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ションベンカーブ 07

おっさんは西宮の学生街にいったん車を止めた。そこから各々脚を使ってチラシを撒いていくということだ。車を降りてから俺はバイト先の居酒屋に電話した。

「なんや、休みか。勘弁してくれよ、クソ忙しい週末に」店長が電話に出た。

「いや、ちゃいます、もう働きたくないんです」

「何ぬかしとんねん。わいてんのか。急に辞めますって、それが社会で通ると思ってんのか、今頃の大学生は」

「社会は厳しいとか、大学生はあまったれてるとか、店長のそういうのほんまうざかったんです。そういうの、嫌になったんっす。じゃあ」俺はそれで電話を切った。しかし大事なことをいいそびれたので、もう一度電話した。

「なんや」

「あの、今月働いた分は、ちゃんと給料振り込んどいてください」

「己の都合のええことばっかりいいやがって……………」耳が痛くなるほどの大声だったので、受話器を耳からはなした。店長は、何をいっているのか分からなかったけど、喚き続けていた。俺はぽちっと電話を切った。俺は、今は従順に何かをする気分じゃねーんだ。非行をしたいんだ。

ひとり暮らしっぽいマンションとかよく分からなかったから、俺は五〇〇枚のチラシの束を抱えて、目に付くマンションのポストへ片っ端からチラシを撒いていった。従順でいたくないんだ、と全力で走りながら呟いた。居酒屋の時給は千円だ。安くなってるじゃねーか。

その事実に一瞬頭がくらくらした。従順でいたくないんだ、と呟きながら五〇〇枚のチラシを小脇に抱えて、マンションからマンションへ全力疾走している………、なんだ、………、奴隷みてーじゃねーか。

初日に俺はピンクチラシを二〇〇〇枚、ポストひとつひとつにクソ真面目に撒いた。久しぶりに長い距離を全力で走ったので、脹脛ふくらはぎのあたりが痛くなった。それでも、一緒に来たおっさんが五〇〇枚を撒いている内に俺は、その四倍を撒いたのだ。脚力を考えれば、そのくらいの差はつくだろう。

翌日事務所から電話があって、俺が撒いたチラシを見た客から、電話があったそうだ。全部で六人。驚異的な確率で客を引っ張った俺は、あの黒光りした店長に気に入られ、その日に即金で六万円を貰った。

その後必死に周辺の道を覚え、必死にホームページ作成の技術を覚え、数年間非常に真面目に勤務しているうちに、姫路の店を任されるようになった。

***

最終章はkindleで!! バッセンの源田が『イチマンエン』に仕掛けた謎が明らかに!!


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