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「加速競争戦略」: 進化するAIを追いかけるだけでは、市場から脱落する。AIの進化を超えて競争を勝ち抜くコンペティティブ・コンバージェンスとは?
近年の生成AIを契機とする人工知能(AI) 技術の進化・発展はとどまるところを知らず、ますます加速している。いまや広告におけるパーソナライズ、医療での診断、自動車の操縦から都市エネルギーの最適化まで幅広く活用されており、生成AIは、文章、画像、音楽や動画、企画からプログラムまで生成できる性能を示し、AIエージェントとしての次の段階を見据え、従来の人が行っていた知的生産活動や創作活動を革新していく可能性がある、さらには人間の能力を超えるAGI・ASI の開発も近いと考えられている。このような状況に「競争環境が加速していてついていけない」という感覚を持つ企業も少なくない。
従来の経済学・経営学における競争理論は、暗黙のうちに市場環境を固定的なものとして扱ってきた。グローバリズムやインターネットの影響を受けた動的な市場における競争というテーマにおいても、そのようなダイナミズムを持つ市場、としてあくまでも一つの特徴として捉えるに留まり、焦点はその中での企業が持つべき組織能力におくことが多かった。しかし、現代におけるAIの継続的かつ劇的な進化、およびそれに伴う企業の生産性や市場の累進的な変容は、従来の理論的枠組みでは捉えきれず、また変化へのキャッチアップのみでは勝ち抜くのに十分ではない新たな競争の様相を出現させている。本稿では、「加速度的に変わり続ける市場環境を前提とした競争」を「加速競争」と名付け、その主要な論点を示しながら、動的市場環境を扱う過去の競争理論も踏まえ、かかる苛烈な環境における企業の競争戦略について考察・提案を行いたいと思う。
AIの進化を前提とした競争パラダイムの転換
伝統的な競争理論は、Michael Porter の5フォース分析や差別化戦略・ジェネリック戦略などの競争戦略論に代表されるように、既存の産業構造や市場の特性を分析し、企業が競争優位を確立するための戦略を提示してきた。これらの理論は、比較的安定した市場環境においては有効性を発揮したが、近年の技術革新、特にAIの急速な発展、それも毎月のように新たな技術要素が投入され性能を向上させ続けているこの状況は、市場環境を根本から揺るがし、従来の理論的枠組みの有効性を低下させ、経営や事業の舵取りをとても困難なものにさせている。
AIの爆発的進化は、企業の生産プロセス、製品・サービスの提供方法、顧客との関係性など、ビジネスのあらゆる側面に変革をもたらしている。これにより、市場の構造も変容を始め、競争のルール自体が継続的に書き換えられようとしている。生成AIが登場し、RAGに代表されるシステム連携の仕組みが普及し、動画を含んだマルチモーダルへと発展し、CoT(Chain of Thoughts) が考案され、因果推論AIが実装されて、AIエージェントが市場にあふれようとしている。このような状況下では、従来の市場環境の捉え方を前提とした競争戦略は、企業の将来を保証するものではなくなる。
「加速競争戦略」の提唱
本稿で述べる「加速競争戦略」は、このようなダイナミックな市場環境、特にAIの波状的な進化を前提とした競争のあり方を問うための視点である。実際にはまだそのような戦略理論は存在していない。「今求められている戦略理論」としてその思考実験を提唱するものである。この理論は、市場環境の変化に単に対応するだけでなく、その変化をどのように超克して競争優位を確立するか、そのための要諦を明らかにすることを企図する。
「加速競争」という概念は、いわゆる「加速主義(accelerationism)」なる思想や近年注目を集める「効果的加速主義 (effective accelerationism, e/acc)」という運動を参照している。
これら思想や運動は、テクノロジーの急速な進歩がもたらす可能性にフォーカスし、AIの開発をどんな犠牲を払ってでも加速させるべきだという主張につなげるものである。「効果的加速主義」は、既存の社会システムが抱える矛盾を、技術革新を通じて解決させることで、より良い社会の実現を目指す思想と言える。この主義の実践者は「加速主義者」と呼ばれるが、今現在の熾烈なAI開発競争を肯定するだけでなく、資金やリソースを投下して極度に後押しする傾向にある。汎用人工知能(AGI)を開発し、超越人工知能(ASI)の誕生へとつなげていこうと勢いを高めている。
「加速競争戦略」はこのような押し進められるAIの劇的開発によって加速度的にアップグレードが行われる市場において、企業がどのように生存と繁栄を目指すかを扱う。
ハイパーコンペティションとの差異
かつてD'Aveni (1994)は、「ハイパーコンペティション」という概念を提唱し、激化する企業間競争によって企業が優位性を獲得したとしてもその優位を維持できなくなる状況に突入していることを指摘した。
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ハイパーコンペティションは、製品ライフサイクルの短縮、技術革新の加速、規制緩和の不定期な実施、グローバル化の進展などによって引き起こされる激しい競争状態を指す。
ハイパーコンペティション状態にある市場環境には、まず競争優位の短期化という特徴がある。従来のように持続的な競争優位を保つことが難しくなり、一時的な競争優位を連続して獲得する必要性が高まる。加えて、新規参入や異業種からの参入が増加し、業界の境界が曖昧になることで、競争が一層激しさを増していく。市場は常に不安定な状態となる。かかる環境では、市場の均衡が定まりにくく、将来の予測が困難になる。ハイパーコンペティションは、近年のビジネスにおける競争の激化を先んじてモデル化した概念と言える。
加速競争戦略とハイパーコンペティションの重要な差異は、市場環境の前提となるテクノロジーの変化の捉え方にある。ハイパーコンペティションも、技術革新のスピードが速まることで競争が激化する状況を述べているが、加速競争戦略は、より一歩、リアリテイをもって現況に踏み込む。AIは止まることなく飛躍し続け、技術革新はより根本的なスケールで加速。市場環境は指数関数的な勢いで変化し、従来の競争のルールも日々アップデートされてしまう状況を対象とする。つまり、ハイパーコンペティションよりもよりダイナミックで過酷な環境への変貌を指摘する。加速競争戦略は、単なる競争の激化ではなく、競争の「質」、すなわち競争パラダイムの連続的転換に立ち向かう必要性を訴え、扱うものである。
加速競争における競争優位の確立:コンペティティブ・コンバージェンス
さて、加速競争戦略におけるより重要なポイントは、「変化し続ける市場環境(特にAIの進化)に単に追いつくだけでは、企業は競争から脱落する」というリスクの認識である。新しいAI技術を採用し、自社のサービス・プロダクトに統合した翌月にはそれを上回る性能をもった新方式のAI技術が無償で提供されてくる、ということも珍しい話ではない。だからといって、サービス・プロダクトをPerpetual β(永遠のベータ版)として常に更新できる状態に保ち、アジャイルに適応し続ければいいという話ではない。それでは足りない。企業は、環境変化への適応だけでなく、独自の価値機軸を打ち出す戦略を追求し、この煮えたぎるAIのレッドオーシャンをサバイブする必要がある。
どうすればサバイブしていくことができるのか。前述のハイパーコンペティションでもいくつかの戦略が提案されている。例えば、環境変化にあわせて戦略を常に更新し、自社の競争優位性を革新していくという基本的なものや、競争環境(アリーナ)を4つに分類し環境ごとに組み立てる戦略、さらには D'Aveni の7Sフレームワーク - Superior Stakeholder Satisfaction(優れた利害関係者満足)、Strategic Soothsaying(戦略的予言)、Speed(スピード)、Surprise(驚き)、Shifting the Rules of Competition(競争ルールの変更)、Signaling Strategic Intent(戦略的意図の発信)、Simultaneous and Sequential Thrusts(同時・連続的攻撃) - と呼ばれる、より体系的な戦略である。これら戦略は多くの示唆を与えるものではあるが、加速競争というより苛烈な世を生き抜くには十分とはいえない。「加速競争戦略」ではこれらに加えて、コンペティティブ・コンバージェンス(競争優位を生み出す融合)という戦略を提案する。これは、複数の競争要素の追求を融合(コンバージェンス)させることで、加速する環境から抜け出すための「脱出速度」を獲得することを目的とする。
コンバージェンスは、異なる技術、産業、知識領域などが融合し、新たな価値やイノベーションが生まれる現象を指す。そして、コンペティティブ・コンバージェンスは、圧倒的競争力を持つまでに追求された複数の領域を融合させる戦略である。例えば、自動運転車の開発は、AIだけでなく、高度なバッテリー技術、センサー技術、ソフトウェア技術など、複数の技術領域を市場の先陣を切るまでに探求する、そのような強みとなった複数領域のシナジーによって実現されるイノベーションである。
そもそも企業が持つ時代の変化に適応していく能力群として、David Teeceら (1997) はダイナミック・ケイパビリティが重要であると唱えた。
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その中に位置付けられ、オープンイノベーションを実現するものとして、「アブソープティブ・キャパシティ(吸収力)」と「デソープティブ・キャパシティ(展開力)」という対となる二つの能力がある。
「アブソープティブ・キャパシティ(吸収力)」とは、Cohenら (1990) によって提唱された概念で、言い換えれば学ぶ力を意味する。新しい概念や技術にキャッチアップし、応用し、自らのものにする力である。対して、「デソープティブ・キャパシティ(展開力)」は、 Lichtenthalerら (2009)によって導入された比較的新しい概念である。これは、自らの強みとしての知識・技術・競争優位性を外部に提供していく力を指す。その後の研究によって、この吸収力と展開力は相互に関係していることが論じられるようになり、組み合わせることで、登場してきた新しい概念や技術と自社の知識や競争優位性を融合させることができ、独自のソリューションとして放出していくことが可能になるとされた。
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市場環境の変化に対する企業の適応もこの二つの能力を両方あわせ持つかどうかによってその達成度合いが変わってくる。従前、企業はアブソープティブ・キャパシティ(吸収力)を持つことで生存し適応していくことができるとされた。だが、デソープティブ・キャパシティ(展開力)も体現してはじめて、イノベーションを起こし、新しい市場で繁栄していくことも狙えるようになると主張されてきている。この二つの能力こそが、コンペティティブ・コンバージェンスを実行するための鍵でもあるといえる。
そして、コンペティティブ・コンバージェンスによって「脱出速度」を得るに至る。「脱出速度」とは、物理学における天体から脱出するために必要な速度を比喩的に用いた概念である。加速競争においては、企業が市場環境の爆発的進化の荒波に飲み込まれずに、生き延びてかつ成長を遂げるために必要なエネルギー、すなわち進化を超える変革を実現する能力の度合いを指す。脱出速度を得ることで、生きるか死ぬかの苛烈な競争が日々行われているレッドオーシャンから、自由に広がる新しい価値の世界であるブルースカイに飛び立てるかどうかが決まる。
AIによる変化が加速し続ける市場においては、AIの技術にキャッチアップするだけでは足りない。デソープティブ・キャパシティ(展開力)も駆使したコンペティティブ・コンバージェンスによって脱出速度へ到達できるかどうか、それが「加速競争戦略」の要である。
戦略としてのコンバージェンス(領域融合)のヒント
競争力を生み出す戦略としてのコンバージェンス(領域融合)論は、伝統的理論に比べて比較的新しいトピックのため、多くの先行研究や議論を見ることができるかというとそういうわけではないが、いくつかヒントとなる議論はある。
例えば、Davyら(2019)や、Omidら(2021)の研究では、合成生物学領域の企業等における、コンバージェンス論につながる前述の「デソープティブ・キャパシティ(展開力)」の実例に関する調査が行われている。
他にも、破壊的イノベーションへの投資に特化した運用会社 ARKでは、テクノロジカル・コンバージェンス(技術融合)というコンセプトを提唱している。これは、単体の技術領域(例えばAI)によるビジネス効果は限定的であり、複数の技術領域が組み合わさることで破壊的な市場インパクトが創出されるという考え方である。ARKはイノベーション創出のための、コンバージェンスの可能性を踏まえた複数の技術領域への投資を推奨している。
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また、同様に技術領域のコンバージェンスを扱った研究として、2002年に米国科学財団(National Science Foundation)と商務省の委託研究として発表された「Converging Technologies for Improving Human Performance」(CTIHP)が挙げられる。
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CTIHPは、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報技術、認知科学(NBIC)のコンバージェンスがどのように人間の能力向上、社会全体の成果創出に貢献するかを考察した報告書である。加速主義のように技術進化をやや楽観的に見ているきらいはあるが、技術領域の融合によるブレークスルーの可能性を議論している。
CTIHPは、機械と人間のインタフェースの発展による生産性の向上についても取り扱っているが、このAIと人間の能力の融合というテーマは、筆者が関わっている「人間中心のAI(Human-Centered AI)」の研究にもつながっていく。
人間中心のAI(HCAI)は、AI技術の開発と応用において、人間の価値観、倫理観、ニーズを重視しつつ、人間の創造性の拡張を追求し、AIとのシナジーによって新しい社会価値創出を進めるアプローチである。人間中心のAI(HCAI)は、コンペティティブ・コンバージェンスの実践としても位置付けられ、加速競争戦略の一つの例となりえる。
実は、現在の競争環境の加速に関わる主要なプレーヤーの一つである OpenAI社自体が、コンペティティブ・コンバージェンスによってブレークスルーを成し遂げているという面がある。以前の記事で指摘したが、OpenAI社はビッグデータによるディープラーニング技術の進化に加えて、初期のころから保有していた強化学習のケイパビリティを掛け合わせることで、ChatGPTを誕生させ、o1 という因果推論AIをも実現させている。強化学習とのコンバージェンスこそが彼らの真の強みであり、他のビッグテックと比べても立て続けに革新的なソリューションを生み出す原動力となっている。
加速競争戦略のまとめ
以上、まとめると、加速競争戦略は、以下のポイントがその要旨となる。
市場環境が加速度的に発展する: AIの継続的な進化によって絶えず市場の前提が変わり、競争が激化していく
追いつていくだけでは脱落する:AIの技術革新は波状的に続き、単にキャッチアップを図るだけでは、競争環境から退場してくことになる
従前の競争戦略では不足がある: これまでの競争戦略の議論は加速度的に進化する市場環境を想定していない。加速競争の環境においては、AIの進化をこえた変革をもたらす戦略が必要になる
コンペティティブ・コンバージェンス: 異なる技術、産業、知識領域の融合によるイノベーションの創出を目指すコンバージェンス論をもとに、複数の競争要素の追求を融合させる戦略を考える
脱出速度の獲得が必要である: 変化し続ける環境の発展スピードから脱却するために必要な能力の度合い。脱出速度を獲得することで、煮えたぎる競争環境であるレッドオーシャンから、価値創出の空であるブルースカイへと飛び立つ
加速競争戦略は、現時点でも求められる、市場のゲームチェンジをもたらす企業戦略ではあるが、まだ確立されたものではない。そのため、これから研究を進めることによってより洗練されていくものである。過去の理論を再整理をしながら、加速競争環境の特徴を具体的に洗い出し、有効なコンバージェンス戦略の識別と類型化を行うことで、今後、効果的な競争戦略論として確立していくことが必要である。
終わりに
本稿では、「加速競争戦略」という新たな概念を提唱し、AIの波状的進化を前提とした競争のあり方を考察した。加速競争戦略は、従来の市場環境の取り扱い方を前提とした競争理論とは異なり、エクスポネンシャルに発展する市場環境において企業が生存と繁栄を達成するための戦略を提示するものとなる。今後の研究を通じて、加速競争戦略の鍵となる論点が洗練され、企業経営の分野に貢献することを期待したい。
参考文献
Porter, M. E. (1979). How competitive forces shape strategy. Harvard business review, 57(2), 137-145.
Porter, M. E. (1985). Competitive advantage: Creating and sustaining superior performance. Free Press.
D'Aveni, R. A. (1994). Hypercompetition: Managing the dynamics of strategic maneuvering. Free Press.
Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic management journal, 18(7), 509-533.
Cohen, W. M., & Levinthal, D. A. (1990). Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation. Administrative science quarterly, 128-152.
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