誰も教えてくれないスタートアップの権限委譲
はじめに
こんにちは。ログラスでCOOを務める竹内です。
現在ログラスでは、メンバーをさらに知って頂く目的で「ログラスサマーnoteマラソン」と称し、noteを更新しています。
様々なメンバーがnoteを更新し続けている中、最後に私の番がやってきました。なかなかnoteを書く機会も少ないのですが、皆さんの勢いをお借りして書かせて頂きました。
今回は、「スタートアップにおける権限委譲」についてです。
この記事で伝えたいこと
スタートアップにおける権限委譲の難しさ
権限委譲の本質
権限委譲を助ける施策
今のログラス
ログラスは2024年7月31日にシリーズBの資金調達を発表しました。
それに先立ち、2024年6月に事業執行役員制を導入し、5つの本部を設置。各本部には事業執行役員を置き、彼らがそれぞれの事業を管掌しています。
私の管轄も2名の頼もしい事業執行役員に委譲し、彼らが今、前線に立って事業を推進しています。
上記意思決定の背景として、今後ログラスは短期間で複数の事業と拠点の立ち上げを計画しています。非連続な成長を目指す計画です。計画達成の為には、一人ひとり役割を変化させ、その過程で成長する必要があります。
その変革の一環として、権限委譲を進めています。
私自身、この過程で「権限委譲の意義」や「本質」について、より深く考える機会がありました。その考えをnoteに整理し、共有することで、権限委譲の本質をさらに理解し、組織全体で効果的に実行できるようにしたいと考えています。
権限委譲とは?
権限委譲をこれまで『上位の役職者が持つ権利や責任の一部を、下位の役職者に委譲すること』と理解していました。しかし、この定義は表層的であり、権限委譲が本来持つ施策の意味を過小評価していたことに気づきました。
順を追って思考を整理していければと思います。まずは権限委譲はいつから発生するのか?
スタートアップにおける権限委譲のタイミング
設立初期のスタートアップでは、権限が一部の創業者やリーダーに集中することが一般的です。生き残りをかけた状況では、権限を他者に委ねる余裕は無いです。しかし、組織の規模が30名を超える頃から、創業者やリーダーのリソースが限界に達している状況を打破するため、権限委譲を進めていく事が多いのではないでしょうか。
私も30~40名のタイミングでログラスに入社しており、そのタイミングで代表の布川より一部権限の委譲を受けました。
ではビジネスにおける委譲する権限とはどんな物があるのでしょうか。
委譲する権限の種類
ビジネスにおける権限委譲は、大きく以下の3つに分類できるのではないでしょうか。
業務執行権限
日常業務の遂行に関する権限です。プロジェクト管理や顧客対応、業務改善などがこれに含まれます。
資産管理権限
予算管理や人材の配置・評価、設備や機材の管理といった資産に関わる権限を指します。
意思決定権限
戦略的な決定や重要案件の承認、新規事業の立ち上げといった、重要な意思決定に関する権限です。
「業務執行権限」の委譲
組織が成長する中で、最も自然発生的に行われるのが「業務執行権限」の委譲です。これは、日常業務の遂行や改善を他のメンバーに引き継ぐプロセスであり、上位職者のリソースを確保するために多くの企業で行われています。この委譲は比較的シンプルで、特にオペレーションやルールが確立されているルーティーン業務から始まることが多いです。
「資産管理権限」の委譲
次に委譲されやすいのが「資産管理権限」ではないでしょうか。これはKPIのモニタリングや予算管理、1stラインマネージャーによる1on1ミーティングなどが該当します。これらの業務は、マネジメント層に昇格するタイミングで委譲されることが多く、KPIモニタリングや予実管理のように、すでに型ができており、ルーティーン化された業務が多いのも特徴です。
自然発生的な権限委譲の背景
上記2つの権限委譲が自然に発生しやすい背景には、業務がルーティーン化している点が挙げられます。ルーティーン業務は、確立されたフレームや手順に従って進行するため、他のメンバーへの委譲がスムーズに進みます。
「意思決定権限」の委譲
そして、最後に「意思決定権限」が委譲されます。
※業務執行権限や資産管理権限の委譲とセットで委譲されるケースもあります。
意思決定権限の委譲は、他の権限委譲に比べて非常に難易度が高いと思います。実際、「権限委譲が難しい」という文脈で会話するほとんどがこの意思決定に関連したものではないでしょうか。私自身いまだに、その難しさを感じています。
なぜ意思決定権限の委譲がこれほど困難なのでしょうか。難しくしている構成要素は何なのでしょうか。私なりに以下に、委譲に関する難しさを、委譲する側と委譲される側の視点で整理してみました。
権限委譲の難しさ
委譲する側の難しさ
リスクと責任の重さ
意思決定は、組織全体に影響を与え、誤った判断がもたらすリスクと責任は重大です。このため、権限を他者に委ねる際には慎重にならざるを得ません。特に大きな意思決定は、組織の長期的な方向性にも関わる為、リスクを軽視するわけにはいかず、なかなか委譲が進まない力学が働きます。
基準の不明確さとコミュニケーションの不備
委譲する側が意思決定の基準を明確に説明しきれないこともあると思います。この場合、委譲先との基準のすり合わせに時間がかかります。ただ、常にリソース不足のスタートアップではすり合わせに十分な時間をかけられず、意思決定の質に悪影響を及ぼす可能性が高まります。この構図も委譲難易度を上げる要因になっています。
委譲される側の難しさ
全体把握の難しさ
委譲されると急に多くの情報にアクセスできるようになります。慣れないと情報過多になり、全体の流れを見失うケースがあります。その中で、全体を把握し、長期的な影響を考慮した判断を求められます。委譲された側の多くは初めての経験で、難しさを感じるでのはないでしょうか。少なくとも私はそうでした。
複雑な利害関係の調整
複数のステークホルダーが関わる意思決定では、各利害を調整する必要があります。短期的な要望に応えるのが難しい場合もあり、中長期的により良い結果を目指すためのバランス感覚が求められます。これにより意思決定が複雑化し、難易度が増します。
意思決定は日常のルーティンとは異なり、タイミングや重要度が予測できません。時には事業状況に応じて新たな基準を設け、難しい判断を下さなければならないこともあります。
また意思決定には必ずしも正解があるわけではなく、意見が拮抗する「51対49」のような僅差の判断が求められる場合も多いです。こうした状況では権限委譲の難しさがより顕著になります。
そんな権限委譲の難しさがある中、「委譲を進める事の効果」とは果たして何なのでしょうか?
効果を自覚して進める事でより一層、良い効果を得る事ができるのでは無いかと思い、社内外でいろいろな方と話し、自身も実感した効果を下記に整理しました。
権限委譲における効果
委譲する側の効果
リソースの解放
代表的な効果として、リソース解放があります。権限を委譲することで、委譲者は新たな課題に集中できるようになります。これにより、委譲者が今まで手をつけられなかった課題に着手でき役割が進化します。
委譲される側への成長機会の提供
委譲するということは、委譲される側に新たなスキルの習得や自己成長を促す機会を提供することでもあります。育成文脈での効果が期待でき、結果的に組織のケイパビリティを高めることにつなげられます。
委譲される側の効果
意思決定力の向上
権限を委譲された側は、新たな責任を通じて判断力や意思決定スキルを磨けます。意思決定能力は実戦でしか磨かれず、重要な決定を任されることで視野が広がり、リーダーシップ力の向上にもつながります。
キャリアの加速
新たな業務に挑戦することでスキルが向上し、より大きな役割を担うチャンスが増えます。
組織全体への効果
効率性の向上
適切な権限委譲によって意思決定が分散され、業務執行プロセスがスムーズになります。各部門が自律的に動けるようになることで、ボトルネックが解消され、全体の業務効率が向上し組織のポテンシャルを引き出します。
リスクの分散
権限を分散することで、特定の個人に業務やリスクが集中するのを防ぎ、組織全体のリスク管理が強化されます。
業務の改善と革新
権限が委譲されることで、新しい視点から業務が進められ、効率化なアイデアが生まれることがあります。委譲のタイミングは改善のチャンスでもあり、委譲された人が積極的に取り組むことで、より良い業務プロセスが確立されることが期待できます。
チームのモチベーション向上
権限を任されたメンバーは責任感を持ち、次のリーダーとして成長します。これにより、組織全体の成長とメンバーのモチベーション向上に繋がりやすいです。
権限委譲の要素を整理した結果、「上位の役職者が持つ権利や責任の一部を下位の役職者に委任する」ことに留まらず、その過程が組織全体に多くの好影響をもたらすことに気づきました。
この視点から私は、権限委譲の本質は「組織の潜在能力を引き出し、現状の限界を超えるための手段」と理解しました。
強制的な変化により委譲する側/される側の双方に新たなミッションの機会を提供し、個々の成長を促進します。責任と意思決定を分散させることで、組織のPDCAが速まり、固定化した業務の改善にもつながり、組織全体のポテンシャルが引き出されます。
権限委譲を「単なる業務の委譲」と捉えるのではなく、「組織がより大きな成果を求められる局面での大胆な施策」と捉えていく事が重要だと思いました。
過去の失敗
私自身、権限委譲で大きな失敗をしたことがあります。
前職ではPMI(M&A成立後の統合プロセス)で複数の会社に関わらせて頂きました。その中で、役割を他のメンバーに委譲する場面がありました。委譲先のメンバーは私よりも経験豊富な方でしたので、お任せすることでプロジェクトの成果が加速するだろうと期待していました。
しかし、結果はうまくいかず、数カ月後には私自身が再びプロジェクトに深く関与することになりました。
今、振り返ると私はPMIという特殊な業務において、権限や目標の明確化、ギャップの把握、そして意思決定の軸であるMVV(使命、ビジョン、価値観)の共有が全くできていなかったと思います。単にプロジェクトを引き継ぐだけという、非常に不十分な形での権限委譲をしてしまいました。
当時、私は権限委譲を組織活性化の一環として捉えておらず、単に自分のリソースを確保する行為、また経験豊かなシニアなメンバーに任せればうまくいくだろうという甘い見込みを持っていました。その結果、組織やプロジェクトに悪影響を与えてしまったのです。
今ならわかります。業務を単に渡すことが権限委譲ではないということ。権限委譲は、組織の変化を促し、大きな成果を生み出すための重要な施策だということ。そして、その施策は泥臭く、しっかりと向き合って相互に取り組むべきものだと強く感じています。
ログラスで取り組まれている権限委譲で助かった施策
最後にログラスに入社して2年半が経ち、権限を委譲される側としても、また委譲する側としても非常に助かった施策をいくつか挙げさせて頂きます。他にも大小様々なものがありますが、この5つがなければ権限委譲の難易度は劇的に高くなっていたと感じています。
1: 徹底したミッション・バリューの浸透
意思決定権限を委譲される機会が多い中、ログラスが掲げるミッションやバリューが、私にとって大きな助けとなりました。ミッションに基づく意思決定を重視する姿勢が、委譲される側と委譲する側の双方において、一貫した判断軸を提供してくれます。私自身も、ミッションやバリューを基準にして意思決定を行ってきたおかげで、他者に権限を委譲する際にも、大きなズレなく委譲プロジェクトに向き合えています。
2: 徹底した情報公開で情報格差を埋める
ログラスでは、個人に関わる情報を除き、すべての情報がオープンにされています。そのため、必要な情報は常にアクセス可能で、情報格差が原因で権限委譲がうまくいかないということはありません。委譲する側とされる側の間で、会話を通じて素早く情報の共有ができることは、権限委譲のプロセスを長期化させず、スムーズに進めるために大いに役立っています。
3: OKRによる注力領域の明確化
権限委譲の際、OKRを活用することで、何に注力すべきかが明確になります。しかし、重い役割では半年単位のOKR設定で焦点がぼやけやすくなることもあります。途中で変更しながらも、注力領域を絞り、早期に成果(Quick Win)を得る流れを双方で作ることが肝要だと感じています。
4: 撤退ラインの明確さ
ログラスでは、権限を委譲する際に撤退ラインが基準・期間共に明確に定められています。これにより双方が共通の認識を持つことができます。この共通認識によって、将来の意思決定におけるズレや誤解を減らすことが可能です。万が一、委譲がうまくいかなかった場合でも、双方で次のステップにどう進むべきかを冷静に話し合い、次の行動をスムーズに決定することができると考えています。
5: 1on1での軌道修正
定期的な1on1ミーティングは、権限委譲の進捗を確認し、必要な軌道修正を行う重要な機会となります。委譲する側も委譲される側も、双方で目線を合わせることにより、問題が生じた際には即座に改善策を講じることができます。
まとめ
権限委譲について自身の思考を整理してきました。権限委譲を「組織の潜在能力を引き出し、現状の限界を超えるための手段」と言語化し、取り扱える状態にできたのは個人的に良かったです。
権限委譲の施策の成否は意思決定の軸(MVV)や情報公開による双方の情報格差の少なさ、注力目標の合意(OKR)や撤退ラインの合意、支援・軌道修正の定期的な場作りなど多くの会社が実践している施策のつながりの上に成り立っていると理解しました。
組織施策は単体では機能せず、相互に連携して初めて効果を発揮することは言うまでもありませんが、1つ1つしっかり繋げているか?は改めて自身に説いて責務を果たしたいと思いました。
スタートアップのように急速な成長が求められる環境では、積み重ねの1手1手では目標とする成長に達することはできません。組織の潜在力を引き出し、限界を超える変化を意図的に起こす必要があります。そのため、権限委譲は非常に有効な施策であると改めて理解しました。この理解を組織にも還元し、『良い景気を作ろう。』というミッションに向けて一層取り組んでいきたいと思います。
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