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オペラレパートリー(私の場合)
2025年となりました。新しい年も新国立劇場の音楽ヘッドコーチとして、より良いオペラ上演を目指して邁進する所存です。ぜひ劇場に足を運んでいただければと思います。
さて、私も新国立劇場での仕事を始めてから四半世紀以上経ちました。気持ちはまだまだ若いのですがだいぶ中堅、それも中堅の後ろの域に達してきたようです。おかしいなあ、こないだ30歳だったのに!!
この間ほんとうに多くの舞台に触れ、携わった作品は80を超えます。新国立劇場以外での公演(東京二期会、日生劇場など)や子供オペラなども含めると100作品近くに達します。昔から先輩に「オペラの劇場レパートリーを一通りできるまでには10年かかるよ!」と言われておりました。10年やってみた時、それでは全然足りてないことを実感します。実際一通りできたかなあ、と思えたのは15年を過ぎてからだったと思います。
オペラ劇場の標準レパートリーって何だと思います?もちろんヨーロッパでの劇場経験やその規模によってもだいぶ違うのかもしれませんが、新国立劇場でこれだけ長期でやってきたのは私しかいないと思いますので、すでに25年を超えた今、果たしてどのくらいのオペラをやってきたのか、ちょっと興味本位もありまして!調べてみることにしました。新国立劇場の「公演記録データベース」というページがありまして、ここにアーティスト名や作品名を入れると、関わった作品や上演年月日がすぐわかるのです。これを見ることによって「劇場の標準レパートリー」というのが大体見えてくるのではないでしょうか?世間で言われているものと果たして一致するのか⁉︎
さて、標準レパートリーともなれば何度も再演を繰り返すもの、必然的に関わる回数も多くなるはずです。では今まで関わってきた80以上の演目の中で私が最も多くやってきた演目は何だと思いますか?
集計してみました。
結果発表!!!!
・18回
プッチーニ『蝶々夫人』
・9回
ヴェルディ『椿姫』
・8回
モーツァルト『魔笛』
・7回
プッチーニ『ラ・ボエーム』
プッチーニ『トスカ』
ビゼー『カルメン』
ドニゼッティ『愛の妙薬』
・6回
R・シュトラウス『サロメ』
モーツァルト『フィガロの結婚』
・5回
ヴェルディ『ファルスタッフ』
R・シュトラウス『ばらの騎士』
J・シュトラウス『こうもり』
モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』
オッフェンバック『ホフマン物語』
・4回
ワーグナー『ワルキューレ』
ワーグナー『ジークフリート』
ワーグナー『タンホイザー』
ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』
ヴェルディ『リゴレット』
ヴェルディ『アイーダ』
マスカーニ/レオンカヴァッロ『カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師』
(以下略)
という結果です!新国立劇場のみのデータで他の劇場は加算しておりません。やはり『蝶々夫人』がダントツ!です。そしてそれ以下の演目『椿姫』『魔笛』『ボエーム』『トスカ』『カルメン』『愛妙』、、、どれも劇場の標準レパートリーと言って差し支えないものだと思います。それらは全て「名作オペラ」として世間に認知されているものと一致しますね。私ってワーグナーばっかりやってるイメージがあるかもしれませんが、そもそも規模が巨大なものは何度も何度も繰り返し体験できるものではありません。
四半世紀のうちにオペラ作家として有名な作曲家のレパートリーも大筋で網羅することができました。
ヴェルディ11作品(リゴレット、ファルスタッフ、椿姫、マクベス、運命の力、ドン・カルロ、アイーダ、オテロ、トロヴァトーレ、ナブッコ、シモン・ボッカネグラ)
プッチーニ8作品(蝶々夫人、西部の娘、ボエーム、トゥーランドット、トスカ、マノン・レスコー、ジャンニ・スキッキ、アンジェリカ)
ワーグナー主要10作品(ラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏、ニュルンベルクのマイスタージンガー、タンホイザー、ローエングリン、トリスタンとイゾルデ、さまよえるオランダ人、ローエングリン、パルジファル)
モーツァルト5作品(魔笛、フィガロの結婚、イドメネオ、ドン・ジョヴァンニ、コジファントゥッテ)
リヒャルト・シュトラウス6作品(サロメ、ナクソス島のアリアドネ、アラベッラ、エレクトラ、ばらの騎士、影のない女)
ロッシーニは3作品のみ(セヴィリアの理髪師、チェネレントラ、ギョームテル)
ドニゼッティも3作品(愛の妙薬、ランメルモールのルチア、ドン・パスクアーレ)
アルバン・ベルクの2作品(ルル、ヴォツェック)
日本人作曲家による13作品
その他、フィデリオ、ヘンゼルとグレーテル、ホフマン物語、ボリス・ゴドゥノフ、ムツェンスク郡のマクベス夫人、イェヌーファ、ウェルテル、エウゲニ・オネーギン、イオランタ、アンドレア・シェニエ、ルサルカ、ピーター・グライムス、死の都、子供と魔法、フィレンツェの悲劇、軍人たち、などなど。
何でもやってしまったように見えるけど、ヴェルディでは「仮面舞踏会」や「シチリアの晩鐘」はやってないし、シュトラウスも「無口な女」とか「カプリッチョ」はやってない。「ティト」も「劇場支配人」もやってないし、まだまだ未体験のオペラもたくさんあります。劇場の音楽スタッフはそれぞれ趣向があり、得意な分野が分かれています。私で言えばワーグナーやシュトラウス、コルンゴルト、ツェムリンスキーなどドイツ物の複雑な作品や現代日本人の作品。同僚のI君はフランス物や珍しいイタリア物も守備範囲、N君はバロック、そして得意な言語能力を活かしたロシア物、チェコ物、といったように。全員が全ての分野を網羅するのは流石に難しいので、このような得意な物の分業により劇場の上演作品をカヴァーするようにしています。
キャリアの初期の頃は来た作品をやらなければいけないので、上記の標準レパートリーを順序よく勉強するっていうのは実際には不可能。私の場合最初に体験したヴェルディは『ファルスタッフ』ですし、ワーグナーは『ワルキューレ』でした!
さて「オペラレパートリー」という言葉を使っていますが、何を持ってほんとうにレパートリーというのでしょう?ただ「経験した」ってだけでレパートリーというのはちょっと乱暴です。私の場合、上記のたくさん経験した演目『蝶々夫人』『椿姫』『魔笛』『ボエーム』『トスカ』『カルメン』『愛妙』などがそうなのですが、「明日本番やってください!」って言われてもすぐ振れる演目が本当のレパートリーと言えるのではないでしょうか?ワーグナーの諸作品、シュトラウスの『サロメ』『ばらの騎士』もいつでもいけます。
最近オペラをやりたい若者(指揮者、ピアニスト、歌手)との勉強会も行っていますが、勉強は勉強としてやりながら、なるべく早いうちにオペラのプロダクションに(どうにかして!)参加することがキャリアの近道だと思います。もちろん海外留学から向こうの劇場に入ってキャリアを積むってこともあり得ますが、私としては将来の我が国のオペラの発展のため日本で活躍できるオペラのプロフェッショナル(特にスタッフ)を増やしたいという思いがあるのです。
「レパートリーの構築」についても質問を受けることがあります。「勉強した方がいい演目」という観点で言えば、上記に登場した作品群(よくやる演目)をみていくのがいいでしょう。しかし上に記したように順序よくそれらを体験することはほぼ不可能ですので「仕事として来たものを精一杯やる」っていうのが本当のところでしょう。それを続けていくうちにレパートリーが形成されていくのだと思います。
(1/2追記)
上記記事では新国立劇場のデータベース検索を使用しましたが、
『昭和音楽大学オペラ研究所・オペラ情報センター』の検索を使うと、登録されている全ての公演から検索されます。こちらだと演目に関わった回数は変わってきます。
・21回
『蝶々夫人』
・10回
『カルメン』『椿姫』
・9回
『フィガロ』『愛の妙薬』『魔笛』
・8回
『トスカ』『ボエーム』『ワルキューレ』
・7回
『ばらの騎士』『ドン・ジョヴァンニ』『ファルスタッフ』『ジークフリート』
・6回
『こうもり』『サロメ』『神々の黄昏』
・5回
『カヴァレリア・ルスティカーナ』『トゥーランドット』『パルジファル』『ホフマン物語』
だそうです!自分でも忘れてる公演もあるなあ。