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バラのアーチを作る(3)測量、部材調達、設計。人生とシステム設計

バラというのは面白いものだ。10年以上前だろう、母がどこからか一枝持ってきて、玄関のそばにさした。すっかり大きくなった。横に伸ばすと乱雑になるので、縦に伸ばそうとビニールハウス材の鉄パイプを買ってきて煙突のように高く上げた。日がよく当たるのであろう、大変に伸びてまた収拾がつかなくなった。そこでアーチを作ることにした。

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庭師のKさんに「頂いた材料を使ったアーチ」では高すぎるような気がした。実家の屋根は低く、アーチは相当高い。Kさんのご自宅を考えてみると表の道路からの距離もあり、アーチが倒れても大きな事故にはつながらない。それに比較してうちの場合はとんでもないことになる。なので棚の形にしようかと考えた。

_バラのアーチ

4本柱を立ててそれをつなぐ案である。しかし、これには問題があった。パイプの長さが足りないのだ。測量(笑)して、計画をたてるが、どうにも上手く行かない。

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その朝、Kさんから電話が来てパソコンのプリンタが動かないという。これは良いと、早速お邪魔して動かして、雑談の中にこっそりと、アーチ材が高すぎて、棚に変更しようかと思っていると話した。あわよくば、もう少しパイプをもらおうかという下心があった。

彼は一言、「アーチの足切ってしまえばいい」というではないか。

驚きである。なんで考えつかなかったんだろうか。

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思い上がりは自分に返ってくる

システムの設計をしていても、何気ない雑談の中でも考えもしなかったこを教えられる事がある。システム設計は相手会社の電算室系の方と話をすることが多いが、実際に作って現場に下ろすと、ほぼ確実に「直しの要請」が来る。トラブルに成ることも多い。27歳から始めて、随分システムを作ったが、訴訟寸前まで行ったことが3回ぐらいある。寝業師の部長が上手く抑え込んでくれたが、未熟な僕が悪かったと思う。

独立したあとは、もう助けがないので、それは辛いものだ。

そこまでの余裕を見て見積もることも多いが、その金額が通ることは稀である。だいたいまけろと言われる。それでも、他社の営業が第一受注になっていたりすると、30-40%は持っていかれるから、とんでもない事になるのだ。嫌なら仕事は回さないと言われる。酒が進むわけである。

とは言っても、やばくなったらトンズラできるので、お互い様では有るが。会議に一回出て100万持っていくような会社が、かってにした約束で、下請けが苦しめられるのがいつものことだ。数十万の金で命削って、罵倒されるのはあまり嬉しくはない。それでも、お客さんと仲良くなると話が変わる。次の仕事からは元請けを通さないで頂くことになる。1/3でもこちらにはいる金は倍になる。ただし、元請けはもう仕事と回してくれない。そういうことだ。営業は腕のいい下請けを探し、下請けは誠実な営業を探す。

どちらもめったに見つかるものではない。

僕は信頼できないやつには、自分が受けた仕事出さない。出す時は平野屋を通さないで皆受けてもらうか、それなりに一緒に仕事に向かう。できるだけ適正にお金は分ける。

ピンはねはしない、一緒に仕事するようにする。仕事とした分を受け取るならばそれはピンハネではない。

システム開発は素晴らしい仕事だと思う。自分のちからが、誰かに喜んでもらえるのだ。

現場の方と一緒に運用をしながらバグ直しをする時が醍醐味である。そもそも、電算室系の社員は実務を分かっていないことが多いので嘘を教えられることも多い。自分に理解できることなど僅かなことでしか無い。

結局は僕が悪い

謙虚さこそが重要だ。この2−3週間苦しめられている仕事も、本来7年前に気がついていれば何もなかったことなのに、勝手に理解したつもりになって進めた僕が悪い。

たしかにお客さんの言うとおりに作った(仕様書通りに)のだが、どうしても数ヶ月に一回何人か請求金額に問題は発生する。かなり早くから気がついていたのであるが、2つのシステムで別々な入力を元に、別々に処理をして最後に「結果」を合わせていたので間違いが判明していた。そのことに甘えてしまったのだ。本来二重のシステムを無くすはずであったのにである。とは言っても。何かあった時の安心感はすごい。数回請求ができなくなる危機もあった。

新システムの入力の間違いが基本的に原因であるが、入力のインターフェースが悪かったのだ。おまけに検出のプログラム(リストで、危なそうな請求を集めて、問題発見をすることの出来るシステム)もなかった。今回はそれを作って、使ってみたのだ。上手く言ったと思う。

そして作ったwebアプリシステムの普及が上手く行かないで、雇った社員も給料が払いきれなくなり辞めていった。母が亡くなり、気が狂っていた時期である。死んでしまおうと思っていた。こういうのを「外憂内患」という。

「外憂内患」とは外国から責められ、国内では反乱が起こる「状況」を示す。僕は状況に対して自分らしく生きようと言う決意と思う。
英語で何というかググったら、「External illness」だという。この翻訳を考えた方は「その人の病気」だという見方ある。うつや統合失調症にはよく効く薬がある。心療内科に行けば楽になるという。しかしそれは「脳みその大事な部分」も一緒に「直して」くれるのでやめたほうが良い。

「医者の処方する薬」なんぞではなく、決意して世界に向き合うことである。出来たら、自分を理解してくれるバディ(相棒)とともに。

それでも上手く行かなければ死ねば良いのだ。仕方がないことである。僕はよく効く薬に頼るくらいなら生きていなくても良い。長く糖尿病の薬を飲んでいたが、もう飲む気はない。食事と言う自分自身の決心で糖尿病と向き合っているのだ。命をかけているのだ。

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父に教えられたこと

毎年タケノコを母の名義の山から取ってくる。タケノコの外皮をいつも父は細かく切るのだが、山に持っていくからしなくていいと言った。そしたら父は、「向こう(山)で解体すればいいじゃないか」という。これには驚いた。採れたところから車まで持っていくのも大事だし、家で解体するのも大騒ぎで、皮を山に捨てに行くのも一苦労であった。何とその一言で、解決である。父は認知症ではなかった。記憶は衰え、昔のことを思い出すのは苦手になったが、楽しく毎日を過ごすことが出来た。時折、うんこがついたふんどしを持ってきたが、考えてみれば「ソソウ」したことに気がついて持ってきたのだから立派なものだ。

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一番外側のアーチの足は、ブロックを3段重ねにして地面に埋め込んでセメントで固めることにした。当初は「木の楔」を使った解体可能にしようと思ったが、セメントで固めるほうが良いと判断した。安全設計である。

棚で作ろうと思って、長さを測定した。巻き尺は面倒なので紐で長っさをとった。僕はアバウトな爺さんである。

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右側の一本と横に長く伸ばす分は、来年以降拡張ができると思いやめた。今回のアーチ計画でまずは、バラの伸び先を作っておくことにしたのだ。

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少し離れたホームセンターに行って部材を買ってくることにした。セメントは昨年買ったものがあると思う。なければまた来る。ここは、テーマパークより楽しい。金もかからない。壊れブロックが400円値引きの50円である。家にあるブロックは皆ここで買ってきた。全部で1000円まで行かない。

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部材が揃った。次は、鉄パオプをサンダーで切らなければならない。しかし、パイプを組むと30センチほどアーチの底部の距離が足りない。切ってしまったらもう進むほかないので、少し考えよう。

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ここからさきが実施設計になってくる。実際にアーチを切って足場に合わせていく。微調整しながら、作っていくのだ。とにかく安全第一である。

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毎年のようにバラは咲くだろう。ぼくが生きている間はこの庭は残るが、死んでしまったらきっと無くなる。子どもたちがここに戻ってくることはないだろう。戻ってきても、時給で働かせられる毎日は、庭など見ている暇はない。いま少し、この庭と一緒に生きて生きたい。

梅の消毒もしなければならないし、大忙しである。

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庭いじりは楽しいものだ。

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毎年タケノコ掘りは戦いになる。

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楽しそうだワン。僕の相棒である。毎日御飯作ってやっている。ドッグフードなど食べさせない。家族である。

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#バラのアーチを作る


厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。