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人生は終わった

 あいつは前課長派だから追い出そう、と私以外の皆を飲み屋に集めて新課長が言ったという話しをあとで聞いた。
 前支店長派を追い出した現支店長は、今度は成績の落ちている地域の課長の追い出しを計り、前勤務地の北関東支店から新課長を呼んでいた。
こいつがなんと、とんでもない奴だった。売る予定の伝票を切れという。まだ売れてもいない売り上げを計上しろというのだ。自分の成績を上げるために皆んなに“空伝”を切らせた。
経費もどんどん使えと言う。鈴木新課長に経費の断りを入れるとOKだと言う。伝票を書き申請すると、「駄目だ、こんなもん」と却下する。めちゃくちゃだった。私のもとには領収書だけが溜まってゆく。私はあっとゆう間に貯金を無くした。もうやっていられない。そうなのだ、そうやって私を追い出そうとしていたのだった。
仕事をする気が無くなってしまい、私はどんどんサボりだした。成績は悪化した。やむを得ない、退職届を出した。私の人生は終わった。


 長いこと就職できなかった。幾ら面接を受けてもことごとく落ちた。ときに馬鹿にされ、「あなたにはむりでしょう」とか、「あんたにはできないなあ」とか言われ続けていた。 
 やっとの思いで、私は再就職を果たすことができた。高速道路の料金収受をする会社だった。
この仕事は私にとって、とてもやりがいのある仕事だった。お金を扱うので、間違いがあってはいけない大変な仕事だったが、日々お客様に挨拶し、お礼を申し上げる一連の行動は私を充実させた。

 早朝の勤務だった。靄のなかを尾羽を上下に揺らして小鳥が歩いている。きれいな鳥だ、なんて言う鳥だろうか。私は悲しいことに鴉と雀しか知らなかった。靄が上がってゆく。私の心の靄も消えてゆくようだった。
私は毎日が充実していた。この仕事が好きだ。年を取ってからだが、天職に巡り合ったと思った。人生捨てたもんじゃないよね。

 料金所から事業部に転勤になった。ブースでの料金収受時の指導をする係になった。事業部には料金所業務を監督指導する人が本社から出向してくる。彼は私の机の隣だった。嫌われた。馬が合わないらしい。
計算室に収受金以外の金銭を置いてはならないという通達がでた。そのときうっかり、私は「料金所で親睦会費を置いていたよ、他に置く場所ないでしょ」と言ってしまった。一瞬空気が固まった。そして彼に「収受金以外の金を置いてはいけないんだ」と、えらい剣幕で怒鳴られてしまった。業務が違うと意識は全く違ってしまうのだ。管理する者と管理される者の対立感情はこういうところから生まれるのかもしれない。穏便にはいかないのだ。支配したいのだろう。
 私の机は彼の隣だ。毎朝、夕、異常な圧迫感がある。出社したくない。しかし、生活しなくてはならない。そして、私は寝る前に一つの儀式をしてから寝るようになった。
ある夜、ミュージックビデオのDVDを観たら、元気が出て次の日臆せずに出社できたのだ。“未来はそんなに悪くないよ”と歌うアイドルのミュージックビデオを観て、気持ちを宥めてから寝ると、朝なんとか脅えずに家を出ることができるようになったのだ。
 一年が過ぎた。彼は出世して隣の事業部へ転勤して行った。次の本社から出向の上司は優しい人で、私は生き返ることができたのだった。

 私は定年退職したあと、私を助けてくれたアイドルのステージを観に行った。そしてステージの遠くから心のなかで感謝を伝えた。未来はそんな悪くないよと、ありがとう。私の未来は少しだが、第二の人生が始まった。  
         

             (おわり)



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