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千年の旅路:第一章(4)

不敵な笑みを浮かべたまま、ラルクとクロエを見下ろすナキリ。
ラルク、その笑顔をしばらく見つめた後、眉をひそめて呟く。

ラルク
「ふん……確かに性格の悪そうな顔だ。

ナキリ
「うん? なんだい獣人くん?

ラルク
「……何でもない。

そう言うと、ラルクはクロエを抱えたまま立ち上がる。
クロエ、ハッとしてラルクの腕を振りほどき、床へと降り立つ。
慌てて手を差し伸べるラルク。

ラルク
「おい、クロエ、傷は……?

クロエ、かぶりを振る。

クロエ
「……問題ない。気にするな。

見ると、クロエの背中に大きな傷があるのが分かる。
先ほどのナキリの槍の攻撃でついた傷だろうか。
問題がないようには到底思えないが
クロエの凛とした立ち姿は、それを全く感じさせない。

クロエ、ナキリを見つめる。

クロエ
「……ナキリ様。
 囚われていたのではなかったのですか?

面白そうにクスッと笑うナキリ。

ナキリ
「そうだよ。捕まっちゃった。
 ……わざとだけどね。

ラルク、その言葉を聞いてポカンとした表情になる。
クロエの表情は変わらず。
いや、両目の瞼が少しピクッと動いたかもしれない。

ラルク
「わざと……捕まった?
 どういう意味だ?

クロエ
「やはり、何か企みがあったのですね。

クロエの声の調子は、怒りや落胆を感じさせるものではない。
むしろ、どこか納得しているように聞こえる。

ナキリは、ふう、とため息をつく。
真剣な表情で部屋の中を見渡す。

ナキリ
「まあ、企みというか……
 ちょっと確かめたいことがあってね。

クロエ
「この牢獄が何か?

肩をすくめるナキリ。

ナキリ
「……アニスだよ。
 この牢獄は、アニスが作ったものらしい。

驚くクロエ。

クロエ
「夜の女神が!?
 それは確かなのですか?

ナキリ、クロエを見て軽くうなずく。
ラルクは、ふたりの会話に入っていけず
若干うろたえながら聞いている。

ナキリ
「牢獄の存在自体は
 ウワサで聞いたことがあったんだ。
 でも、どこにあるかまではわからなくてね。

ナキリ、ニヤリと微笑む。

ナキリ
「で、夜の女神を崇拝する連中のところで
 彼女のことをボロクソに言ってやったんだ。
 そしたら狙いどおりさ。
 見事、ここに連れてきてくれたってわけ。

呆れた表情になるクロエ。
同じく、呆れた表情になるラルク。
コイツのことだから、相当な罵詈雑言だったのだろうな……
と、そこはかとなく推し量る。

ふたりの反応は無視して、再び部屋を見渡すナキリ。

ナキリ
「捕らえた者のトラウマを脳内に映して
 精神的呪縛で動けないようにするか
 さっきキミたちが受けたように
 延々と勝負のつかない闘いをさせて
 肉体的に衰弱させるか……
 実に彼女らしい、イヤな牢獄だよ。

ナキリ、意地の悪い目でラルクをチラ見する。

ナキリ
「もっとも、そこの獣人くんは
 いとも簡単に抜け出したみたいだけど。
 何かコツでもあったのかい?

突然自分に話を振られて驚くラルク。

ラルク
「い、いや、何というか……
 闘いに関しては、それなりに
 経験があったのでな……

ナキリ、へえ、と感心した表情を浮かべる。

ナキリ
「ふうん、どうやらキミは
 見た目通りの歳ではないようだね……

突然険しい目つきになり、どこからか取り出した巨大な槍を
ラルクに突きつけるナキリ。

ナキリ
「いったい何者なんだい?
 そして、クロエに近づいた目的は?
 返答次第では、この場で殺す。

ラルク、少しも怯まず、ナキリを睨む。

ラルク
「ほう……俺を殺すだと?
 面白い。

睨み合うラルクとナキリ。
クロエ、慌てて両者の間に入る。

クロエ
「お、お待ちください、ナキリ様!
 彼に近づいたのは、むしろ私のほうで……!

ナキリ、クロエの発言にきょとんとする。

ナキリ
「……なんだって?
 クロエ、キミが、獣人くんに?

ナキリ、ラルクを改めてマジマジと見る。
若干引き気味なラルク。

いきなり大笑いするナキリ。
散々笑ったあと、ようやく口を開く。

ナキリ
「いやーそうだったのか!
 クロエ……キミが……
 キミが、他人に声をかけた!?
 いやはや……スゴいじゃないかそれは!

耐えきれず、再び笑い出すナキリ。
クロエ、気まずそうに顔を伏せる。
ラルク、何がなんだかわからず混乱中。

ラルク
「おい、クロエ……
 これはどういう……?

クロエ
「すまん……
 何も聞くな……

ナキリ、ようやく落ち着く。
そして何事もなかったかのように槍を納める。

ナキリ
「いやー面白かった。
 さーて……

ラルク、ナキリの態度急変に動揺し
つい間の抜けた質問を投げてしまう。

ラルク
「お、おい、もういいのか?

ナキリ、軽く手を振る。

ナキリ
「ああ、もういいよ。
 クロエが僕にウソをつくわけないし。
 ……きっと、キミと彼女は
 何らかの因縁があるんだろうね。

ラルク、複雑な表情。
実際、ナキリの言う通りなのだが
どう説明をしていいのか分からない。

クロエ
「あの、ナキリ様……
 それで、確かめたいことというのは?

ナキリ
「え?
 ああ、そうだった。
 それは……

突然、何者かの咆哮が辺り一面に響く。
牢獄全体を震わすような、恐ろしくも威厳のあるその声。
ラルク、思わず身震いする。

ラルク
「馬鹿な……
 この声は、まさか……
 馬鹿な!!

クロエ、青ざめた顔でナキリに尋ねる。

クロエ
「な、ナキリ様……
 これは……この声は、いったい!?

ナキリ、ニヤッと笑う。

ナキリ
「真紅なる竜帝……ティアマット、さ。

(続く)

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