(28)ときには懐かしのバスをゆっくりと
最寄り駅から歩くと、我家は30分前後掛かる静かな住宅地にある。
バス停が歩いても1分掛からないところにあり、2路線のバスが走っている。
しかし最寄り駅行きバスは、1時間にほぼ1本であり、しかも19時台前半には上下便の最終が終わる。使い勝手の悪さはこの上ない。
もうひとつの行先は、最寄り駅には寄らず1駅先まで大きく迂回しながら向かう。3つの私立中高校と大きな病院の前を通るので、途中からはかなり混んでくる。1時間に3本走っている。
リタイア以降、極力バスを利用しないようにしている。
何しろ到着時間が読みづらい。5~6分程度の遅れなら構わないものの、ときには定刻所要時間の倍近く掛かるときもある。その不信感が、バスを遠ざけている。私だけならいいがご近所皆様、同じようなものだから、ますますバスの便数が減ってきて悪循環となっている。最寄り駅に行くにはもっぱら自転車であり、雨の日は原則外出しない。
しかし現役時代、ほぼ毎日お世話になっていたせいなのか、バスが側を通過するのを見ると、無性に懐かしく思うときもあり、忘れかけたバスからの景色や車内の人物観察に興味がそそのかされることもある。
とある天気の良い日に都心に向かう用事があり、時間にも余裕をもって、バスを利用することにした。
最寄り駅行きは、自転車で走る道と同じようなところを走るので面白くない。もう片方の大きく迂回するバスにした。所要予定時間はホームページ上では24分となっている。
いま待っているバス停は比較的、始発バス停から近いところにあるので、ここで乗ってもあまり混むことはない。それでも定刻より3分ほど遅れ、乗客7~8人を乗せたバスがやって来た。私と他に2人いや3人が乗った。やはり、空いているバスは気分がいい。
左一番前のタイヤ部分の上のひとり席に座り、他の席より大分高くなっているので、前面や窓側の景色に期待が出来る。
走り出し、さあ、ゆっくり楽しもうと思った矢先、先ほど最後に駆け込んで乗ってきた乗客が「すみません! このバスは○○駅行きですよね?」と後の方から。
「違いますよ、△△駅行きですよ。次の停留所で降りて待って下さい。運賃も結構ですから」と運転手。
その次のバス停は普段から誰も使用しないある種の幻の通過バス停だ。乗降客を見たことがない。でも今は間違った客のために止まる。
『まあ仕方がない。慌てて駆け込んだらこんなこともある。今日はドライブ日和だ。楽しもう!それにしてもバス停と次のバス停の間隔って短いな。多分何メートル以内で1停留所など、法律で決まっているのだろうけど、たまには乗降客調査をして、停留所間隔を拡大するなど調整して欲しいね!一度決めたら決めっぱなしだ!』
スーパー側の次のバス停で4~5人が乗ってきた。扉を閉めてもなかなか発車しない。最近のバスは「乗客が席に着くまで発車させない」を徹底し、下車の際も「完全に止まって扉が開いてから席を立て」と度々アナウンスし、客もそれに従っている。昔は違っていた。運転手は最後の客が乗り込むのを確認したら、客が年寄りであろうが、座ってなかろうが、構わず発車させていた。車内でこけそうになった経験は誰にもあるはずだ。下車するときは、客はバスが徐行している間や信号待ちの間に、前方まで進み小銭を用意して停車するのを待っていた。こんな丁寧な扱いになったのは、きっと車内事故が多発したからだろう。その結果、客の乗降時間が以前より長くなったのは間違いない。
『みなさん、乗れば少しだけ頑張って、早く席に着きましょう! 先客があなたの座るのを待っていますよ! そして一緒にバスドライブを楽しみましょう!』
交通量がやや増えた道路を走る。この辺りから、なぜか快感を覚えるバス停通過はほとんどなくなった。次のバス停に1人が待っている。一番前に座っているので遠くまでよく見える。その次のバス停まで50メートルほど。そこにも1人が。
『50メートルぐらいなら、まとめて2人でどちらかのバス停にして下さいヨ。そしたら一回の停車で済むのですよ』
発車して直ぐに、その次のさらに次のバス停にも1人の姿が。
『もういいや、面倒見切れない!』
この町は昔からの町で道幅は結構狭い。黄色のセンターラインが引かれているが、大型バス1台で片車線を埋め尽くすような状態となる。バスの前を1台の自転車が走っている。対向車がそれなりに走って来るのでバスは追い越しもできない。自転車の後ろに従わざるを得ない。ひ弱な馬1頭が巨大な象をゆっくりと引っ張っている図だ。
『そこの美人の中年以上の奥さん!バスを優先させて。あなたはどうぞ歩道を走ってお互いに本来のスピードで走りましょう。この歩道の自転車通行は違反じゃないのですよ。自転車と歩行者一緒の標識があるでしょ! 見えませんか?』
女子校前に着いた。下校時なのか20~30人くらいが並んでいる。乗車率が60~70%ぐらいになり、キャッキャッ、ワーワーとうるさい車中となってしまった。前の席なので聞き耳を立てても話の内容はさっぱり理解できない。ただ、ひたすらうるさい。
歩道を少し凹ませて後続車両にバスが迷惑を掛けないしつらえの停留所に止まった。乗客が乗ってくる。20mほど先には信号がある。今は青だから後続の車がスピードを出し、どんどん止まっているバスを追い抜いていく。客も乗り終わり、バスは右ウインカーを出すが本線になかなか戻れない。信号が赤になる。瞬く間にトラックや乗用車が本線に列を成す。青になってもバスは仲間に入れない。そしてまた赤に。
『この調子だったらいつ発車できるの? 永遠にこの状態? 誰か親切な後続の運転手さん、このバスは信号待ちを、二度もやったのだから優先発車させてよ』
願いが通じたのか後続の親切な運転手の車が止まり、スペースができ、バスは頭部分をそこに突っ込み次の青を待つ。そして走り出す。
目的地の駅までの丁度中間地点あたりに大きな病院があり、乗客が列をなして乗ってくる。あんなに空いていたバスがこのバス停でどっと乗り込み、立ち客が通路を埋め満員状態に。6割ほどが老人であり3割ほどが学生か。せっかく病院で治して貰った病気が、これでは再発覚悟が必要だ。
振り向いて見ると、乗車入口付近は立ってはいけない所となっているが、おばあちゃんは素知らぬ顔で立っている。当然運転手が注意を促して移動させ、ようやく発車。
発車したかと思うと奥の方から「すみません、降ろして下さい。わたし、降ります!」とこれまたおばあちゃんの声が。どうやら降りるのを忘れたらしい。まだ数メートルしか移動していなかったので運転手もやむを得ず停車。「本当は駄目なんですよ! バス停でしか降りられないので次は注意して下さいヨ!」
次のバス停手前でピンポーンと下車の合図が。
バスが止まるが誰も降りる気配が無い。運転手と乗客全員が無言で暫く待つ。
すると「すみません、間違いました。この次で降ります」これも高齢おばあちゃん。このおばあちゃんを除いた全員が不愉快な表情になったに違いない。それでも運転手は表情変えずにバスを走り出させる。
次の停留所が見えた。
『あれ、ピンポーンが鳴っていないけれど、さっきのおばあちゃんは?』
待ち客のいないバス停に停車。運転手がマイクを通して「さっきの人、降りるのでしょう?」
「降ります、さっき降りると言いましたよ」とやや強い口調で。
『えっ、喧嘩、売っているの?』
そのおばあちゃんがカードをリーダーの上に置くが反応が無い。
運転手「乗るとき、タッチされました?」
おばあちゃん「したと思うけど、覚えてないよ」
「どこから乗って来られました?」
「○○3丁目」
「じゃあ、こっちで操作しますので、カードはそのままにしておいて下さい」
今度はそのおばあちゃん以外、全員が不愉快からキレル寸前の顔つきに進化していただろう。
『おばあちゃんは強いヨ。すべて自分中心だ。運転手さんも凄いよ!よくキレないで対応している』
予定よりも結構遅れてきた。
少し走ると前に信号が見えてきた。
『あっ、もう少しスピード出した方がいいよ! 赤になるよ!』
『赤に一度引っかかるとこの先の信号も、その都度、引っかかるよ!』
『えっ! なんでスピード緩めるの?』
『遅れている時は普通、少しでも時間を取り戻そうと考えないの? 青信号に間に合うようにスピード調整しないの? もっと臨機応変に運転しないの?』
運転手さんは超安全運転なのだ。
でも、なにかイライラ感を覚える。
ピンポーンが鳴る。バスは止まる。
「バスが完全に止まるまで席を立たないで下さい」とアナウンスがあったせいか、奥の方からおじいちゃんとその連れ添い風のおばあちゃんが、人をかき分けゆっくり降り口まで。
「すみません、整理券取るのを忘れて」
「どこから乗って来られました?」
「病院前です」
「200円です」
おばあちゃんが財布を取り出し小銭を勘定する。
「じいちゃん、あんた20円持っていない? 380円しか無いのよ」
おじいちゃんは肩から提げたバッグから、小銭用の小さなファスナー付の財布を開け、10円玉を探すが1枚しか見当たらない。
おばあちゃんは財布に小銭をしまい、千円札を探すがこれもまた持ち合わせがないのか1万円札を。
運転手「1万円は困るよ。交換できないしお釣りも無いよ」
おじいちゃんも再度探すがため息をつくだけ。財布は小銭用しか持っていないようだ。
運転手がマイクで「すみません! お客さんの中で1万円をくずせる方、いらっしゃいませんか?」
近くに立ってすべてを見ていた中年のおばさんが
「10円ありますから使って下さい」
「えっ、ありがとうございます。お金はあるのにねぇ、すみません」
「お金はあるのに」と小声で繰り返しながらようやく降りてくれた。
運転手が10円を寄付した女性に「すみません、ありがとうございました」と言いながら、運転席右側のボックスから回数券状態になった10円券の綴りを出し、1枚ちぎろうとするが女性は「結構です」と。
『中年おばさん、あなたは偉い! ヤルネ!』
今度は踏切を渡らなければならない。
『早く走ってくれないと、チンチンと鳴るよ! 運転手さん! 開かずの踏切とは言わないけれど結構昼間でもここは電車が多く走っているよ!』
前を走っていた軽自動車が停止線で一旦停止し、左右の確認をしている間に、チンチン。
遮断機が下りたが、電車はなかなか来ない。チンチンとうるさいだけ。
イライラ感が次第に強くなる。
不思議と自分が車を運転しているときのチンチンは余り気にならない。自転車の時は少しイラッとする。歩行者として待っているときはイライラ、イライラ。
ようやく遮断機が上がる。前の軽自動車が動き出す。バスもゆっくり動き出す。
2~3メートルも動くとバスは、また止まる。踏切停止線で一時停止して左右確認。
『なんで! さっき停車して十分安全確認できていたでしょう! こんなのさっと行かないと今度は下りが来るよ! 停止線は1㎝でも越えたらルール違反だけど、停止線の手前なら2mでもOKだよ!』
チンチン、チンチン、・・・。
『カチン、カチン、カチン、・・・』
『もういい加減にしてくれ! 神様!』
踏切を渡り100mも走ると今度は下水道工事で片方の道路が塞がれ、1車線を相互通行に。係員の指示に従いバスは行儀良く停車。
『うん、誰も悪くない。下水道は大事だ。ゆっくり待ちますよ。』
『でも、もういいんじゃない? 交通整理の係員さん、ちょっとそっちの車、優先しすぎです!』
『公共バス優先ってないの?』
さらに200メートルほど走れば国道にぶち当たり右折するが、当然のごとく国道に進入するには信号が待っている。もう信号は恐怖以外の何者でもない。
東西の国道が当然優先道路であり、北側からこの国道に入る構図だ。この信号に引っかかれば、この赤信号は驚くほど長いのだ。
信号は青だ。
『早く、早く!』
運転手も予想以上のスピードを出すではないか。
『青信号に間に合わせたいのだ! こんなに遅れているし! 運転手もさすがに空気を読んだ!』
『ほら、ガンバレ! あと20メートル! あと10メートル! あっ、信号が点滅した。突っ走れ! Go! Go! 』
『アッ、止まるな、止まるな! ドントストップ! 駄目だって言っているじゃん。アホ!』
またもや赤信号にまるまる引っかかってしまう。
『期待した私がいけなかった。そうです。このオレが悪い。運転は安全第一! 点滅したら交差点には、無理して進入しない。まして公共のバスじゃないか。こっちは67歳で免許を取ったんだ。まだ法規は覚えていますよ』
残り2つのバス停でようやく終点の駅に着く。もう何も事件は発生しないはず。
側に立っている中年夫婦が相談しているのが耳に入ってくる。
「○○銀行は(終点の)駅と次のバス停との中間ぐらいだよね?」と夫。
「そうね、じゃあ、次で降りましょう」と妻。
『おいおい、ちょっと待ってよ! 終点のひとつ手前のバス停で降りるという選択肢はないだろう。こんなに多くの客が乗っているし、みんなきっと早く駅に行きたいのだよ。十分に遅れているし。どっちで降りても同じくらいなら終点で降りてよ。運賃も変わらないし! みんなに付き合えよ!』
深く強く念じたが我が思いは通じなかった。案の定、そこで降りたのはお前達2人だけだった。
『オレは久々のバスを、楽しんで懐かしむために乗ったんだ! 少々いや結構な遅れも今日は許すつもりだったし、しばらく見ていない景色が、ゆっくり見られなかったこともガマンする。素敵な人々をじっくり観察出来なかったこともガマンする。でも、どうしても許せないのが、頭、いや体中が、ストレスまみれになったことだ。ストレスを貰いにお金を払って乗ったんじゃないぞ!』
一番前の席に座っていたので、すこし乗客が降りたところで、精神的に疲れぐったりした体を持ち上げて席を立ち、カードリーダーの上にカードを。
ピーが鳴らない。
『えっ、どうして? 乗るときのタッチはしたよね? いや、えっ・・・』
後の多くの人が 睨んでいる。
<追>
車内での出来事はすべて事実です。ただし1回の乗車ではなく2~3回の乗車分をまとめました。
バス乗車でこんな風に、ストレスやフラストレイションを感じたり、葛藤するのは、私だけでしょうか?
2024.09.01
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