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ションベンカーブ 07

腕の振りも遅くなるタイミングの取りやすいスローカーブがきた。調子に乗っている投手を潰すとき、そいつが自信を持っている決め球を狙って完璧に打ち返すという、野球の戦術上の定石がある。

俺はバットの始動をワンテンポ遅らせた。速球に対応するときより、右膝に深く体重を乗せて、ためを作った。左の肩口から入ってくる、正にションベンカーブだ。今度は俺は右腕も全力で使った。右腕をねじ込むように、バットに力を伝えた。

ボールとバットの接触時間が長い、自分でいうのもなんだが、長距離打者特有のインパクトだ。最後は腰がくるっと、最高のタイミングで回った。

春、うらら。

土手の向こうの満開の桜並木の中に白球は消えた。推定飛距離一三〇メートル。ゆっくりとベースランニングをした。右腕にじわじわと痛みが出てきて、普段より何倍も重く感じた。

本塁に帰ってくると俺は山口の前に何もいわずに立った。山口はにやけた面でハイタッチを求めてきた。

「ぐっちゃんっていうん自分? 二度と俺のことをナリと呼ぶな。学内で見かけても、話しかけるな。あと、お前はあらゆる野球の才能がないから、もうするな」山口は呆然と突っ立ったままで、俺はベンチに戻らずに荷物をまとめて、その場を立ち去った。

野球なめんなよ、といいかけてその言葉を必死で自分の中から追いやった。

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