見出し画像

千年の旅路:第一章(5)

牢獄全体を震わすような咆哮が再び響く。
その声を聞いて、茫然自失となっているラルクとクロエ。
ナキリは、声がどこから聞こえてきたのかを探るためか
辺りをゆっくりと見回している。

クロエ
「……どういうことだ。
 あの声を聞いてから、私の身体が
 いうことをきかん……

ラルク
「馬鹿な……
 何故、ティアマットがここに?
 あの時、滅びたのではなかったのか?

ナキリ、ラルクとクロエの様子に気付き
ひとり納得したような表情。

ナキリ
「なるほどね。キミたちは
 彼と何か関わりがあるのかな。

ラルクとクロエ、同時にナキリを見る。

クロエ
「関わり? 私が、ですか?

ラルク、クロエを見てうなずく。

ラルク
「……そうだ。
 俺とお前は、奴と……
 ティアマットと、深い因縁がある。

クロエ
「私が……ティアマットと……

声を絞り出すクロエを余所に
ナキリはひとり、考え込む仕草。

ナキリ
「ふうん……
 ということは、彼が捕まっているのは
 やっぱりわざとってことなのかな?

ラルク、その言葉にビクッと反応し
思わずナキリを鋭い目付きで睨む。

ラルク
「わざとだと!?
 どういう意味だ?

ナキリ、ラルクの勢いに少しも動じず。

ナキリ
「だって変じゃないか。
 あの“真紅なる竜帝”だよ?
 僕やキミが簡単に破れるような罠に
 彼がいつまでも囚われているとは思えない。

ラルク
「……確かに。

ナキリ
「だよね?
 それに……

ラルク
「それに?

ナキリ
「さっきの咆哮……
 まるで誰かに呼びかけるような声だった。

ナキリ、ラルクとクロエに向けてニヤリと意地悪く笑う。

ナキリ
「そうか、彼はキミたちに会いたくて
 ここで待っていたのかも。

ラルクとクロエ、絶句。

ナキリ
「さっきの咆哮のおかげで
 彼の居場所は、大体わかったし。
 ちょっと会いにいってみようよ。

事もなげに言い放つナキリ。
ラルクとクロエは、その言葉に目を丸くする。

ラルク
「正気か?

ナキリ
「だって気にならない?
 アニスは、何のために
 ティアマットを捕まえようとしたのか。
 そして、ティアマットは、何のために
 わざと捕まったのか。

ラルク
「……もし、ティアマットが
 俺たちに襲い掛かってきたら
 どうするつもりだ。

ナキリ、ニヤッと笑う。

ナキリ
「さあね。
 まあ、たまには本気で戦ってもいいかな。

ラルク、再び絶句。
無意識のうちにクロエを見る。
クロエ、ラルクの視線に気付いて振り返り
そして力なく首を振る。

クロエ
「……覚悟を決めよう。

ラルク、頭を抱えてため息。
ナキリ、唐突に真面目な顔になる。

ナキリ
「心配しなくていいよ。
 何が起きても、クロエだけは
 生かして帰すから。

クロエ、キッとナキリを睨む。
その瞳の色からは、本気の怒りが感じ取れる。

クロエ
「そういう冗談は嫌いです。

クロエの気迫に、珍しく怯んだ様子を見せるナキリ。

クロエ
「我が命は、ナキリ様あってのもの。
 私だけが生き残っても意味はありません。

気まずそうなナキリ。
ラルク、ふたりの間にある強い絆を感じ取り
何故か穏やかな心持ちになる。
一瞬、自分の姉、シエラの顔が脳裏をよぎるが
さすがにそれはないな……と首を振る。

ナキリ
「さ、さあて……
 じゃあ行ってみようか。

???
「やめておけ。

一瞬でその場を満たす、圧倒的な威圧感。
ラルクも、クロエも、そしてティアマットの咆哮にすら
怯まなかったナキリでさえも、緊張でその身を凍らせる。

ナキリ、慌てて声がした方を向く。
その挙動からは、先ほどまであった
憎たらしいほどの余裕が微塵も感じられない。

ラルク、目を凝らしてナキリと同じ方向を見る。
人影。
そこにいたのは、漆黒のドレスをまとった妖艶なる淑女。
いや、人ではない。これは……

ナキリ
「夜の女神……アニス!!

声を振り絞って彼女の名を叫ぶナキリ。
そして、アニスと呼ばれた女神は、冷たい瞳で彼を睨む。

アニス
「ナキリ……少々おいたが過ぎたな。
 過度な火遊びは、己が身を焼くだけだ。
 この辺りで引くがよかろう。

冷酷さと慈悲深さの両面を併せ持つ声が響く。
動けないナキリ、懸命に笑みを浮かべようと努力しているが
どうにもぎこちなく、滑稽な様相を呈している。

ナキリ
「はは、冗談……だーれが
 アンタの言うことなんか聞くかっての。
 そんなことより教えなよ。
 ティアマットを捕まえて、どんな
 ろくでもないことをするつもりだったのさ!

ナキリ、額に大粒の汗が浮かんでいる。

ラルクは、この一連のやりとりを見て
ナキリに対する評価を改めた。
こいつは、単に性格が悪い男などでは決してない。
そう見せかけようとしているだけで
実際は、様々な苦しみに己の力で対抗しようとあがく
真の戦士なのだ……と。

アニス
「ふん。相変わらず聞き分けのない童よ……
 ならば、仕方あるまい。
 お仕置きが必要だな。

アニス、ナキリに向けて掌をかざす。

ナキリ
「ふざけろ!

ナキリ、アニスの圧力を振り切り
蔓草が絡みあったような槍……魔槍カズラを投げつける。
猛烈な勢いでアニスに向かって飛んでいく巨大な槍。
しかし、彼女にその穂先が触れようとした瞬間
魔槍は粉々に砕け散っていく。

ナキリ
「な……!?

茫然とするナキリ。
慌てて次の手を打とうと身構えるが、突然動きが止まる。
ふと見ると、アニスの影から伸びた黒い蔓が
ナキリの影に絡みついていた。

ナキリ
「動……けない?

アニス
「愚かな。お前のチカラなど
 所詮、我が与えたもの……
 それで本当にどうにかできると思ったか?

ナキリ
「くっそお……
 だから魂弾が必要だったのに……
 あんのクソバカ天魔!

ラルク
「タマシイダン……?

よく分からないが、その微妙な名称に気を取られるラルク。
そうこうしているうちに、アニスの掌に魔力が集中していく。
魔法に疎いラルクといえど
それが、かなり危険なものであるくらいは分かった。

ラルク
「いかん!

ラルク、愛用の斧を振り上げ、アニスに飛びかかる。
それを難なく受け止めるアニス。
一瞬の隙をついて、白竜へと変化したクロエが
アニスの背後から襲い掛かる。
しかし、白竜クロエの牙がアニスに届く前に
その身体は、アニスの黒い蔓にがんじがらめにされていた。

見えない力で弾き飛ばされる、ラルクとクロエ。
ふたりとも衝撃で気を失う。
アニス、ラルクとクロエを見下ろす。

アニス
「……貴様らは邪魔だな。
 この場で消し去ってくれよう。

掌の魔力をふたりに向けるアニス。

ナキリ
「や、やめ……

突如巻き起こる轟音と爆煙。

アニス
「なんだと!?

うろたえるアニス。
茫然とするナキリ。

その場に現れたのは、巨大な体躯を誇る紅きドラゴン……
真紅なる竜帝ティアマットだった。

ティアマット
「そこまでだ。夜の女神よ。

ティアマット、翼を広げて悠然と構える。

アニス
「ティアマット、貴様……
 どういうつもりだ?

ティアマット
「おぬしが、そのふたりを
 傷つけることは許さん。
 早々に解放し、ここから立ち去れい。

アニス
「おのれ……知恵のドラゴン如きが
 神である我に歯向かうか?

ティアマット、少しも怯まず。

ティアマット
「笑止……神如きが
 この真紅なる竜帝に叶うと思うか?

そのまま睨み合うアニスとティアマット。
永遠とも思える時間が流れ……

アニス
「……後悔するぞ。

その場から消えるアニス。
アニスの気配が完全になくなったのを確認してから
翼を折りたたむティアマット。
未だ気を失ったままのラルクとクロエを見つめる。
その様子を見ていたナキリ、ふう、とため息をつく。

ナキリ
「あのさ……
 アンタ、結局、何がしたかったの?
 まさか、本当にこのふたりに会うためとか?

ティアマット、その問いには答えず。

ティアマット
「ナキリといったか、小僧。

ナキリ
「あ、ああ。

ティアマット
「すまんが、この娘を……頼む。

ナキリ、ティアマットの突然の頼み事に
頭を掻きながら答える。

ナキリ
「そんなの……
 アンタに言われるまでもないさ。

ティアマット、ニヤリと笑う。
(と、ナキリには見えた)

ティアマット
「おぬしのふてぶてしさ……嫌いではない。
 いずれ闘うこともあるだろう。
 そのときまで健やかに生きよ。

ナキリ
「はいはい。アンタもね。

ティアマット、ラルクを見る。

ティアマット
「……ラルクよ、これは貸しだ。
 返したくば、追ってこい。

再び翼を広げ、咆哮するティアマット。
ナキリは、その衝撃に一瞬目を瞑る。
気が付くと、真紅なる竜帝の姿はどこにもなかった。
急に静かになる牢獄内。

ナキリ、やれやれ、と首をすくめる。
その後、倒れているクロエのところへと向かう。
彼女がまだ生きていることを確認し、ひょいと抱き抱える。
クロエ、ハッと目を覚ます。

クロエ
「ナ、ナキリ様!?
 す、すみません、私は今まで何を……?

ナキリ、クロエに優しく微笑む。

ナキリ
「あとで詳しく教えてあげるよ。
 とりあえず、今はお休み。

クロエ
「は、はい……

クロエ、ナキリに抱えられたまま、辺りを見回す。

クロエ
「あ、あの、ラルクは何処に……?

ナキリも辺りを見回す。

ナキリ
「そういや、いないね……

軽く首をかしげた後、ニヤッと笑うナキリ。
今度は、いつもの意地悪い笑み。

ナキリ
「まあ、彼は彼で、行かなきゃいけない
 場所があるんだろうね。
 大丈夫。いつかまた会えるさ。

クロエ
「は、はあ……

ナキリ、クロエを抱えたまま歩き出す。
そのままふたりは牢獄から姿を消した。

……

すべてが灰色の空間。
ラルクは、そこにひとりで立っていた。

ラルク
「やれやれ……ここはいったい何処だ?

ふと、空間の奥から誰かを呼ぶような声が聞こえる。
ラルク、何かを感じ取ったのか、声に向かって歩き始める。

ラルク
「察するに、ここは次元の回廊か……
 いいだろう。こうなれば
 とことんこの呪いに付き合ってやる。
 そして、必ず……

ラルク、少しずつ灰色の空間に溶け込んでいく。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?