『Omochi SHOCK』と言う雑誌
かつて京都にWill Be SHOCK EntranceGateと言う劇団があったことを覚えてる方はいるだろうか。
まあ僕が、田中裕之君と言う人と立ち上げた劇団で、色々あって十年ほど前から公演を行っていないのだけれど、こないだ田中裕之君はOMS戯曲賞の佳作を取りました。誉めてあげてください。僕も頑張ろうっと。
で、このWillBe~と言う団体名、田中君はじめ沢山の人に長くて意味が分からなくて長い、と不評だったのですが、「なぜSHOCKだけ全部大文字なんだ」と言う突っ込みは受けたことが無い。僕としてはこれはあの幻のオモチ専門誌、ドラッグとしてのオモチにスポットを当てた『Omochi SHOCK』のオマージュであったので、是非気付いて欲しかったのだが……。
『Omochi SHOCK』は95年に全三号発行された、所謂自販機雑誌で、僕は去年バイト先近くの古本屋で第二号が2000円で売られていたのを「高いけど安い!」と、アキバレンジャーみたいなことを言いながら購入した。君に出会えて良かった。
一応オタクをしてるので、アングラっぽいものに詳しい友人は多く、その中の一人に『Omochi SHOCK』の存在は教えてもらっていた。
表紙からして化粧の濃いグラマラスな女性がビキニ姿でお餅にかじりついている。表紙には「“キく”餅“飛べる”餅、喰わせる店十店」とか、「キナコはオモチでシャブになる」とか、明らかに反社会的な煽り文で餅を扱っている。
一応記事そのものはどこそこの餅がウマイとか、自宅で餅米からお餅をつくるときのコツとかが事細かに書かれているんだが、旨さの表現が一々エクスタシーがどうとか脳神経にどうとか、なんか純粋に美味しさを伝える気は無い御様子。自宅で餅を作ることは自家栽培とは言わんでしょう!!
なんでもこう、なんでもないことをヤバイことの様に描くことで、“タブー”とはなにか、に挑戦した雑誌らしい。編集長の岡辺則保はこれ以前にも料理を死体写真のような煽りで雑誌に載せたり、風景画を春画として紹介するなどしていた人らしいが、その到達点がこれだとか、どこかで吉田豪がインタビューしてた気がする。
なんのことはない、90年代らしい悪趣味サブカルの延長に過ぎなかったのかもしれないが、“なんでもないことでもタブーに仕立て上げられる”と言うのは、二十代の、何者でもないことが当にわかった上で、何者かに見せかけたかった演劇青年にとって、魅力を感じずにはいられないロジックだった。実際に読んだことはなかったにせよ、劇団名をつけるとき、ついつい引用してしまったのである。
それだけに、WillBeが活動しなくなった後からとはいえ、廃刊の理由が、『無理やり餅すすり』何て言う本物のタブーを行ったからていうのは、なんか、こう残念だった……。所詮そっちに行ってしまうのかと……。
でも僕は悲しまない。何故って『OmochiSHOCK』なんて雑誌ないんだから!
Will Be SHOCKは実在していたし、田中裕之君は本当に佳作を取りました。
僕は無冠の王様だ。
うーん頑張らなきゃ、なにかを。
(坂口弘樹さんのリクエストに、僕なりにお応えしてみました!)