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観光お遍路文化の再構築~足摺七不思議から学ぶ

足摺岬の魅力と課題

足摺岬が持つ自然・文化的価値の紹介

足摺岬は、美しい景観や豊かな自然環境を持ち、国内、世界へ誇れる場所。
日本に34ヶ所しかない国立公園です。
美しい景観とともに、地質的遺産も素晴らしく、「土佐清水ジオパーク」にも認定されています。

地質的遺産は、約3800万年前から1700万年前に形成された付加体を基盤とし、日本海拡大期の地層や足摺岬の花崗岩など、多様な地質遺産を有します。

又、足摺岬からほど近い竜串は、日本初の海中公園であり、サンゴ105種、ウミウシ384種が生息するなど、生物多様性が豊かです。

足摺岬は、太平洋を望む白い断崖やツバキ林が広がり、漁師文化とも深く結びついた地域です。

足摺岬の展望台から海を見渡すと、地球の丸みがわかります。視界260度の大パノラマです。

展望台のある場所は、古代、海に祈りを捧げる場所でもあったそうです。
足摺岬を代表する景色です。
ミシュラン・グリーンガイドでも星2つと、高く評価されています。

展望台の周りには、足摺七不思議。
ひとつひとつに大切なテーマがあり、教訓がある。

足摺岬全てが境内であった、四国八十八ヶ所霊場第38番札所金剛福寺。
価値ある優れた文化財等を有する。日本遺産四国遍路の重要拠点です。

足摺半島の最頂部付近には、唐人駄場巨石群。天然記念物。日本最大級の花崗岩洞門白山洞門。天然記念物アコウ大樹。

黒潮の本流が直接ぶつかる全国で唯一の場所足摺岬の西側にある「臼碆(うすばえ)」。

絶景の観光スポットや自然の神秘を感じる国立公園であり、温泉地です。

「観光が一過性の体験に留まりやすい」課題

素晴らしい観光資源がある一方で、「観光が一過性の体験に留まりやすい」課題を指摘される地域でもあります。

東京を起点とすると、青森県の恐山よりも足摺岬へ来る方が遠い。
最果ての土地。遠い土地。
人生で、一度は訪れたい土地。

旅の動機を作り出す旅情は、足摺岬へ一度訪れればそれで満足。というものであり、旅行会社が企画する団体旅行。旅行サイトの企画に誘導された個人旅行。と時代時代の集客組織が、足摺岬へ送客を行なっていた。

旅行者が多い時代においては、常に初めて訪れる人ばかりでも観光地は賑わいました。

ですが、現在。
足摺岬へ訪れる旅行者は減少。それに伴い、観光旅行者をおもてなしする人々も減少しました。
ひとけのない観光地になりました。

宗教的感動を生む観光の可能性

足摺七不思議に込められた教訓と、それが現代人の心に響く理由

足摺七不思議とは、高知県足摺岬に伝わるいくつかの伝承です。これらの物語は、足摺岬を訪れた巡礼者や地域の人々が過去の苦難や教訓を未来に伝えるために紡いだ知恵の結晶といえます。

教訓は、飛び抜けた「立派な偉人の成功話」や社会不適合者の「ろくでなしの屁理屈」ではなく、社会生活をおくる大多数の人々が、その人生において、あたりまえに起こる四苦八苦をテーマにしたものです。

足摺岬を訪れる旅行者の今抱えている苦も大昔の時代からあたりまえに起こる事で、生きていればみんな経験することと知ることができます。

現代に生きる自身の哲学や価値観を再認識し、人生に活かすことができます。

宗教的感動が観光体験に与える価値(精神的な満足や、再訪意欲の喚起)

宗教的感動とは、宗教体験や信仰を通じて得られる深い感情的な響きや気づきを指します。例えば、寺社仏閣を訪れることで感じる清々しさや特別な感覚、または神への信愛を通じた心の解放などが挙げられます。さらに、他者との連帯感や支援活動を通じて得られる感動も含まれ、これらは人間の行動や価値観に大きな影響を与えるとされています。

宗教的感動は、単なる説明や観光案内よりも体験や物語を通じて、深く心に響きます。

現在、足摺岬で行われている観光体験は、偶然、足摺七不思議と紐付けできます。

例として、2月に足摺岬で行われている、「花へんろ足摺温泉ジョン万ウォーク」は、足摺岬をくるっとまわるコースや唐人駄場など歩いてまわる観光体験です。これは、足摺七不思議巡礼や足摺岬聖地一ヶ寺巡礼のスポーツ化です。

11月に足摺岬で行われている、「足摺きらり」は、足摺岬や金剛福寺をキャンドルや灯篭などで彩る観光体験ですが、これは、足摺七不思議、金剛福寺境内にあった「天灯竜灯の松」。天灯や竜灯クリスマス風アレンジです。

足摺七不思議にある「時」や「存在」のテーマは、いくつかの宿泊施設が行なっている観光体験に紐付けできます。

白山洞門の早朝散策における「日の出祈願」。「ダルマ夕日」の案内、「トオルマの夕日」の案内における「夕日の瞑想」。夜間行われている星空観察は、宇宙の広がりと「自身の存在の意味」を考えさせる演出が含まれる。
どれも心を動かす瞬間を創出する。

灯台擬人化プロジェクト「燈の守り人」において、足摺岬灯台擬人化のキャラクターは、イケメン僧侶。

冬寒い年末。今年最後の「ダルマ夕日」を拝む場所で、新年の金剛福寺への初詣と初日の出を拝む事が出来る。
足摺岬の自然環境に溶け込む宗教儀式。

観光体験をまとめると神秘的空間を求める「祈りの文化」が浮かびます。
このことから、「祈り」を共通テーマに観光体験を演出していくと、精神的満足が宗教的感動へ、一過性ではない足摺岬への再訪意欲の喚起へとつながるのではないかと考えます。

具体的な取り組み案の前に

宗教という言葉は、「のむ、うつ、かう」と同等に扱われ、詐欺は物があるが宗教は、金銭の対価に物がない。詐欺より悪質という扱いを受けているように感じます。
「のむ(飲む)、うつ(打つ)、かう(買う)」は、それぞれアルコール、ギャンブル、買い物といった依存行動を象徴する言葉として使われ、これらが人々を支配し、健全な生活を損なう可能性がある点を指摘しています。その背景には、宗教が依存性のある要素を持つ場合があるという考えがあるのでしょう。

依存のメカニズムと宗教の共通点

依存性のある行動は、一般に報酬系(脳内のドーパミン系)を刺激し、快感や安心感を生み出します。これにより、行動が強化され、繰り返し行いたいという欲求が生まれるのです。宗教が似た影響を与えると考えられる理由は以下の通りです。
• 「儀式や祈り」 繰り返し行われる宗教的儀式や祈りは、心理的な安心感や「救い」を与えます。この感覚は依存につながることがあります。
• 「共同体の一体感」宗教は強力な共同体意識を提供しますが、外部との関係を切り離し、宗教への過度な依存を招くことも。
• 「絶対的な信仰」絶対的な教義や導きは、人々に自己決定の負担を軽減しますが、結果として自己判断を放棄し、教義に「依存」することが起こり得ます。

宗教依存のリスク

宗教が依存的になる場合、以下のリスクが生じます。
• 「批判的思考の喪失」宗教指導者や教義への盲信は、自身の意思決定力を損ない、搾取されるリスクを高めます。
• 「現実逃避」問題解決を宗教に委ね、自ら行動する責任を放棄する場合があります。
• 「分断」宗教への過剰な傾倒が、他者との関係を壊すことがあります。

依存と信仰の違い

ただし、重要なのは「依存」と「信仰」の区別です。信仰とは、自己を支え、生活に意味を与える健全なものである場合が多いです。依存とは、自己コントロールを失い、それなしでは生きられない状態を指します。宗教が依存ではなく健全な支えとなるためには、以下が重要です。
• 「批判的思考」教義を盲信せず、自身で判断する力を持つこと。
• 「バランス」宗教以外の生活要素(家族、仕事、趣味など)との調和を保つこと。
• 「自由意志」自分の意思で信仰を選び、実践すること。

仏教の視点 執着と解脱

仏教では、「執着」が苦しみの根本原因とされます。宗教的実践でさえ執着の対象になり得るとし、最終的にはその執着をも手放し、「解脱」することが目指されます。この教えは、宗教そのものが目的ではなく、個人の内的な成長や自由が重要であることを示しています。

宗教が「のむ・うつ・かう」のような依存に似る場合もある一方で、それを超えるための自己成長の道具となる可能性もあります。問題は、それがどのように実践され、受け入れられるかにかかっているのです。

日常の生活で、今でもお大師さんが近くに感じられ、日常の風景で、お遍路さんの姿を当たり前に見ている足摺岬に住む私たちは、宗教という言葉を避ける必要がありません。

具体的な取り組み案

足摺岬が「祈り」をテーマにした観光地として認知されるためには、訪れる人々が「祈りの文化」を具体的に学び、体験できる機会を提供することが大切と考えます。 おもてなしする者として、「祈り」とは「行動」です。

インタラクティブなワークショップの開催

「足摺七不思議を通して人生を見つめ直す」ワークショップ
寓話を題材にディスカッションを行い、自分の夢や願いについて考える場を提供するとともに出会いの場を提供する。
寓話を題材にすると「自身の内面が主役」になります。ものを見る視点、内在理論、哲学、何に価値を感じるのか、何に価値を感じお金を使うのか。
コンパで人気の「人を巻き込む魅力」ではない、内気で物静かな「地味が魅力」となります。

「高知で恋しよマッチング」の高知出会いサポートセンターの応援団施設等の主催で、実施予算収益集客は主催者主導で行い、トータルで得する仕組みを作る。

祈りを形にするプロジェクトの開催

足摺岬で行われる「観光開き」等による。
足摺の一文字とともに、願いや祈りを書き込んだメッセージを、足摺岬の小さな「祈りの塔」や「祈りの椿」に結びつける。

また、これらのメッセージをnoteサイト上で公開していくなど、オンラインとオフラインを繋げる。

「足摺岬の自然を守る会」は、やぶ椿の再生プロジェクトを推進している方達ですので、足摺岬の「祈りの椿」植樹。オンライン参加者から送られたメッセージを「ミニ椿」へ結び植樹(一株オーナー有料)。植樹画像は参加者へ送られ、又、実際に訪れて育成を見ることも植樹や奉仕活動することもできます。クラウドファンディングで実施。

祈り 金剛福寺

参拝者を多く集める大規模な「柴燈大護摩供」大型の護摩壇が境内中央の池に築かれ、本殿を超える数メートルの炎が立ち昇る壮大な儀式となる。
多くの祈りの声に応えて、
巨大な炎の中に多くの諸仏諸尊、諸天善神の姿が浮かび上がる。

株式会社トゥーモさんによる
「ウォータースクリーンプロジェクション」
高圧ポンプとウォータースクリーン発生器で扇形の水幕を作成し、そこに映像を投影します。
護摩壇の炎を凌駕する智慧の光です。
この光を持って聖衣の山伏が祈りを、境内に流れる音楽に重なり響き渡る。

Safieカメラ映像は配信と録画。

スクリーンに10,00万円ほどかかります。
祈願料10万、5万、3万、1万。七難即滅七福即生の不動明王祈願。良縁成就の愛染明王祈願。諸事円満の千手観音祈願とかリアル勧進。
クラウドファンディング上にて同様祈願とともにライブ録画販売。

境内で流れる音楽。僧侶を囲む聖衣の山伏。
「祈り」をテーマにした音楽と衣装は、商品ができる前のデザインで事前予約販売したオリジナル聖衣山伏衣装(18000円税込)と音楽。
eBayやAmazonでも販売。

ヨーロッパのサンティアゴ巡礼に身につけてもカッコいい衣装。
参加者の方々には、NETアートにて巡礼証明書と巡礼手帳を購入することができます。(有料)

(台湾から日本への団体旅行は、五福旅遊さん)
(NETは、合同会社 日本の田舎は資本主義のフロンティアだ さん)
(香港台湾アメリカ等への宣伝商品販売は、株式会社とさごころ さん)

実施予算収益集客は、トータルで得する仕組みを作る。販売を先に行いお金を得てから商品を作り、売れるものはどんどん販売して予算を作る。
「走り」「盛り」「名残」を意識して販売する。

観光地としての足摺岬の未来像

「足摺岬を訪れることが、一人ひとりの夢をかなえるきっかけとなる場所に」

私が都会で暮らしていたとき、阪神淡路大震災の年に子供が産まれて、その子がほどなくして、マイコプラズマ肺炎にかかった。
診察してくださった見立てが良いと評判のお医者のおじいさんは、「そうだのう。この子の為には、空気のきれいなところで育てるのが良い」とおっしゃられました。

そこで、家族みんなで足摺岬へきました。
学生の頃、自転車で88ヶ所巡礼を行いました。空気のきれいなところと聞いて浮かんだ土地のひとつが足摺岬でした。
おかげさまで、子供は大人になり、結婚。都会で出会った彼と幸せに暮らしています。

初めて人生なので経験することは、初めてばかりです。だいたい困ったときに神頼みします。それまで神様の存在すら忘れています。そんなものです。
足摺七不思議の教訓も「転ばぬ先の杖」ですが、平時はもつことを忘れます。

ですが、教訓を得ることの重要性は、日常で困難に直面した際に大きく感じられます。

たとえば「貧すれば鈍する」という言葉があります。最近聞く解釈では、これは借金や困窮が脳の働きを悪化させることを意味します。その後に続く「窮すれば通ず」という言葉も、脳の働きが悪い状態では、一発逆転を狙うギャンブル的な行動を示唆します。

しかし、こうした行動は状況を悪化させることが多いのです。そのため、心身が健康であるうちに、教訓に触れる習慣を持つことが何より大切です。

貧してからでは遅すぎる。

足摺岬観光を通じて、足摺七不思議の教訓を身近に感じることができれば、人生の大きな岐路で「正しい選択」をする力が育まれるでしょう。それは「転ばぬ先の杖」として人々を支えるのです。

そんな想いから私はまず足摺七不思議を題材にした寓話をnoteで描き続けています。寓話は教訓を人々に伝える力を持つ物語の形態です。寓話を通じて、読者が教訓の意義に気づき、足摺岬を訪れたいと思えるような文化を醸成していきたいと考えています。

さらに、足摺岬を訪れることで、寓話の元となった景色や雰囲気を体験し、足摺七不思議の物語を発展させて、教訓を残して欲しい。単なる観光地ではなく、クリエイティブな活動の一環となります。

現地体験との結びつき

寓話の内容を観光案内や現地の施設で共有する。例えば、QRコードでnoteの該当ページに誘導する案内板や、物語に関連したお守り、ミニリーフレットの配布などにつなげます。

多くの皆様に足摺岬への観光を気軽に楽しむために旅行費の積立を提案します。
例えば、毎月3000円を積み立てることで、2年で約72000円が貯まります。この資金を活用して足摺岬を訪れ、教訓に触れる旅を計画するのです。その過程で、教訓を得て日常生活に活かし、さらに自らも新たな教訓を残すことで、次世代への文化的な資産を築けるのではないでしょうか。

豊かな社会を目指して

私の夢は、祈りの玄関らしい足摺岬。足摺七不思議を訪れることで、6割の「普通の人々」が日常生活をより豊かにする教訓を得られる社会をつくることです。(世の中を10とすると、立派な人2:普通の人6:ろくでなし2)この仕組みが実現すれば、観光旅行という非日常の中で哲学的・宗教的な感動を味わうことができ、それが日常へと還元されます。

「夢をかなえる」ということは、単に自分の理想を実現するだけでなく、他者の人生をより良いものにする連鎖を生むことだと考えています。足摺七不思議を通じて、「教訓の複利」が大きくなり、「普通」でありながら豊かで幸せな人生を送る社会が実現する。そのような未来を目指しています。

「祈り」を現代に生かし、祈りの玄関足摺岬をくぐりぬけ、各々らしい祈りの表現を世界に広げる夢を見ます。

#かなえたい夢

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