足摺七不思議〜六字名号の岩 二巡目〜お四国参りお遍路さんの紙芝居〜
弘法大師の爪書き石
岩肌には大師が爪で「南無阿弥陀佛」と六字の名号を彫っています。
「弘法大師の爪書き石」から導き出せる教訓
信念の力と持続的な努力
岩に爪で刻むという行為は、常識的には不可能に思えます。しかし、大師はそれを成し遂げたとされています。これは「強い信念と努力が、常識を超えた成果を生む」ことを示唆しています。人生においても、困難に直面しても諦めず、信念を持ち続けることが大切だという教訓です。
言葉(名号)の持つ力
「南無阿弥陀佛」という六字名号は、念仏の教えを象徴する言葉です。これを岩に刻むことで、言葉が持つ霊的な力や、人の心に影響を与える力を表しています。人生においても、発する言葉や信じる言葉が、自分や周囲の現実を形作るという示唆があります。
形に残すことの意義
爪で刻まれた名号は、後世の人々にも伝わる形として残されました。これは「人の行いは、たとえその人が去った後でも、影響を与え続ける」ということを意味します。良き行いを積み重ねることが、未来の誰かの指針となるという教訓を示しているのです。
寓話 爪に刻む想い
旅の始まり
足摺岬の潮風が、新入社員・ 佐倉紗季(さくら さき) の頬を撫でた。
彼女は母の背中を追いかけるように保険会社に入社した。母はただの外交員ではなかった。顧客一人ひとりの家計を見直し、ライフプランを共に考え、無理なく保険を活用できるよう支援していた。その姿を見て、紗季も「人の役に立つ仕事がしたい」と願っていた。
だが、現実は違った。
「貯蓄型保険は手数料控除が大きいので、短期間で解約すると元本割れします。でも長期契約なら問題ありません!」
上司の研修で何度も聞いたセリフを思い出す。しかし、地方では安定収入のない家庭も多く、長期にわたって保険料を支払い続けるのは簡単ではない。紗季が契約を取った農家の夫婦も、「将来のため」と貯蓄型保険に加入したが、昨年の台風で作物が全滅し、支払いが苦しくなり途中解約した。その結果、支払った100万円のうち戻ってきたのは わずか50万円 だった。
「貯蓄」と「保険」を両立できると言われたはずなのに、なぜこんなに損をするのか。
「結局、会社が80%の手数料を取る仕組みじゃないか」
顧客のためと言いながら、実際には彼らの未来を奪っているのではないか?
何かが違う——。
悩みを抱えたまま、ふと立ち寄ったのが 「弘法大師の爪書き石」 だった。
爪で刻まれた言葉
岩の表面に、かすかに「南無阿弥陀佛」の文字が見えた。
「弘法大師が爪で刻んだ」 という言い伝えがある。
——爪で岩を削る? そんなことができるはずがない。でも、ここに刻まれた文字は確かに存在する。
紗季は、ぼんやりとその文字をなぞった。
(もし本当に爪で刻んだのなら、どれだけの時間と労力をかけたのだろう?)
思い悩む彼女の脳裏に、母の言葉が蘇る。
「保険を売ることが仕事じゃないの。お客さんの未来を守ることが、私たちの役目なのよ」
子供の頃は「そんなのお節介じゃない?」と思っていた。だが、今は違う。
貯蓄型保険は「将来のため」と言うが、支払いに困ればすぐに負担となり、途中で解約すれば損をする。手数料が高すぎる。 「貯蓄」と「保険」の両立は、必ずしもお客さんのためではない。
ならば、どうすれば?
紗季は手を握りしめた。
弘法大師は、「岩に爪で刻む」という不可能を可能にした。 それは、長い時間をかけてでも、想いを形にするという覚悟 だったのではないか?
ならば、自分にできることは?
岩に刻む覚悟
会社の利益のためではなく、本当に顧客のためになる提案をすること。
家計を逼迫させる保険を売るのではなく、お客さんが家計を安定させられるよう支援すること。
母のように、家計の見直しやライフプランを一緒に考えること。
「保険を売る」ではなく、「未来を守る」こと。
たとえ時間がかかっても、それができれば、無理な契約で顧客を苦しめることはなくなるはずだ。
「お母さんみたいになりたいな……」
彼女はそっと岩を撫でた。
弘法大師のように、時間をかけても「本当に大切なもの」を刻みたい。
——そう、爪で岩を削るように。
終わりに
信念を持ち、目先の利益ではなく本当に人のためになることをする。 それは簡単なことではない。しかし、一歩ずつでも行動すれば、必ず道は拓ける。
紗季は足摺の海を見つめ、決意を新たにした。
小さな一歩、最初の試み
それから数日後、紗季は営業車のハンドルを握りながら、ある農家の家を訪れていた。
契約を取るためではない。
「まずは、お客さんの家計をしっかり見直して、本当に必要な保険を考えよう」
弘法大師が岩に爪で刻んだように、紗季は少しずつでも「本当に意味のある仕事」を積み重ねることを決めたのだ。
「こんにちは、佐倉です。先日はお話を聞かせていただいて、ありがとうございました」
玄関先に出てきたのは、数ヶ月前に貯蓄型保険に加入した 川崎夫妻 だった。専業農家のご主人と、パートをしながら家計を支える奥さん。昨年の台風で作物が被害を受け、収入が激減し、保険料の支払いが厳しくなっていた。
「実は、改めてお話ししたいことがありまして……」
二人を前に、紗季は心を決めた。
「先日ご契約いただいた保険ですが……正直なところ、無理に継続すると家計がさらに厳しくなる可能性が高いです」
二人の表情が強張る。
「私、何か騙されたんでしょうか?」
奥さんが不安そうに尋ねる。
「いえ、そうではありません。ただ……」
紗季は深呼吸した。
「私はお二人の未来を考えたときに、本当にこの保険が最善なのか、ずっと悩んでいました。貯蓄型保険は、長期間続けられれば貯蓄にもなりますが、途中解約すると大きく損をする仕組みです。今の家計の状況では、無理に続けるよりも、まずは収支を安定させることが大事かもしれません」
「でも……もし解約したら、これまで払ったお金のほとんどが戻ってこないんじゃ……?」
「はい、その通りです。正直、解約しても損は出ます。ただ……このまま続けて、さらに生活が苦しくなる方が問題です。もしよろしければ、一度家計を一緒に見直しませんか?」
岩に刻むように、少しずつ
川崎夫妻は最初、戸惑っていた。保険の営業が「契約を見直す」なんて、普通は言わない。しかし、紗季の真剣な表情に、次第に心を開いていった。
「実は……最近、農機具のローンの返済が厳しくて……」
「生活費も、もう少し節約できるならしたいんだけど……どこを削ればいいか分からなくて……」
紗季は持参した 家計シミュレーションシート を広げ、二人と一緒に計算を始めた。
無駄な固定費はないか?
生活費のバランスは適切か?
貯蓄はどのように積み立てるべきか?
「正直な話、貯蓄型保険に頼らなくても、銀行の積立定期やiDeCo、NISAなど、もっと柔軟にお金を増やす方法があります。今の収入なら、掛け捨ての安い保険で保障を確保しながら、別の方法で貯蓄をした方が良いかもしれません」
家計を見直し、保険を切り替え、固定費を抑えた結果——川崎夫妻は保険料の負担を軽くしながら、少しずつ貯蓄を増やせるようになった。
「こんな風に相談に乗ってくれるなんて……紗季さん、本当にありがとう」
奥さんがほっとしたように笑った。
——この仕事は、契約を取ることじゃない。お客さんの未来を守ることだ。
弘法大師の爪書き石のように、時間はかかるかもしれない。
けれど、少しずつでも、本当に大切なことを刻んでいこう。
紗季はそう決意した。
未来を刻む
その後、紗季は 「家計見直し相談」を営業活動に取り入れた。
すぐに契約が取れなくても構わない。家計が安定し、本当に必要な保険を選んでもらえれば、それが一番いい。
上司からは「お前、何やってんだ?」と呆れられたが、顧客からの信頼は確実に高まっていった。
やがて、「佐倉さんは本当に頼れる」と口コミが広がり、新規契約よりも紹介で訪れるお客さんが増えていった。
信念を持って行動すれば、時間がかかっても、必ず道は拓ける。
——爪で岩を刻むように、一歩ずつ。