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「足摺七不思議の案内」の案内~天狗の鼻~

「なにか、みえますか?」 あのあたり。

この世とあの世の境が薄く透けてみえるのか…

人により餓鬼が見えるそうです。 

頭は猪に似ていて、臭い虫が口から出ていましたが、身体は金色に輝いているとのこと。 この餓鬼は過去世に僧となり、来客の僧を粗暴な言葉で罵りました。しかし、身には浄戒を保持していたため、身体には光明があるのですが、口では悪口を言っていたので、悪臭のある虫が口から出ているのです。 

龍樹著、鳩摩羅什漢訳の「大智度論」にある「餓鬼経の身荘厳」から引用しています。

  足摺七不思議~天狗の鼻~
昔金峯上人(役の行者)天魔(天狗)障害するにつき一指をあげて降したるに天魔蹉跎して退散したるにより蹉跎山と云ふなり。役の行者は二鬼を使って全国の天狗を集めたと云はれ当山の天狗は放生坊と云ひ両面一足の天狗と縁起に見られる。(景勝の地)

今、もしかしたら失う。 足摺岬物語を伝えてきた、四国霊場を何度も巡るお遍路さん。なん百回、何年もお四国巡る御先達様。人生の荒波を越えてきた、人柄練れたボランティアさん。そして私。 

世の中、絶望が起き続けている。
災難ってモンはたたみかけるのが世の常だ(ワンピース・ゾロ名言) 
失われてしまうまえに、語り部達の「共通知」(みんな知っているであろう、説明不要の共有情報)を刻みます。

足摺七不思議とは、
飛鳥時代、奈良時代、平安時代から流れる「時の物語」
譬えや寓話や公案と同様、受けとる人だけの「自身の物語」
訪れた人の「人生と景色」が結びつき生じる「出逢いの物語」

足摺七不思議の「不思議」とは「勘違い」。あなたの耳たぶに、潮風吹く風の言葉で、語られていない物語(行間を読む)が聞こえるような、見えていない景色が広がるような、予期せぬ言語化、視覚化、想像力の連続発動です。

まれに「アンジャッシュ状態」となります。
お寺由来の物語ですので、落語「蒟蒻問答」で尋ねてきた僧侶のように、自身の至らなさに気づく(無知の知)。内面で、なにか波紋が広がるように。
宗教的感動、道徳的感動が訪れるように、祈ることが語り部です。

四国八十八霊場 第38番札所 蹉跎山 補陀洛院 金剛福寺(さださん ふだらくいん こんごうふくじ)。 弘法大師はその岬突端に広がる太平洋の大海原に観世音菩薩の理想の聖地「補陀落の世界」を感得。ときの嵯峨天皇に奏上、勅願により伽藍を建立、勅額「補陀洛東門」を受し、開創したと伝えられる。

平安時代にできたお寺さんです。「知らない言葉は古語辞典」で調べます。現在、足摺岬。 山号が、月輪山から蹉跎山へ名称が変わり、蹉跎山から意訳で足摺山となる。足摺山の山号を元に足摺岬となる。


古語辞典を引くと、物理的概念ではなく時間的概念のなかでの感情表現。
さーだ・たり【蹉跎たり】(形容動詞)タリ
つまずく。思うようにいかない。時期を逸する。「さたたり」とも。(徒然 鎌倉¦随筆)112「吾が生 既にさだたり」〔訳〕自分の一生は思うようにいかない。
あしーずり【足摺り】(名詞)
激しい悲しみや怒りを表す動作で、地にすりつけるように足踏みをすること。じだんだを踏むこと。(伊勢物語 平安¦物語)6「やうやう夜も明けゆくに、見れば率て来し女もなし。あしずりをして泣けどもかひなし」〔訳〕だんだん夜が明けていくのに、見ると連れてきた女もいない。足摺りをして泣くけれど、どうにもならない。

仏教が日本に伝来。飛鳥時代には「役の行者」が活躍。奈良時代には大仏や「南都六宗」がある。 平安時代のお大師さまは、当時日本にある仏典を学び終えている。

その後お大師さまは、遣唐使船で唐に渡り、先進文化、新しい仏典を唐から日本へ持ち帰っている。 

仏様ってどんな御方?こんな御方です。「如来の十号」(仏さまの10種の名)

仏道の両面。仏さまの「慈」「悲」「苦集 滅道」
お前苦しいだろ。
苦しいのは、苦の因を集めているからだ。苦を滅する道がある。
なんですか。
仏道だ。
お前苦しいだろ。
いや、楽しいですよ。
そうか、楽しいのは、楽の因を集めているからだ。楽を生ずる道がある。
なんですか。
仏道だ。(笑・どっちもじゃん!)

人は、人生という限られた時間のなかで、「四苦八苦」の苦しみを解決しなくてはならない。
生きる苦しみ、老いる苦しみ、病いの苦しみ、死の苦しみ。
「生老病死苦」【四苦】
さらに、愛するものと別れ離れる苦、逃れたくても怨み憎み合う苦、求めるものが得られない苦、色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊で、てんこ盛りの苦。
「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五陰盛苦」を加えて【八苦】

苦の相貌と性格を持つ身体は、力があり、外側へ作用する。
これを集めて因と呼ぶ。
縁が結ばれ、結果につながり、報いを受ける。 
その報いが「相と性と体に影響を与え、力も変わり、作用も変わる」この因に、縁が結ばれ、結果につながり報いを受ける。
この果報に影響を受けた「因」に「縁」が結ばれ果報となる。 
果報が「因」に「仏縁」(仏道)を結ばれ、仏果と成る。【十如是より】

四苦八苦を解決する。苦しみの結果を変える為に「縁」を変える。
良い結果が起こる縁を良縁。仏果が起こる縁を仏縁。 
すべては、縁により起きると説く。それが仏教です。

すべての仏典は、仏滅後にできた。自力と他力の仏典。
仏滅後の間接指導者時代。聖遺物信仰の隆盛。数多くの仏典成立。
入滅後、300年経っても500年経過しても数多くの新仏典ができる。

「明行足」と「四神足」。「具足」と「満足」。

お大師様は、幅広い仏典知識があること。
飛鳥、奈良、平安時代の物語であること。 
ざくっと「仏様」「仏道」「苦」「因縁」仏教の知識。
すべては入滅後から始まる。仏典成立。聖遺物信仰。
足(あし) からず。

以上、足摺七不思議。語り部達の共通知でした。

#足摺七不思議 #足摺岬 #旅













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