足摺七不思議~天狗の鼻〜ハウSaide〜お四国参りお遍路さんの紙芝居〜
「月を掴む祈り」
ハウは、祈ることで時間を操る力を持つ少女だった。人々を救うためにその力を惜しみなく使ってきたが、彼女の心には小さな違和感があった。人々は感謝し、ハウを敬うが、その瞳に宿るのは「畏怖」に近いものだった。そして何より、彼女自身もこの力が「正しい」とは信じきれなかった。
「ジオの力は未来を見通せる。それならば、私はその未来を形にすればいい。」そう自分に言い聞かせ、旅を続けてきた。だが、時折胸に湧き上がる疑念が消えることはなかった。
盲目の老人の言葉
ある晩、ジオと共に深い森を歩いていたとき、一人の盲目の老人と出会った。老人は静かな声でこう問いかけた。
「お前たちは未来を知り、それを変えようとしているようだな。それは悪いことではない。だが、祈りを捧げてまで時間を弄ぶことに意味はあるのか?」
ハウは反論しようとしたが、言葉に詰まった。未来を変えることが悪いとは思わない。けれど、その変化が本当に正しい道かどうか、確信を持つことができない。それはジオも同じはずだった。
ジオが月について老人と語り合っているのを聞きながら、ハウは密かに自分の手を見つめた。その手は多くの人を救ってきたが、それ以上に多くの時間を犠牲にしてきた。彼女の力を使うたびに、人々の時間は変化し、時に彼らの未来そのものが失われることもあった。
「私の力は、本当に人々のためになっているのだろうか?」
「月の鏡」との対峙
村に辿り着いた二人は、「月の鏡」という神聖な artefact を信仰する村人たちに迎えられた。その鏡は未来を映し出すとされ、村人たちはその映像を頼りに決断を下していた。
ハウは鏡を覗くのが怖かった。もしそこに映る未来が、自分の力で変えてきた歪んだ世界だったらどうしよう。ジオが鏡を覗き込み、その表情が曇るのを見たとき、彼女の恐れは現実になったように感じた。
「未来は、無数に広がっている。けれど、そのどれもが曖昧だ……」とジオは呟いた。
ハウはその言葉を聞くと、胸の奥に抑えきれない感情が湧き上がった。
「曖昧だからこそ、私が決めてしまえばいい!」
祈りの言葉が口をついて出る。周囲の時間が凍りつき、鏡の映像が歪み始めた。未来の枝葉が消え、一本の道筋だけが示されていく――それはハウが決めた未来だった。
だが、その代償はあまりにも大きかった。祈りを捧げるたびに、ハウ自身の体に刻まれる時間の痕跡。鏡の中に映った彼女の姿は、老いて疲れ果てたものであり、村の周囲の風景は荒れ果てていた。
「これは……違う。こんなはずじゃなかった!」
ジオの選択
暴走する時間の中で、ジオが叫んだ。「ハウ、もうやめろ!未来はそんなふうに形作るものじゃない!」
「でも、ジオ!」ハウは涙を浮かべて訴えた。「あなたが見た未来は、ただの可能性でしかないんでしょう?だったら、私が一つの未来を決めることのどこがいけないの?不確かさの中で迷うくらいなら、確実な未来を作るほうがいいじゃない!」
ジオは静かにハウを見つめた。「それは、月を掴もうとすることだよ。僕たちはただ、月を指す枝でしかないんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、ハウの中で何かが崩れた。
鏡を割る
ジオが鏡を割ると、凍りついていた時間が動き始め、ハウの老いの刻印も消えた。しかし、その瞬間、彼女の心は空っぽのような虚しさに包まれていた。
「ジオ……私は何をしていたの?」
ジオは優しく微笑んだ。「君は未来を信じて、自分の力で道を切り開こうとしていた。それ自体は間違っていないよ。」
ジオの言葉には温かさがあったが、ハウにはどうしてもそれが自分を慰めるための嘘のように聞こえた。
「でも、私がやったことは……全部間違いだった。人々の未来を奪ってしまったかもしれない。私が信じたのは、私自身の力であって、未来じゃなかった……」
ハウは膝をつき、祈るように顔を伏せた。自分の力に頼り、すべてを制御できると信じていた。だが、それは彼女自身の傲慢だった。時間の流れは、自分一人で形作れるものではない。人々の希望、選択、そして彼ら自身の時間が重なり合って未来が生まれるのだ。それを壊したのは自分だった。
「ハウ。」
ジオの声が静かに響いた。その声に促されて顔を上げると、彼がそっと手を差し伸べていた。
「未来は一度消えたわけじゃない。君がこれからどう行動するかで、また形を変えていく。だから、怖がらずに前を見てごらん。」
その言葉にハウは、少しだけ勇気を取り戻した。
祈りの新しい形
村人たちは「月の鏡」が壊れたことで嘆いていたが、次第にその混乱は収まっていった。鏡に頼らず、自分たちで未来を決めるという道を選び始めたのだ。その様子を見て、ハウは胸の奥にほんの少し希望を感じた。
ジオと共に村を去るとき、彼女は小さな決意をした。
「私の祈りは、これからは『未来を決める』ためじゃない。人々が自分の未来を生きられるように、支えるためのものにする。」
その決意は、自分自身に向けた祈りでもあった。もう、力に囚われるのではなく、自分の心と向き合う祈りだ。
旅路の続き
森を抜ける道で、ジオがふと笑った。
「ハウ、これからどうする?」
「わからない。でも、ジオの見た未来がどんなものであっても、それを一緒に見届けるよ。そして、その中で私ができることを探す。」
ハウの声には迷いもあったが、その奥には確かな決意があった。ジオは軽く頷き、歩き出す。
二人の背後には、鏡に頼らず新しい未来を歩もうとする村があり、目の前にはどこまでも続く道があった。ハウの祈りは、もう未来をねじ曲げるものではない。時間を共に歩む力へと変わりつつあった。
夜空を見上げると、そこには静かに輝く月があった。その光は、二人の道を優しく照らしていた。