パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話-66
佐々木さんとの食事を明日に控え、財布の中身が減っていくことに不安を感じてしまいます。パチンコ・パチスロ依存症の私は安心を求めていました。しかしその不安を払拭するために向かった先には安心はありません。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
束の間の至福
入り口から連なった列に並ぶと、早く打ちたくてたまらなくなります。朝から打つのは久しぶりでした。
柔らかな朝日が照らす、その50人ほどが並ぶその列には欲望が渦巻き、その場所だけ少し曇っている気がしました。
ほとんどの人がスロットに向かうことが予想されましたが、この人数だとスロットには座れそうです。だけど列を見ると専業っぽい人が多く良い台を確保できるかどうかはわかりませんでした。
しかし今の私の精神状態は勝てる台に座るというより、コインをいれ、レバーを叩き、ストップボタンを押すということだけです。
開店までは10分ほどありましたが、その時間がとても長く感じています。
何度も携帯電話を開き開店まで時間を確認します。そして時計が8時59分を示した時、なんともいえない興奮が全身を包みました。
9時になり列が動き始め、店内から流れる音楽が少しずつ耳に届くとさらにその興奮は力強く全身を駆け巡ります。
自分より先に並んでいる人はほとんどが、吉宗や北斗の拳に流れていきます。私は最近調子が良かった北斗の拳を打とうと思っていましたが、すでに埋まっているのを確認して諦めました。
すぐに方向を変え、空いている台を探します。後ろからも続々と人が押し寄せるため少し焦ってきました。ゆっくり選んでいるとスロットを打てなくなるかもしれません。
私はとにかく空いている台を探します。結局座ったのは1台だけ空いていたキングパルサーでした。
見ると前日はBIG29REG24と結構出ています。しかも前日の最終ゲームはわからないため一抹の不安が頭をよぎりました。
資金は1万6千円。設定変更していても据え置きでも天井までは届かない金額です。ノーボーナスでフィニッシュということも考えられます。
しかし台を目の前にしている私にはそんなことは関係ありませんでした。躊躇なく札を流し込み、コインを入れレバーを叩きました。
投資5千円目。120ゲームを過ぎた辺りで、演出が激しくなってきました。そして直ぐに”WIN”の文字。
「よしっ!ボーナス!!」
適当に座った台でしたが、投資をそれほどせずにボーナスを確定させることができました。まずまずのスタートです。
当然のように7図柄を狙います。第1ボタン第2ボタンを押していき、7図柄がテンパイすると図柄が揃う前に頭の中ではBIGボーナスの音楽が流れました。
何の疑いもなく第3ボタンを強打します。すると空しく7図柄がズルっと滑っていきます。
「チッ・・・マジかよ・・・」
最初のボーナスはレギュラーでした。
しかしまだまだわかりません。このまま連チャンして一気に増やすことは可能な台です。というよりそうなることを疑いませんでした。
ボーナスが終わり、改めてスタート。すると10ゲームで演出が出始めます。
「よしっ!来い!!」
18ゲーム目、ボーナス確定です。しかも今度はBIGボーナス。
その後も順調にボーナスを重ね、直ぐに箱がコインでいっぱいになりました。おそらく1,500枚はあるでしょう。同じ島を見渡すと私の台が一番出ているようです。
そしてこの日初めて連チャンゾーンである128ゲームを超えます。前日の当たり回数などを加味するとここで”ヤメ”にするのが無難と言えるでしょう。
開店から2時間も経っていませんでしたが、今換金すれば約2万6千円位になります。投資は5千円ですので2万1千円の勝ちです。明日の佐々木さんとの食事を考えても十分な資金と言えます。
だけど私はパチンコ依存症・パチスロ依存症です。ここでヤメることは考えられませんでした。もっとボーナスを積み重ね2千枚、3千枚を目指します。そうすれば出張先での負けも一気に取り返せるのです。
「続行!」
私は迷いなくコインを投入していきました。
しかし、先ほどまで頻繁に見ていた演出も影を潜めていき、気がつくと500ゲームを超えています。満杯になって箱に入っていたコインも半分以下になっていました。
こうなるともう止めることはできません。もちろん今ヤメても負けてはいないでしょうが、先ほどヤメていたら、2万円以上勝っていたのです。私はその事実を”損”と考えてしまいそれを取り戻したいという一心になっていました。
やっとボーナスが来たのは900ゲームを超えてからです。しかもレギュラーボーナス。コインはほとんど残っていませんでした。
呆然としながらボーナスを消化し、次の連チャンを期待します。しかしゲーム数は200ゲームを超え、最後のコインは無情にも飲まれていきました。
天使を突き破る悪魔
先ほどまでパンパンにコインが詰まっていて今は空になった箱とデータカウンターの212という数字を交互に見て唖然としいています。
1,500枚放出してからの全飲まれ。わずかの時間の出来事に何も考えられなくなっていました。
目の前にあるのは「負けている」という事実と空になった下皿と箱です。
私は無意識に札をコインサンドに投入していました。
どうしても勝たなければいけません。負けて店を後にするのは考えられないのです。朝から連チャンをした興奮は束の間でした。
その後も演出はほとんど起きません。残りのお金が徐々に少なくなっていきましが、不思議と焦りは出てきませんでした。それよりも早くボーナスが来るのを祈っています。
そしてゾーンである512ゲームを迎えた時、少しだけ我に返り残金を確認しました。
残りは2千円・・・。
私はクレジットが入っていないBETボタンを思い切り叩き、席を離れました。
店内を空虚な気持で徘徊しはじめます。この時点でほぼ負けは確定という事実を受け止められませんでした。
そうすると少しずつ怒りがこみ上げてきます。ほんの少し前までは約2万円浮いていたのです。それがあっという間に残金2千円まで追い込まれました。
しかし、2千円で当りを引ける台など落ちているわけありません。
ましてや今日は日曜日ということもあり、席はほとんど埋まっていました。でもどうしてもこのまま店を後にすることができません。
私は勝つために打ちに来たはずです。1万6千円では不安でこの店に来ました。それが残金2千円になり不安を解消するどころかさらに状況は悪化しているのです。
そんな時先ほどまで私が先ほどまで打っていたキングパルサーに座っている人が見えました。データランプを見ると激しく点滅しているのが目に入ります。
「マ、マジか・・・」
急いで近づくとゲーム数は530ゲーム。おそらく直ぐにボーナスを引いたのでしょう。キングパルサーは基本、ゲーム数解除のため先ほどヤメずにあと千円回していれば私がボーナスを引けていたはずでした。
これを見た私は怒りを覚えてきます。ますますこのまま帰ることは考えられなくなりました。
しかし残金は2千円しかありません。しょうがなくパチンコの島に足を運びます。狙いは入り口側の列にある、羽物が並んだ所です。羽物の台はほとんどが出玉を出していました。
急いで台に駆け寄り、1台だけ空いているその台に座ります。もちろん出るかどうかはわかりませんし、私はクギを見ることはほとんどできません。
だけど残りの2千円を賭けるしかありませんでした。
サンドに札を入れ、玉が全て出てくる前にハンドルを回します。手のひらは汗でびっしょりと濡れていました。
チャッカーに玉が入り、羽が開くたびに力が入ります。しかしそのほとんどは玉を拾わず、空しく閉じるだけです。
気がつくと最後のお金を投入し、玉は上皿にわずかになっています。その時2チャッカーに玉が入るのが見えました。
「入れっ!!」
1度目の開閉は玉を拾いませんでしたが、2回目の開閉で2個の玉を拾います。
タイミング的にはバッチリに思えました。
「よしったのむっ!」
わずか0コンマ何秒のこのシーンが、この日最大の興奮を生み私に襲いかかります。玉が役物に落ちる瞬間、一瞬天使が微笑んでくれた気がしました。
しかし次の瞬間、ちぎれた羽が何枚も宙を舞い、天使の体を引き破り、引き裂かれた体から血みどろの悪魔が顔を覗かせニヤリと微笑みます。
目の前が真っ暗になりました。
当ラズ・・・。
私はまたしても絶対に勝たなければいけない勝負を落とし、店を後にしました。
真っ白な頭の中を引きずり、駐車場から車を出します。気がつくと造園所の駐車場です。入り口から一番遠い、隅っこに車を停めました。
まだ見下ろす街の風景は夜景になっていません。
私はエンジンを止め、後部座席に移動して横になり足を折りたたみました。明日の佐々木さんとの約束が少し頭をよぎりますが、バイトの疲れや、パチンコでの負けのせいもあり、考える前に深い眠りに入ってしまいました。
目が覚めると辺りは真っ暗になっています。私は夜景が出来るだけ目にはいらないようにしながら造園所を後にしました。
運転しながら改めて財布の中身を確認すると、小銭で750円。
時計を見ると時間は19時半。スーパーの惣菜コーナーの売れ残りが半額になる時間帯です。
弁当を食べ終わった後、お金がない事実に改めて不安を覚えます。どうにかしてこの不安を取り除きたい一心でした。
同時に佐々木さんのことが頭を支配しました。約束は明日ですがお金がありません。どうしたらよいかわかりませんでした。しかも給料まではまだ1週間あります。生活費がありません。
つい数日前までは5万円以上のお金を持っていたはずです。これだけあれば生活費は問題なかったですし佐々木さんとの食事もなにも心配いりませんでした。
しかも吐きそうになりながら、関口の嫌味な態度に耐えながら得た1万5千円は一瞬で消えていったのです。情けなさが後から後からこみ上げてきます。
私は何も考えずに負けられない勝負に挑み、そして負けました。
激しく後悔します。
「あの時、ヤメていれば・・・」
「せめて1万でも残していれば・・・」
「パチンコ・パチスロにそもそも行かなければ・・・」
でもどうすることもできません。
時間を戻すことは出来ないのです。
私は考えることをヤメにしました。
翌日、会社に着くと真っ先に佐々木さんが目に入ります。いつもは塗られていない爪が薄いピンクに塗られているのを見逃しませんでした。
ここで一気に気持ちが追い込まれて来ます。正直先ほどまで今日の約束はキャンセルしようと思っていました。というよりもキャンセルするしかないのです。
その理由ばかり考えて出社して来ましたが、佐々木さんの指先を見て急にスイッチが入りました。
その指先の光沢は佐々木さんの隠れた体の一部を想像させ、私の正常な攻撃本能を刺激し、あらゆる不安や苦しさや虚無感を吹き飛ばします。
「やっぱり、約束はやぶれない」
会社を出た私は、車に乗り込み直ぐに車を走り出させました。そして向かった先は営業先ではなく、苦しさや恐怖の象徴ともいえる場所。
雑居ビルの階段をコツコツと登っていきます。入り口に立つと不思議と今まで感じていた嫌な気持や違和感は沸いてきませんでした。
中に入ると年齢は同じくらいに見える、明らかに普通じゃない雰囲気の男が座っています。
「すいません・・・」
「はい」
「あの以前、借りて一度完済したのですけど、改めて借りたいのですが・・・」
「名前は?」
「あ、あべまさたかです」
「・・・。少々、お待ち下さい」
男が奥に消えていく時、私の体の中がざわざわと騒ぎ始めます。
明らかに危険を察知して警報を鳴らしていましたが、私の攻撃本能がそれを掻き消してしまいました。
少し待っていると奥からいつもの男が現れます。
「で、あべさん、いくらだ?」
66話終了です。
あれほどまでに苦しみ、2度と借りないと誓った闇金に改めて手を出してしまいました。もちろん根本の原因はパチンコ・パチスロの依存ですが、私は”借金”にも依存性があるような気がしています。特に、何らかの原因でお金に困り、手持ちのお金がほとんど無い中で手にするお金には安心感を感じてしまいそれが不思議な依存性を持つのです。
そしてその依存性は、追い込まれれば追い込まれるほど安心感を得た時のギャップが大きくなりそこに、間違った安心感を生み出すのです。
当然ですが、そこに「安心」はありません。あるのは地獄の恐怖や苦しみと減らない借金になります。
まだまだ続きます。