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ベルリオーズ「夏の夜」

皆様はベルリオーズってどんなイメージでしょうか?私にとっては少し遠い存在、普段ベルリオーズという作曲家に接することはあまり多くありません。以前オーケストラで「ローマの謝肉祭」「ベンヴェヌート・チェッリーニ」を取り上げたくらい。オペラ作品も新国立劇場では取り上げたことがありませんしね。

第九の少し後に書かれたとは思えない「幻想交響曲」がもちろん有名ですが、私にはかなり「ぶっ飛んだ」作曲家というイメージ。「幻想」もぶっ飛んでますが、「イタリアのハロルド」の変わった発想と和音進行など無茶苦茶ぶっ飛んでます。巨大編成の「レクイエム」など馬鹿でかいバンダを四方に配置するなど、ぶっ飛んだ発想の人にしかできません!

一方「オーケストレーション」の名手であり、彼が著した「管弦楽法」はのちの規範となりました。チャイコフスキーやリムスキー・コルサコフに影響を与え、のちに改訂版を出したリヒャルト・シュトラウスも出発点はベルリオーズでした。

あとは、、ワーグナーと仲が良かった、とか、幻想交響曲での「フィクスイデー」がのちの「ライトモティーフ」に繋がった、とか断片的な知識だなあ。

そんな曖昧なベルリオーズ像しか持たない私が、最近「夏の夜」という歌曲集を見ておりました。この「夏の夜」はもとはピアノと歌の為に書かれましたが、後年オーケストラと歌のための編曲が施されました。全曲の演奏に約30分もかかる、規模としてはかなり大きめの歌曲です。


やはりこの作品もぶっ飛んでました!一聴しただけでは「どこが?普通の曲じゃん!」と言われそうですが、なかなか仕掛け満載の作品なのです。

例えば、第2曲ばらの幽霊 (Le Spectre de la Rose)は、折ったばらを身につけた少女に夜、ばらの幽霊が話しかける不思議な歌ですが、9/8というゆったりとした拍子感で統一された中に様々な拍節を持った楽想が現れ、ベルリオーズの独特な(または奇妙な)世界観が示されます。最初に聴いた時はなんとも取り止めのない感じに混乱し「さて、どのように捉えたらよかんべ?」と途方に暮れました。慣れるとこれこそが彼の語法であり、病みつきになる楽章でもあります。

第3曲 入り江のほとり (Sur les lagunes (Lamento)は「俺の可愛いあの娘は死んじまったー」と嘆く漁師の歌ですが、絶望的なf-mollの響きはのちの「ヴェーゼンドンク」そしてトリスタンの3幕に影響を与えた気がします。やたら低い音を歌わせたり、3度出てくる
「なんという酷い運命」という歌詞には似通っているんだけれど、毎回少しずつ違う音楽(フェルマータがあるない、オケが先に弾きやめる、等)がつけられており、発想の豊かさを実感します。

第5曲 墓地にて(Au cimetière)は無茶苦茶変わった曲!墓前の木に止まる鳩に託された、墓に眠る者の歌なんですが、開始部、ゆったりと刻む四分音符の上に歌のラインが紡ぎ出されます。

楽譜を見ちゃうと明らかに3拍子なんですが、音を聴いて「これは3拍子だ!」と断言できる人がいるでしょうか?最初は3拍子と思ったとしても「あれ?おかしいなあ」と感覚が狂ってきます。それもそのはず、フェイントのかかったフレージングが意図的に仕組まれているからです。不思議な和声(3段目のD-durとか)なども混乱に拍車をかけます。このあともこういった奇妙ともいえる仕掛けが満載なぶっ飛んだ曲です。

そして後のワーグナーに最も影響を与えたと思われるのが第1曲の「ヴィラネル」。曲集で一番有名かもしれません。
野いちごを摘む若い恋人たちが春を喜んでいる歌で、快活で明るい曲調です。このシンプルな歌のどこがワーグナーに?と思われるかもしれません。開始部を見てみましょう。

軽快な八分音符のリズムに乗り、4小節フレーズのシンプルなメロディーラインが聞こえてきます。しかし2段目の"Quand auront disparu"ですぐに3小節フレーズとなり、予想を裏切るようなGes-durの和音へ。F-durから見ると副Ⅱ調に当たります。その後4小節フレーズに戻り、Ⅱ調(g-moll)の属和音(D₇)→Gm→属7和音(C₇)→F→Ⅲ調(a-moll)の属和音(E)→Am と転調をしていきます。ここまではまだいいのです。問題はその次!

Amに続きF₇に進みますが、通常はa-mollのドッペルドミナントとして捉えられる和音です。そして続く和音は期待されるEではなく、Fの減5短7の和音、トリスタン和音と同一構成音です!もちろんトリスタンなどまだ生まれていない時代ですから「トリスタン和音」というのは間違っていますが、「トリスタン」解説で使用してきたようにFøと表記しておきます。このぶっ飛び進行に続いてFo(減7和音)→Cm→Cm-₅(減3和音)→D♭と進みます。普通ではありません!さらに3段目を見てください。最初のB♭m₆からB♭m₇→Ao→A♭ø と進み、主調のドミナントに到達します。
これらの進行は各和音の構成音を1音〜2音、半音や全音ずらして新しい和音を導いていく、方法論としてはシンプルなものですが、モーツァルトベートーヴェンに代表される和声法で捉えようとすると、かなり異様な進行に映るのですよ。
それでいて3段目4小節からのフレーズの結尾は可愛らしく清潔な音楽で、まるで不思議なことなど何も起こらなかったかのようです。

この半音ずつ構成音をずらしながら違う和音を紡いでいくやり方は、ワーグナーに受け継がれました。
たとえばトリスタン第2幕の冒頭は長7、減7、短7、減5短7、属7と5種類もの4音和音が繋がっています。もちろん半音がキーワードのトリスタンですから、音のずらしは半音となります。

ベルリオーズとの親交が深かったワーグナー、ぶっ飛び発想の革新的な音楽家ベルリオーズからのDNAを受け継ぎ、さらにぶっ飛んだ音楽史上革命的な音楽家ワーグナーが生まれたのも必然かもしれませんね。
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ぶっ飛んだ、ぶっ飛んだ、と散々言ってますが、「夏の夜」聴いてみると本当に美しい曲です。今週木曜日オーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会でメゾソプラノ池田香織さんがソロをつとめますので、作品に興味を持たれた方、新幹線でバビューンと金沢まで行ってみませんか?新しい人生を拓く出会いの曲となるかもしれませんよ。


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