テミルカーノフ追悼
ロシアの重鎮テミルカーノフ氏が亡くなった。サンクトペテルブルクフィルの指揮者として、また読響の指揮者として活躍し、日本でもよく知られた指揮者であった。
私にとってのテミルカーノフ体験は、まだ芸大の2年生の頃だった。記録を見ると1989年10月11日オーチャードホールでのコンサート。プログラムは
ショスタコーヴィッチ 祝典序曲
ムソルグスキー/ラヴェル 展覧会の絵
チャイコフスキー くるみ割り人形第2幕
という弩級のロシアンプロだった。開始の祝典序曲からロシアンブラスのサウンドに圧倒された。1989年といえばまだムラヴィンスキーに徹底的に鍛えられたレニングラードフィルサウンドが芳醇に息づいていた時代、それをテミルカーノフ(当時50歳!)が見事に操っていたのが印象的だった。
メインプログラムはくるみ割り人形2幕、2幕全曲とアナウンスされていたが、その全てではなかったように思うが、記憶が定かではない。しかしこの時の強烈な演奏が、私にとってのこの曲のスタンダードになってしまったのだ。
第2幕が始まってほどなくしてフルートのフラッターが出てくる。
それまでチャイコフスキーが作品中でフラッターを使っていたことを知らなかったので、その音色にびっくりした。そしてなんと効果的な使い方なんだろう、と無茶苦茶感心したのだった。
またそのナンバーの終わりに出てくるファンファーレ、そのホルンの咆哮はムラヴィンスキー/レニングラードの演奏でよく知っていた交響曲第4番の冒頭を思わせる強烈な響きだった。(ちなみに当時私はどうしても早起きしなければならない時にはタイマーでこの演奏が鳴るようにしていた。イヤでも起きる!)
続くスペインの踊りの華やかなトランペットと色彩豊かな木管群の響きに耳を奪われる。
白眉はパ・ドゥ・ドゥである。
有名なチェロのメロディー、歌いそして咽び泣くような甘美な表情がたまらない!
そしてそのクライマックスにチャイコフスキーが f を4つも書いているのが実感できる幸福の咆哮感、ピッコロのサウンドも全オーケストラを突き抜けて聞こえてくる。
その最後の3小節は音量がそれまでの f 1つから f 2つに上がるのだが、その音圧の差といったら!そして最後の音の断ち切り方がいかにもロシアならではの切れ味!
これが34年前に聴いたテミルカーノフ/レニングラードフィルの印象だ。その後放送を録音したカセットも数限りなく聴いたので、今でもこれだけ鮮明なのだが、私の中に「オケ固有のサウンドの存在」を明瞭に認識させてくれたのが彼らの演奏だったのである。
これは同じコンビによる別の演奏。細かいところは変わっているが、大筋で上記のニュアンスは保持されている。(が、ピッコロは聴こえないし、切れ味は1989年のほうが数段上)
この経験により、テミルカーノフという指揮者の名前が私の脳に刻印された。自分のアイデンティティの形成に関わった芸術家の訃報を知るというのは、なんとも悲しいものである。彼の芸術を讃えるとともに、ご冥福をお祈りしたい。
《おまけ》
くるみ割り人形パ・ドゥ・ドゥ、クライマックスの自筆譜。どのパートにも ffff と書き込んでいるのがわかります。