パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話-46
未納の家賃を払う目処はたたず、ガスの供給をストップされ、追い込まれた私はまたパチンコを打ちに行きます。当然のように負けて、さらなる絶望に支配された私はそれ以上にもがくことをせず、あきらめてその絶望を受け入れようとしました。
そして携帯電話を開き、ミィにメールを打ちます。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
精一杯の抵抗
メールを送信してからも携帯電話を閉じずにそのまま見つめていました。私は酷く絶望していましたし、自分のプライドを守ることに疲れています。であれば大事なものは捨ててしまおうと考えたのです。
そうすると私のことを苦しめるものが、少しずつなくなっていき楽になれる気がします。自分というものを形作るあらゆるものは、ほとんどが虚構でした。それを守る為には無理をしなければいけません。
私はそれらを守ったり無理をすることが出来なくなりました。といよりも全ての原因はお金です。ただ単純にどうにも出来なくなっただけでした。
私は、どうすることもせず、ただ逃げることばかりを考えていました。
携帯電話がメールを受信します。
「まさくんどうしたの?今日、残業だから遅くなるけど終わったらメールするね」
「わかった」
窓の外を見つめ、何も考えずにいました。時折これからのことが頭をよぎり、不安と恐怖が全身を襲いますが、それも受け入れるとスーッと体が楽になります。
私はその後も営業にもいかず、何も変わらないまま過ぎる時間に身をゆだねていました。
夕方になり公園で遊ぶ子供たちの声もなくなって来た頃、車を走らせ会社に戻ります。他の営業は洋平も含め、まだだれも戻ってきていませんでした。事務所には女性の事務員がぽつんといるだけです。
「あ、あべさんお疲れさまです」
「お疲れ様。まだ誰も戻ってきてないんだ?」
「うん。あべさんが一番よ。みんな先月、目標未達だったからね。剣崎課長もおかんむりだしね」
「そうか・・・」
「あべさんは大丈夫ね。地方で見込み2件も抱えてるんでしょ?」
「うん。まぁね」
今までの自分でしたら、ここで焦りを感じていたはずです。たった2件の見込み客のアドバンテージなどすぐに追いつかれるかもしれません。みんな数字をあげようと頑張っている、もしかしたら抜かされるかもしれないということを考えていたことでしょう。一人でサボっている自分に罪悪感を感じ苦しくなっていたかもしれません。しかし今の私にはそんな気は起きませんでした。
後処理をすぐに済ませ、早々にタイムカードを押します。
「お先に失礼します」
他の営業が頑張っている中、ほとんど仕事をせず先に帰ることに罪悪感を感じず、他の営業に数字を抜かされるかもしれないという不安も感じず、ドアを開け階段をおります。
正確に言うと感じていないのではなく、その罪悪感や不安を抵抗せずに受け入れているだけでした。
それが今の自分に出来る精一杯の抵抗です。
会社を出て車に乗り込みます。ミィは残業なので終わるまではまだ時間があると考え、一旦部屋に戻ることにしました。
着替えを済ませ、部屋の中を見渡します。後10日もすれば私の部屋ではなくなり、部屋に入ることは出来なくなります。
私は改めてミィのことを考えました。大事な話があるとメールしましたが、何をどう話していいのかわかりませんでした。
今までの自分、借金のことや闇金のこと。それらの原因はパチンコ・パチスロであること。数々の未払いで部屋を閉め出されることやガスの供給がストップしてしまっていること。そしてそれらを対処する方法がなくなってしまったこと。
正確に言うと対処する気力がなくなってしまったこと。
私はミィとの関係を解消しようとしていました。もちろんミィのことが嫌いになったわけではありません。むしろその逆です。少しずつ少しずつ彼女の優しさや強さを感じて、かけがえのない存在に感じてきていました。
そんな彼女に本当の自分を見せるのを私は恐れ、自らそれを壊そうと考えます。それは彼女のことを思ってではなく、私の身勝手な弱さです。
気がつくと窓の外は暗くなっています。カーテンを閉め何気なく携帯電話に視線を移した時、メールの着信音がなりました。
「まさくん、もう少しで終わるよー」
「わかった迎えに行くよ。いつものコンビニの前でまってる」
アパートを出て車に乗り込み車を走らせます。
途中、一軒家やマンションから漏れる部屋の明かりを見るたび、夜景の見える造園所の駐車場で佐伯さんが言った一言を思い出します。
「夜景を見ると、あかりの点いている家が、みんな幸せなんだろうなって思うの」
いつもと変わらない空気
コンビニの横に車を停めて10分くらい待っていると、ミィの姿が小走りで近寄ってくるのが見えました。私の気持ちは沈んでいましたが、彼女はいつものミィのままです。
「おつかれ!疲れたー。いったいどうしたの?」
彼女はいつも通りに振舞っていましたが、一瞬だけ不安そうな表情を見せます。
「あ、うん・・・」
私はなんと言って良いのかわからず言葉を濁しました。
「まぁいいやぁ。おなかすいた、何か食べたい。まさくんごはんは?」
「あ、うん。まだだけど・・・」
昨日からまともな食事をしていない私はお腹がペコペコです。
「じゃぁ、ファミレスいこうよ。まずはごはんごはん」
「う、うん・・・」
明らかに彼女は不安が大きくなってきているのを感じています。そんな彼女を見て私は胸が苦しくなってきました。
そして返事はしたものの、私はパチンコで負けてお金がありません。このことが窮屈で情けなくてたまりませんでした。
「ご、ごめん。おれ財布持ってきてないや」
「・・・。あ、うん、いいよ」
もちろん財布は持ってきています。お金を持ってきてないのではなくて、お金がないだけです。「お金が無い」とは言えず、「財布を持ってきてない」と言ってしまう自分が、とても情けなく感じ、苦しくなってきました。
しかし、彼女との関係を解消してしまえば、こんな思いはしなくて済むでしょう。
ファミレスに着いて席に座った後も彼女の不安は変わりません。
彼女はわかっていました。不幸やネガティブなことは、きっと自分の知らないところで育っていって、大きくなってから自分の目の前に現れることを。
そしてそれは自分ではどうにも出来なく、受け止めるしかないことを。
「まさくん何?またハンバーグ?いいよハンバーグ食べなよ笑」
彼女はつとめて明るく振舞いました。いつも明るく優しい彼女ですが、今日の明るさは質が違うことを感じます。今日の彼女の明るさには、不安がまじっていました。その不安を払拭する為の嘘の明るさ。
「今日は私もハンバーグたべよっ」
ハンバーグが二人のもとに届いたその後も、彼女はいつもと変わらず話していました。本当はなんの話なのか早く聞きたかったに違いありません。しかし彼女からはそのことを聞いてきませんでした。
途切れなく話を続ける彼女に、私は話を切り出すタイミングを失っています。少し騒がしい店内で二人の周りだけ、妙な空気が流れていました。
私は話したくても話せないもどかしさ、彼女は早く話を聞いて不安の正体を明かしたい気持ちと、話をされると良くないことが現実に起こってしまう不安が交差する複雑な気持ち。
食べ終わって食器が下げられたあともそれは変わりません。
結局、何も話さず店を出ました。
車に乗り込んだ後も空気は変わりません。
「なぁに?大事な話って・・・」
我慢できなくなった彼女が話を切り出してくれました。
「あ、うん」
「もしかして、転勤とか?」
「いや、あのさ・・・」
「うん」
「ごめん。ちょっと少しの間、俺たち距離をおきたいと思って・・・」
「・・・うん」
「いや、ミィのことがキライとかイヤになったとかじゃなくて、ホントに」
「じゃぁ、どうして・・・?」
「ちょっと仕事に集中したいなと思ってさ。そうなるとオレ、ミィに寂しい思いや辛い思いさせるような気がして・・・」
私はギリギリのところで「別れたい」という言葉を使えませんでした。これは私の弱さです。彼女を見てその言葉を使えませんでした。とりあえずのところは距離をおきたいという言葉は二人の関係が終わるということを示唆していません。
しかしこれは不必要な優しさです。もし彼女が今後に期待してしまうと、その間の方が辛い思いをします。
こんな時に彼女に見せる優しさは、本当の優しさではありませんでした。私は彼女が傷つくのを恐れたというよりは自分が傷つくのを恐れたのだと思います。
「そう・・・」
「・・・うん」
少しの間、無言になります。5分くらいでしたが我慢が出来ないほどイヤな時間に感じられました。
「送っていくわ」
「うん」
私は少々面食らいました。想像していた状況と違ったからです。もっと色々聞かれると思いましたし、もっと言えば彼女が抵抗すると思ったからです。
しかし、恐ろしいほどあっさりと話は終わりました。それはこうなるべきしてなったのではなく、全ては彼女の強さと優しさのおかげでしょう。そのことをこの先、私はイヤというほど噛み締めることになります。
「少しの間、納得できるまで仕事に集中したらまた・・・」
「うん。いいよ。」
いつものような明るさはありませんでしたが、彼女は取り乱さず、涙も見せず、私の身勝手な言動を攻め立てもせずにいます。私はこれまでの経験上、こういった時には女性がどうなるかをある程度、想像していました。今まで付き合ってきた女性はこんな時、私を責めたり取り乱したりしました。当然今回も覚悟は決めていましたが、拍子抜けするほど彼女は、私の言っていることを受け止めています。
私は正直、安堵しています。面倒なシチュエーションにならなかったこともそうですし、はっきりと別れるという言葉を使わないことにより、この先もしかするとまた彼女のとの楽しい日々が戻ってくるかもしれないというヨコシマな気持ちがありました。
「まさくん、来週着替えとりにくけどいい?」
「あ、うん」
何だか変な気持ちでした。自らのせいで彼女との関係を一度解消したはずなのに、いつもと変わらない空気が流れています。
しかし、私は気付いていません。私にとって、彼女はとても大きな存在ということを。
私がそれに気付いたのは一年以上、後のことになります。そして気付いた時には彼女は私のそばにはいませんでした。
46話終了です。
追い込まれた状況の中、私がとった行動のエピソードの一つです。私はとにかく苦しさから逃れたくてしようがありませんでした。私は気がついていませんでしたが、ミィはとっくに見抜いていたと思います。そしてミィはそんな弱くてだらしない私を心のそこから受け入れ愛してくれていたはずです。
この時ちゃんと自分と向き合い、勇気を出してミィに本当の姿を見せることが出来たのなら、彼女を傷つけずに済んだはずですし、この先自分も苦しまずに済んだことでしょう。
まだまだ続きます。