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事務所の隣に越してきた人見知りの少女との距離が縮まった話 - 後編

前編からのつづき 
https://note.com/masatoshigoto/n/n7fc359b2ec6d

9才の女の子以外の3人のおばあさん、公務員のおばさん、女の子のお父さんとは、近所付き合いがありますが、女の子とは話をすることがありませんでした。

別に話をしなくてもいいのですが、女の子とも毎日のように顔をあわすので、挨拶ぐらいはした方が、互いに気持ちがほぐれるので、「こんにちは」と声をかけるのですが、手元の端末へ目をそらされることが続くと、「あの子がいるけど、まあいいか」という気になって、私からも挨拶をしない日が出てきました。女の子がおばあさんやおばさんと一緒にいる時には、「こんにちわを言いなさいよ」と促されて、挨拶を交わすこともありました。

私の方は、正直なところこの子の事がよく分からないでいました。照れているのか、好かれてないのか、マスクで表情がよく分からないし、普段子供と接することがないのです。

* * *

少し話が脱線しますが、アパートの大家さんの娘さんには女の子がひとりいます。正月休みに親戚のおじいさんとおばあさんが訪ねてくると、止まった車にかけよって、大きなかばんを受け取ると両手でつかんで頭の上に抱えると、ルンルン♪と音が聞こえてきそうなスキップを踏んで、おじいさんとおばあさんの二人を先導して家へ招き入れていました。子供はこんなマンガみたいなことをするのかと笑いましたが、それは逆で、マンガが現実を写したのでしょう。

* * *

前編で書いたように、引っ越してきた家族の事情が分かると私に何かできることは? とショップカードや小さな看板を作り、現金収入の足しになるよう、おばあさんのごはん屋で食事をしたり、そういうことが少女の気持ちをなごませたのか分かりませんが、私の事務所への郵便物を受け取っていて、私に差し出してきたり、ごはん屋での食事が机に運ばれるとスプーンとフォークを持ってきて差し出してくれたりすることが出てきました。しかし「手紙」とか「これ」とかも何も言わない。口は開きません。

ある日おばあさんに、「あの子は人見知りだね?」と言うと、「そう。とても人見知りでとてもいじけ屋なの。」と。「あの子は何が好きなの?」と尋ねると「絵を描くのが好きなのよ」。

へぇ。そうなんだ。

次の日、「こんにちは。これ、色鉛筆。絵描くの好きなんでしょ?」と使いかけの色鉛筆と新しいスケッチブックを女の子に差し出すと、端末に目を落とすことなく、コクリとうなずきました。「ピー(タイでは年下と話す時の人称に使う)も絵が好きだから。新品じゃなくて申し訳ないけど使えるから、良かったら使ってみて。」

私には新しく知り合った人の名前をすぐ忘れてしまう問題があります。家族との最初の出会いで、ひとりのおばあさんが全員の名前を順番に伝えてくれたのですが、全員の名前を忘れてしまいました。

「名前何だっけ? 忘れちゃった、ごめん」
「マップ#$@オ」(とても小さな声で)
「え?」
「マップラーオ」(さっきよりも大きな声で)
「オーケー。ピーはマサね」

初めての二人での会話です。大きな声で名前を言うとき、恥ずかしそうだけど嬉しそうに見えました。嫌なところのある大人の私は「なんだ、口あったんだ」ときつい皮肉を言いかねませんでしたが、言わなくてよかった笑

ある日は昼食を終えて、おばさんと話をしていました。マップラーオの姿が見えないので「マップラーオは?」と聞くと、上にいるわと、マップラーオを呼んできて、3人で机を囲んで絵を描きました。

「何歳?」「ピアス開けんてんだ。先生なにも言わない?」「コロナで学校行かないけど、学校行くのと、タブレットで授業するのどっちがいい?」「YouTube見る?」など質問するのですが、年齢以外の全ての回答は、私に直接言うのではなく、おばさんの方へ顔を向けて小さい声で言ったものを、おばさんが私に伝えるという伝言ゲーム方式がとられました。おばさんは「マサが聞いてるんだから、マサに答えなさいよ」と言うけど、全く意に介さず。

前の日に鉛筆削りを持っているかと聞くと翌日ナイフと2つ持ってきていました。
定規を使って真っ直ぐな線を引きました。
プレゼントした看板を描いていたので、オリジナルの上に貼り付けることにしました。

別の日。スプレーで絵を描くのに外で三脚を使って不安定に作業をしていると、マップラーオが折りたたみの机を出そうとしてくれたり、90才になる大家さんの手を引いて部屋に連れているのを見ると優しい子ではあるようです。

スプレー作業をしている時に、敷地内に郵便配達員が迷い込んできました。「どうしたの?」と聞くと、おもむろに携帯電話を渡してくるので、「何?」と私。「中国語しゃべれないの?」と配達員。どうやら電話の相手が中国人のよう。「しゃべれないよ。」近くにいて一部始終を見ていたマップラーオに「マップラーオ、中国語しゃべってあげて」と電話を指して言うと、「しゃべれないよ笑」と初めて笑った顔を見ました。

映画「そして父になる」の中でリリーフランキーの演じる父親が福山雅治に向かって「何言ってんの? 子供は時間だよ」と言ったシーンが心に残っています。

* * *

考えてみると人間は子供と大人で見た目も中身もずいぶん変わります。生まれたばかりの赤ん坊と90才の老人が同じものだったなんて、つまらない冗談のようにさえ思います。どんな子供がどんな大人になるかなんて分かりません。

あれから私が事務所のドアを開けたまま仕事をしていて視線を感じると、マップラーオが見ていて、振り向いた私に気づくと姿を隠したり、相変わらず挨拶には口を開いて応答することはないですが、今はそういう子なのだと私も気にするのをやめにしました。

* * *

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