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千年の旅路:第一章(2)

森の中を歩くラルクとクロエ。
ふたりの間で会話が交わされることもなく、黙々と歩き続ける。

ラルク、道が分からないので歩きづらそうな様子。
対してクロエ、迷うことなく楽々と進んでいく。

元々寂しがり屋のラルク、長時間の沈黙に耐えられず
幾度かクロエに話しかけようとするが
いまひとつタイミングが合わず
口を少しパクパクするだけで、すぐに噤んでしまう。

それを何となく悟っているクロエ、面倒そうにラルクに話しかける。
もちろん顔は前を向いたままで。

クロエ
「何か用か?

自分の行動が見透かされていて恥ずかしくなるラルク。
少し決りが悪そうにしてから口を開く。

ラルク
「いや……

クロエ
「そうか。

再び沈黙。
少し間が空いて、ラルクはようやく話し始める。

ラルク
「主を助けると言っていたが
 どこにいるのかわかっているのか?

クロエ
「いいや。
 何故だ。

ラルク、すかさず返したクロエに驚く。

ラルク
「いや……この暗い森の中を
 迷いなく進んでいるのでな。

クロエ
「ああ……

少し考えている様子を見せるクロエ。

クロエ
「主の気配を感じる方向に
 進んでいるだけだ。

ラルク
「気配?
 ふむ。

ラルクは、クロエの言葉を噛みしめる。

ラルク
「お前の主の名だが……
 ティアマットというのではないだろうな?

クロエ、唐突に立ち止まり、ラルクのほうを向く。
彼を睨むその様子に、やや引き気味のラルク。

クロエ
「ティアマット? なんだそれは。
 我が主はそんな珍妙な名前ではない。

一息に言うと、クロエは踵を返して再び歩き出す。
ラルク、少しバツが悪そうに後に続く。

やがて、歩きながら話し出すクロエ。

クロエ
「……その翼は、あらゆる次元を飛翔し
 その咆哮は、あらゆる生命に恐怖を与える。
 すべての竜が忠誠を誓い、魂の安寧を得る。
 その名はティアマット。真紅なる竜帝……

ラルク
「それは?

クロエ
「ただのおとぎ話だ。
 それ以上のことは知らん。

それ以降、粛々と先を進むクロエ。
彼女の背中を見つつ、ラルクは独り言つ。

ラルク
「ヴァディスと関係があるなら
 もしや……とも思ったが。
 さすがに考えすぎか。

前方から光が差し込む。
ようやく森を抜けるふたり。

彼らの眼前には巨大な渓谷が広がっていた。
崖の上に佇むラルクとクロエ。

ラルク
「さて、どうする?

ラルク、クロエの傍らに立ち、尋ねる。
クロエ、反対側の岸壁を指差して答える。

クロエ
「……あそこだ。

よく見ると、岸壁のあちこちに窓のような穴が開いている。

ラルク
「砦、か?

クロエ
「正確には牢獄だろうな。
 性質が悪い連中を閉じ込めるには
 良さそうな場所だ。

ラルク
「ふむ。
 お前の主も性質が悪いのか?

クロエ、キッとラルクを見上げ……フッと微笑む。

クロエ
「……そうだな。
 性格の悪さなら誰にも負けん。

ラルク、クロエが見せた意外な表情に少し動揺する。

ラルク
「そ、そうか。
 それは……大変そうだ。

軽く咳払いするラルク。

ラルク
「それでどうする?
 どうやってあの中に入り込むつもりだ?

突然、ラルクを影が覆う。
慌てて飛び退き、斧を構えるラルク。
そこにいたのは、紫の翼を持つ白き竜。
ただし、ラルクの知る白妙の竜とはずいぶんと違う姿だった。

ラルク
「その姿は?

クロエ、その問いには答えず。
その双眸は岸壁の牢獄を見つめている。

クロエ
「……飛ぶぞ。

翼を大きく広げたかと思うと
反対側の岸壁に向けて滑空を始める白竜クロエ。
慌ててその尾に跳びつくラルク。

クロエ
「窓に取り付く瞬間、元の姿に戻る。
 うまく中に飛び込め。

ラルク
「……わかった。

窓のひとつに近づいた瞬間、人型に戻り、中に飛び込むクロエ。
ラルクもそのまま同じ窓に入ろうとするが
突然、吹き下ろしの風に襲われる。
土壇場で体勢を整え、別の窓に飛び込む。

ラルク
「ちっ……

崖の牢獄の中は暗闇で覆われており、ほとんど見えない。
ラルクは危なげなく着地し、斧を構えて辺りを見回す。
空気の流れから、ここがかなり広い部屋であることを察する。

部屋が徐々に明るくなっていく。

ラルク
「なんだこの部屋は?
 まるで……闘技場のようだ。

部屋の奥に何者かの影が見える。
舌打ちするラルク。

ラルク
「やれやれ。
 お待ちかねというわけか。

ラルクは、改めて斧を構えなおす。
ゆっくりと近づいてくる影。

ラルク
「な!?

そこにいたのは、かつての呪われし自分……
鉄巨人ラルクだった。

(続く)

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