだまだ「テレビも車もほしい」という時代ではないのですから、消費の割合が低くなることは、いわば必然です。
ということは、これから先も消費の割合は低くなる、そのため財政乗数も低下する一方、ということが予測できます。
そういうことを考えると、消費拡大に頼ったGDP成長戦略は、以前に比べて期待できない、ということが分かります。
「みんなが消費するために国債発行をたくさんしてお金を配ろう!」だけで、その効果を考えなければ、借金は次世代に回るだけです。というよりすでに、毎年、20兆円以上の予算が国債返済に使われています。20兆円あったら何ができるのでしょう。考えなければなりませんね。
(考えろ考えろいうけど、あんたが考えろ! という方もいるかも知れませんが……)
もちろん、消費が増えるどころか、減るのは大問題であり、緊急に手当すべき課題です。社会保障や教育費・子育て費用問題などによる国民消費の落ち込みを食い止める取り組みにも、いち早く手を付ける必要があります。
それを行ってこそはじめて、「国債発行して国民の消費資金を作ろう!」と言えるのではないでしょうか。