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とんとん、と肩を叩かれた  ショートショート

 肩をとんとんと叩かれた。「大丈夫ですか、起きてください」という声がする。煩いなあと思い、「何だよ、この-」と言いながら目を覚ました。
警官が二人いた。「駄目ですよ、人の家の前で寝てたら、住民の方が心配して電話をくれたんですよ」と警官の一人が言った。
人の家の前に、そう、玄関から道路に出るところの家と道路の境に寝ていたのだ。道のまんなかでなくて良かった。いや、そんなことじゃない。飲み屋から家に帰る途中に、人の家の前で酔っぱらって寝込んでしまったのだ。
警官が言う「歩けますか?」
「……はい」すっかり目が覚めたわたしは立ち上がり「すみません」と返した。
警官は「じゃ、気をつけて」と言っていなくなった。
 ズボンの後ろのポケットを探る。無い、財布が無くなっていた。落としたのか、掏られたのか、多分寝ているところで抜かれたのだろう。夏のボーナスがそっくり入っていたのだ。
 駄目だろうと思ったが次の日、飲み屋に寄って訊いてみた、がしかし、財布は無いという。金が入って喜んで、一杯やって無くしてしまう。情けねえ。

 床屋の椅子に座り、シャンプーをされていた。小さな指だった。そして力が無い。おばさんも年を取ったのだ、としみじみ思った。
年金で暮らせないことはないだろうと思う。それでも働いていた方がいいのだろう、体が動くのだから。
 とんとん、と肩を叩かれ起こされた。髪を洗い流すと聞こえてきたが、意識は空中に浮いてわたしは再び夢の中をさまよっていた。

 坂だ、坂だった。小さい坂だ。じいさんの家の裏手の少し山側に上がったところにある小屋へ上がる坂だ。その小さい坂を上がろうとしている。だが、どうにも上がれず、鋺きながら四つん這いになって必死に前へ進もうとしている。ところが一歩も進まない。滑っているわけでもなく、足が動かないのでもない、ただ坂を上がれないのだ。いつまでこの坂を上がれずにいるのだろう。坂を上がれずに此処に居る。そうなのだ、この坂を上がれずにここにいるのだ一生。

              (おわり)


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