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足摺七不思議〜聖地獄の穴 二巡目〜お四国参りお遍路さんの紙芝居〜

聖地獄の穴


この穴に銭を落すとチリンチリンと音がしておちていく。その穴は金剛福寺の本堂のすぐ下まで通じているといわれます。

「聖地獄の穴」から導き出せる教訓を三つ。

  1. 善行も悪行も響き渡る(因果応報)
    • 銭を落とすと「チリンチリン」と音がすることから、自分の行いが周囲に影響を与え、どこかに届くことを示唆しています。これは仏教の「因果応報」の教えに通じ、善い行いも悪い行いも巡り巡って自分に返ってくることを暗示しています。

  2. 世俗の執着は聖なるものへと繋がる(俗と聖の循環)
    • 穴は「地獄」という名を持ちながら、金剛福寺の本堂へと通じているとされます。これは、現世の苦しみや迷い(地獄)も、受け入れ方次第で悟り(本堂=聖域)へと繋がる可能性を示しており、執着を手放し、心の在り方を変えることで道が開けることを教えています。

  3. 財貨の価値は使い方次第(富は心を映す鏡)
    • 落とされた銭は、ただ無くなるのではなく、音を立てながら落ちていきます。これは、財産はただ蓄えるだけでは意味をなさず、どう使うかでその価値が変わることを示唆しています。良い目的のために使えば、それは「善行」として響き渡り、無駄遣いや悪行のために使えば、「地獄」に落ちることになるというメッセージが込められているのでしょう。

このように、「聖地獄の穴」は、因果応報・執着の手放し・富の本質という三つの教訓を私たちに伝えています。

聖地獄の穴


「どうかしてた。いや、どうかしてないわけがない」

足摺岬の潮風が、俺の火照った顔を冷やしてくれる。
目の前には深い穴——「聖地獄の穴」と呼ばれる場所がある。

そこに銭を落とすと、チリンチリンと音がして落ちていくという。
その穴の先には、金剛福寺の本堂があるとも言われている。

……だから何だっていうんだ。
俺の失った金が戻ってくるわけでもない。
穴の向こうが地獄だろうと、極楽だろうと、俺の現実は変わらない。

全部、俺のせいだった。


最初は、偶然目にした広告だった。

「1日5分で、あなたの人生を変える投資法」
「初心者でも安心!AIが勝率80%で取引をサポート!」

動画には、ロングヘアのスーツ姿の美女が微笑んでいた。
「はじめまして、マリアよ」

海外の投資家らしい。英語交じりの話し方で、バイナリーオプションの仕組みを説明してくれる。

「今すぐ5万円の入金で、10万円のボーナス! 資金が2倍でスタートできるの!」

俺は半信半疑だった。
でも、登録だけならタダだ。

LINEに招待されると、そこには30人くらいのグループがあった。
「昨日3万円勝ちました!」
「ボーナスでスタートできるの最高!」

そんな投稿が次々と流れてくる。
マリアのアシスタントを名乗る男が、取引の手順を解説しながら、こう促した。

「ボーナスがもらえるのは、今だけですよ」


最初に入金した5万円は、すぐに10万円になった。
マリアが「今日はドル円が狙い目よ」と言えば、その通りに動く。

最初の1週間で20万円の利益が出た。

仕事終わりにスマホを開いて、5分ほど取引をするだけ。
こんな簡単に金が増えるのか?

彼女との結婚式の資金、200万円も入金した。
俺だけじゃない。親や友人、会社の同僚にも勧めた。

「これ、マジで勝てる投資なんだよ!」

みんな疑いながらも、俺の実績を見せると、数十万、時には100万単位で入金した。

マリアは俺を**「VIP投資家」**と呼ぶようになり、特別なサポートチームを紹介してくれた。
「あなたの取引履歴を見て、最適なタイミングでアドバイスするわ」

俺は信じた。信じたかった。

でも、ある日突然、画面が変わった。

「サーバーメンテナンス中」

何度リロードしても、入金した資金はゼロ。
LINEグループも消えていた。
マリアのアカウントも削除されていた。

何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

全部、消えた。

結婚式の資金も、両親の貯金も、友人たちの金も、俺の人生も。


「死ぬしかないのか……」

でも、死んだら彼女に何も説明できない。
親にも、友人にも、謝ることもできない。

それが怖くて、俺は家にも帰らず、仕事も辞め、逃げるように旅をした。

……そして、ここにたどり着いた。


俺はポケットの中から最後の100円玉を取り出す。

「聖地獄の穴」

地獄か、聖か。

そんなもの、どっちでもいい。

俺は100円玉を穴に投げ入れた。

「チリン——チリン——」

音が響く。

ただの穴なのに、どこか遠くへ届くような音だった。


俺の金は、どこに消えたんだ?

誰かの懐か?
俺の知らない土地で、詐欺師どもがシャンパンを開けてるのか?

100円玉は、ちゃんと落ちたのに。

なら——俺の金も、どこかにあるはずだ。


俺はポケットの中に手を入れた。

財布には、もう金はなかった。

でも、スマホがあった。

彼女に連絡しようか?

正直に話せば、きっと失望される。別れることになるかもしれない。

でも、逃げ続けるのか?

「聖地獄の穴」の先が本堂に繋がっているなら——

俺の地獄も、どこかに繋がっているかもしれない。

どこかに、まだやり直せる道があるのかもしれない。


足摺岬の風が、俺の頬をなでた。

俺はスマホを開き、彼女の名前をタップした。

この音も、どこかへ届くだろうか。


コール音が鳴る。
心臓がドクドクとうるさいほど脈打つ。

——出ないか。

当然か。夜も遅い。いや、そんな問題じゃない。
あれだけの金を、俺が全部溶かしたんだ。

「……くそっ」

もう一度かけるべきか? それとも、今はやめておくべきか?

迷いながらスマホを握りしめたその瞬間——

「もしもし?」

彼女の声が聞こえた。


声が震える。
今すぐ電話を切ってしまいたい。

でも、逃げたら終わりだ。

「……俺だ。夜遅くにごめん」

「どうしたの? ずっと連絡なかったから……」

彼女の声が心配そうに揺れる。
胸が締めつけられる。

「……全部、なくなった」

「え?」

「貯金も、結婚式の資金も、借りた金も……全部、なくした。俺がやったんだ。騙されたんだ」

言葉が詰まる。
喉が焼けるように痛い。


沈黙。

「……どこにいるの?」

彼女が絞り出すように言った。

「足摺岬」

「……そこから、帰れる?」

「……」

帰る場所なんて、もうない。
彼女のそばに戻る資格もない。


「帰ってきて」

「……え?」

「帰ってきて、話そう。全部」

「でも……」

「でも、じゃないよ」

彼女の声は震えていたけど、はっきりしていた。

「あなたがいなくなるほうが、ずっと嫌」


足がすくむ。

帰れるのか? こんな俺が?

でも、俺がこのまま穴に金を落とし続けたところで、何も変わらない。

金はなくなった。
でも、まだ彼女が俺を待ってくれている。


俺はゆっくりと振り返った。

「……帰るよ」

スマホを耳に当てたまま、俺は一歩を踏み出した。

穴の奥に、本堂があるのなら——
この地獄の先にも、まだ何かがあるのかもしれない。

風が吹く。

岬の端から、俺は歩き始めた。


彼女の「帰ってきて」という言葉が耳に残ったまま、俺は岬の細い道を歩いていた。
足元が覚束ない。体も心も限界に近い。

だけど、不思議と、さっきまで感じていた絶望が少しだけ薄れている気がした。
「全部失った」――そう思っていたけど、本当にそうだろうか?

彼女がいてくれる。
まだ話せる場所がある。
それだけで、少しだけ穴の中の闇が薄まったように感じた。

でも、これで終わりじゃない。まだ始まりだ。


「帰る」と言ったものの、どうやってこの現実を乗り越えればいいのか、何も分からなかった。
両親にはなんて言えばいい?
友人たちには? 返せるアテもない金を、どうやって返していく?

歩きながら、その恐怖が何度も襲ってくる。
そして、ふと思った。

この罪を全て償えるだろうか?
いや、きっと無理だ。

そう考えた瞬間、足が止まった。


そのとき、岬の風が強く吹いてきた。
俺の手からスマホが滑り落ち、地面に転がる。

「あっ……!」

慌てて拾おうとして、手が震える。
何かに怯えているようだった。

俺はスマホを握りしめながら、ふと聖地獄の穴を振り返った。

「もし、ここに全部投げ込んでしまえたら……」

ふとそんな考えが浮かんだ。
今あるスマホも、財布も、俺自身の重みも、何もかも。
ここで終わらせたら、全てが楽になるんじゃないかと。

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でも、その瞬間、彼女の声が脳裏に響いた。

「帰ってきて」

帰る場所がある。
それを俺は、簡単に手放していいのか?

聖地獄の穴は、確かに何かを飲み込む。
けれど、その音はきっと、どこかに届く。

俺がここで何かを投げ捨てるなら、それはもう戻らない。

でも、もし一歩を踏み出せば――その音も、どこかに繋がるのかもしれない。

そうだ、穴が金剛福寺の本堂に通じているなら、地獄だと思った場所にも何か意味があるのかもしれない。
俺の地獄も、どこかに。


「待っててくれ……」

呟くように、誰に言うでもなくそう言った。
俺はスマホをポケットに入れ、もう一度岬の出口に向かって歩き出した。

自分の罪や過ちを償うには、これからきっと多くの時間がかかるだろう。
両親に怒られることも、友人たちに罵られることもあるかもしれない。
でも、その先で、少しでも自分を取り戻せる日が来るなら。

風がまた吹く。
俺は初めて、その風を冷たくは感じなかった。

足は震えているけど、一歩一歩確かに進んでいる。
地獄だと思ったこの道が、いつか聖域に通じるかもしれない――そう信じながら。

彼女が待つ場所へ、俺は帰る。

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