読書傾向変化、フィクションへ
若い頃、高校時代だけだけれど、小説に凝った。西洋・日本の主だったところ。ほとんど文庫本で読んだ。元々歴史好き、トルストイやドストエフスキー、プーシキンなどロシアもの、フランスやドイツそしてイギリスの小説や哲学、小ペンハウエルなど思い出す。
その道には進まず、成人してからは、時々思い出して読む程度。
やはり受験勉強で、世の中にはたくさん本があると認識した。その受験の時、その秋ごろ。
三島由紀夫が自衛隊阿佐ヶ谷で割腹自殺、翌日の新聞に介錯された首が少し掲載されていた。45歳、これからの人生、本人は、それなりの信念、覚悟があったと推測する。
私は、69歳、とても自殺しようとは全然、思わない。癌やなにゃで、もうあと1年持たないなと言われても、まだいきるって。
しかし、その当時でも、あまり小説読んではいない。むしろ映画や山登りに気を遣っていた。女性にも関心はなかった。ほんとは、あったんだろうけど、傍にいなかった。ないものねだり以前の問題。
引きこもりの後、社会復帰。世間の冷たさに故郷を捨て、エッセンシャルな公務員。お陰で、職業生活・収入は安定、特に気を遣うこともなく、組織内での研修や訓練、大阪や東京で過ごせた。
そして周囲の友人の影響もあって結婚、その妻とは41年連れ添う。
いまも。
やはり読書は続けてはいた。自己啓発や仕事がらみ、遊びの本が多かった。定年や再任用・再就職を経て、まったくの年金生活で自由な時間ができた。読書につかう。映画も好きだが、コロナと最近の映画、ちょっと関心が薄い。時勢から離れつつある。それはそれでしかたがない。
読書傾向、いままでの流れ、歴史、思想、哲学、宗教から、ちょとづつ流れが変わって、小説、それも日本の。
平野啓一郎、百田尚樹、東野圭吾、村上龍など、いままで全然、読もうともしなかった作家ばかりを読んでいる。面白い。村上春樹、NHKBSでやっていた「アナザーストーリー 村上春樹」も面白かった。
これからも、いろいろ読んでみたいものだと思っています。