パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話-143
目の前に迫る危機を意識した時、追い込まれた時、その人自身が現れるものです。それに抗うことはできません。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
過去も未来も
危機的状況。
本当に後がない状況でした。
闇金に明日支払う1万5千円。
そしてその翌日にせまる5万円の支払い。
2万9千円の資金を元に最低でも6万5千円を勝たなければいけません。
もちろん、その何日か後には支払いが続きます。
だけど、そんなことは頭にはありませんでした。
とりあえず、目の前にある危機的状況を脱する。
それ以上のことは頭に浮かばなかったのです。
失敗すれば終了でしょう。
前回の危機的状況を助けてくれた最後の砦であるミィはもういません。
本当は自分が出来ることはもうないことにも心のどこかで気付いています。
しかしすぐ目の前に迫っている恐怖をただ何もせずに受け入れる勇気はありませんでした。
そして、自分ができる唯一の手段は、パチンコ・パチスロ。
心の奥では、わかっています。
今までこのような状況になった時の勝率は著しく低いことを。
その後に起こるネガティブな状況は、自分の想像を超えた苦しさになることを。
だけど、私の体は自然とホールに吸い込まれていきます。
淀んだノイズが渦巻くその場所に。
入り口のドアが開いた瞬間から時間の流れが変わり、背中にひんやりとした何かを感じます。
サンドに吸い込まれていくお金も、下皿に見えるコインも、親指で叩くように押すストップボタンの音も全て曖昧でした。
そして、残金が3千円になった時、私はクレジットに残る2枚のコインをそのままに席を立ちます。
不思議な感覚。
今までは、残金が0になるまで勝負していたのに、財布に残る3枚の千円札が目に入った時、打つ気がなくなったのです。
もちろん、3千円を残したところで危機的状況は変わらないでしょう。
抜け殻のように歩き、ノイズから解放されると不思議と恐怖や苦しみなどは襲ってきませんでした。
車に戻りエンジンをかけると時計は21時を示しています。
わずか2時間にも満たない時間。
私が願っていた目論見は、真逆の現実として目の前に現れたのです。
何も感情が沸いてきません。
視線はフロントガラスの向こう。
気が付くと涙があふれています。
体は小刻みに震えていました。
だけど頭の中では、なぜ泣いているのか、なぜ震えているのか理解できません。
これから起こる状況は、おそらく今まで生きてきた人生の中で最悪なものになるでしょう。
私に備わっている危機管理センサーは必死に反応しようとしています。
きっとあまりにもネガティブな状況を想像してしまうと耐えられないと判断したのでしょう。
意識と思考が切り離され、頭の中はフラットでした。
体の現象だけが反応していて、感情は凄く冷静です。
自分の身に初めて起こる現象に最初は驚きましたが、すぐに慣れてきます。
そうすると、涙も体の震えも、スッと消えていきました。
何もなかったようにシフトレバーを”D”にいれアクセルを踏みます。
過去の記憶もよみがえってきません。
これからのことも想像できません。
ガラスの向こうに動いている、風景しかないのです。
今、目の前に起こっている状況しか頭の中にはありませんでした。
人間は、過去の栄光にすがり、過去の失敗に後悔し、誰も知らない未来に期待し、わからない未来に不安する。
今、目の前にある風景には、すがるような栄光も後悔するような失敗もなく期待も不安もないのです。
この瞬間はハンドルを握りアクセルを踏んでいるだけ。
それはこの後、スーパーで半額の弁当を買うときも、後部座席に移動して足を丸めて眠りにつく時も変わりません。
恐ろしく自然と眠りにはいります。
眠りに入る瞬間、勝手に言葉が出てきました。
「明日なんか来なきゃいいのに・・・」
143話終了です。
もうすぐ、終わります。