masatake

秋田の独居老人です。

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最近の記事

人生は終わった

 あいつは前課長派だから追い出そう、と私以外の皆を飲み屋に集めて新課長が言ったという話しをあとで聞いた。  前支店長派を追い出した現支店長は、今度は成績の落ちている地域の課長の追い出しを計り、前勤務地の北関東支店から新課長を呼んでいた。 こいつがなんと、とんでもない奴だった。売る予定の伝票を切れという。まだ売れてもいない売り上げを計上しろというのだ。自分の成績を上げるために皆んなに“空伝”を切らせた。 経費もどんどん使えと言う。鈴木新課長に経費の断りを入れるとOKだと言う。伝

    • 学校は夏休みになった

       学校は夏休みになった。公会堂での発表会は四日後だ。市内の高校の音楽部が集まっての合唱発表会である。  寮の食事は今日から無い。みんな昨日家に帰ってしまい、寮に残っているのは私と音楽部の部長をしている先輩の二人だけだ。手持ちのお金は家へ帰る汽車賃の他はいくらもない。 今日から発表会までメシ抜きだ。水だけの生活になる。先輩に話すと先輩も金は無く、水だけで過ごすと言う。大丈夫だろう、二人で頑張ればと私は思った。  発表会まで、腹は減ったが大丈夫だった。水を飲めばすんなりと寝られた

      • とんとん、と肩を叩かれた  ショートショート

         肩をとんとんと叩かれた。「大丈夫ですか、起きてください」という声がする。煩いなあと思い、「何だよ、この-」と言いながら目を覚ました。 警官が二人いた。「駄目ですよ、人の家の前で寝てたら、住民の方が心配して電話をくれたんですよ」と警官の一人が言った。 人の家の前に、そう、玄関から道路に出るところの家と道路の境に寝ていたのだ。道のまんなかでなくて良かった。いや、そんなことじゃない。飲み屋から家に帰る途中に、人の家の前で酔っぱらって寝込んでしまったのだ。 警官が言う「歩けますか?

        • 【ショート】好きな道があった

           子供のとき、夜の空には無数の星があった。僕は北斗七星を眺めるのが好きだった。  学校は嫌いだった。友達はいなかった。担任には嫌われていた。担任はいつも他に誰もいないと「何でお前が委員長なんだ」と、僕に向かって舌打ちをするのだ。それでも毎日学校に行った。行くものだと思っていたからだ。学校へ行くこと自体は、それほど苦痛ではなかった。  通学路があった。そう、僕は通学路が好きだった。小さい石ころがごろごろしているが、平らに均された歩きやすい土の道だった。何故かは今でも分からないが

          【短い話】知らない女・知らない男

          突然助手席のドアを開け女が乗り込んできた。道路は信号待ちの車で混んでいた。助手席に座ると、女は前を見たまま喋りだした。 「わたしねぇ、今度緑ヶ丘病院に勤めるの、就職するの怖かったんだけど、思い切って申し込んだら受かったのよ」と。 俺はこの情況に対応できずにいた。 女は続けた。「ところであんた、緑ヶ丘病院に行く?」 俺は答えた。「行かないよ」と。 「そう」と言って女は黙った。  どうやら車のドアに描かれている小さい擂り鉢と太い擂り粉木の絵を見て、薬屋と目星をつけて車に乗り込んで

          【短い話】知らない女・知らない男

          彼は光の中の埃を見ていた

           後ろの上の窓から丸い光が前のスクリーンに当たっている。光の中の埃はじっとそこにいた。  彼の生まれた町には映画館がなかった。高校受験に失敗した彼は、中学を卒業したあと地方都市の鉄工所に就職した。人付き合いのできない彼は何の楽しみもなく、たまに暇潰しに映画を観る以外は、会社の社長が保証人になってくれたアパートの部屋にただぼうっと座っていた。  埃からスクリーンに目を移すと、内藤洋子が洗濯機に付いているローラーを回して、洗った服の水を絞っていた。  彼の前に光が差してきた。工

          彼は光の中の埃を見ていた