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今宵の月、一見ありふれている。でも二度とない、人生の瞬間も

 夜になると、いつも想う。今日のお月様のご機嫌は、どうだろうかと。

 普通に考えると、月は地球の衛星、遥かな昔、地球の一部から離れて分離独立したものの、そのまま地球やその他何かの力で近くて地球の周りを回っている、これはあくまでも私見である。ほんとうの天文学や物理学からは正確ではない。

 しかし、基本的に全然、私には関係ない。

 あるのは、私と月だけの関係。暗い夜道を歩いていると、頭上に何か輝く物がある。それが月。遥かな大昔から、いったいどれだけの人間が同じことを考え想ったことだろうか。そういう人々をこの想いを語ってみたいものだ。

 なにか超自然的なオーラ、同じただの物資的存在に過ぎないのに、こころわくわく、どきどきさせられるものがある。

 いまの場合、月である。客観的、科学的には、何のエビデンスもない。馬鹿出た発想、思い込みに過ぎない。それこそルナティックである。青白い月影に偏気な人間を思い起こす。

 先の日曜日、毎度のNHK大河ドラマ「鎌倉の十三人」第一回を観た。面白かった。このなかに出てくる源頼朝、当然一人の人間に過ぎない、しかし、それは輝くオーラがあった、天下を二分して敗れた側の御曹司であり、それがいまここにいる、いまこそ自分たちが主人として戦いを起こすヒーローだと。かつてのナポレオンや西郷隆盛、そんな雰囲気が歴史から伝わってくる。

 なにかすごい力、それはなにか。私たち一人ひとりが抱く憧れや想いの集大成であろう。

 いま私は、月にそれを感じている。大好きな弘法大師や西行法師、鴨長明、ほかにたくさん、数多くいる、尊敬そして会いたかった人たち、自分と同じように、人生で垣間見た素晴らしい物を追いかけて、短い人生を愉しんだ諸先輩である。

 いろいろな書物や映画やテレビで、そんな夢もみてみたい。

 今日も月がきれいだ。

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