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パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話-73

給料日前日、勝負に出た私は案の定負けてしまいます。翌日、空腹の中迎えた給料日、消費者金融、携帯代、闇金を返済をすると残金は2万7千円になっていました。支払いを済ますとほぼ残らないお金に絶望し脱力感でいっぱいになっています。このことで出来た心の隙間を埋めるのは、偽物のプライドと堕落した快楽です。

※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。

ウイスパー

会社を出て、いつものスーパーに立ち寄ります。弁当や惣菜に貼られている30%引きのシールの上に”半額”のシールが貼られる時間までには少し早い気がしましたが、気にせず店内に入りました。

店内に入ると子供連れの主婦や、高齢の主婦で賑わっています。いつもの通り、惣菜コーナーに向かうと割烹着のような白衣を着た店員が、半額シールを持ってその場所に歩いていくのが見えました。

「ラッキー、ベストタイミングだわ」

弁当を先に物色しておこうと、その店員より先に惣菜コーナーに向かいます。惣菜コーナーに着くと、すでに多くの人がその周りに群がっていました。

しかし、誰も”30%引き”のシールが貼られている惣菜や弁当を買い物カゴに入れようとはしません。そこにいる全ての人が目星をつけた弁当や惣菜に”半額シール”が貼られるのを、今か今かと待っているのでした。

その光景を見た時、私は一瞬ギョッとします。

まるで檻の中にいる野生を忘れた空腹の動物が、飼育員が持ってくる餌を待っている光景に見えたのです。

そしてそれは、酷く残酷で醜く、希望もプライドも何もない姿に感じます。

「その中に入ってはいけない・・・」

私の中にある偽物のプライドがそうささやいているのを聞いたと同時に、身体の中にあるもう一つ得体のしれない違和感がささやきます。

「おまえも同じだ」

私はその違和感を不快に思いながら、そのままスーパーを後にしました。

「牛丼、つゆだく、玉子、豚汁。ん~あと・・・ごぼうサラダも」

いつもは頼まない、豚汁とごぼうサラダを平らげた後にもその不快な違和感は残ったままです。

本来、野生の動物は空腹の中、餌を待ったりしません。生きる為に必要な栄養素を取り入れる為に、自分で狩りに行くはずです。

おそらく、遺伝子に刻まれたその恐ろしく単純で絶対に不可欠なプログラムが、野生動物にとってのプライドでしょう。

きっと、檻の中にいる動物が生きる為に餌を待ち、必要な栄養素を取り入れる行為の本能にはプライドがありません。

バイトに向かいながら、金曜日に約束した佐々木さんとのことを考えていました。所持金は2万5千円になっていましたが、このあとバイトに行けば、先週分のバイト代1万5千円が入ります。

合計4万円。今日と木曜日のバイトの後の銭湯代とそれまでの食事代を考えても、3万5千円は、確保できそうです。

しかし、問題は明日の会社が終わった後になります。また、パチンコ・パチスロに行ってしまい、負けてしまうとアウトです。

私は、金曜日に起こるはずの場面の想像力と同時に、コインを投入口に入れレバーを叩く所やチャッカーに玉が入り、デジタルが回転しているところを想像していました。

バイトが始まり、強烈な腐敗臭に耐えながら何とか現場をこなして行きます。合間に話しかけてくる関口には、相変わらずムカついていましたが、妙な親近感が湧いてきているのも事実でした。

そして、バイト先に着いて関口が来ているのを確認すると安心のような気分になっていました。関口はおそらく人間的には底辺でしょうが、とても素早く、そして確実に仕事をこなして行きます。

関口が休んだ時、他の人が応援に来てくれましたが、仕事の素早さや確実さなど、関口に適う人はいないように感じたのです。

飲食店の中には、作業するには思わず躊躇してしまうような、酷い腐敗物やカビ、そしてキツイ臭いのする排水溝があります。

しかし関口はどんなに汚くて耐えられないような腐敗臭がする排水溝でも、お構い無しに素早くそして確実にこなしていくのです。

事実、他に5組のコンビが各厨房を回っていましたが、いつも私と関口が誰よりも早く仕事を終わらせ事務所に戻ってきていました。

その日の作業を全て終わらせ、事務所に戻る車中、関口がまた話しかけてきます。最初のころは上から目線の言い草や、デリカシーのなさ、下品な言い回し全てにムカつき、ほとんど言葉を返すことはありませんでしたが、今日は何だか少しだけ会話をしていました。

話が止まらなくなった関口は途中から、最近見たAVの話を延々と話します。

正直、私も嫌いではありませんでしたが、それほどAVは詳しくありませんでした。そんなことは関係なく関口は、AVで見たプレイのことや自分の好みについて話し続けます。

話が、SMやス○トロに及んだ時、私は話しについていけなくなり、これまでのように、返事と相槌だけを返すようになっていました。

上機嫌に話す関口を見ながらこう思います。

「コイツはやっぱり最低だ。こんな奴はきっと見世物のために檻に入れられる価値も無い」

事務所に着いて後片付けをし、着替えた後、上機嫌のまま帰って行く関口を横目に私も車に乗り込みました。

フロントガラスの向こうを見ると、空気が冷えてきているのか星と月が綺麗に見えます。

スーパーの惣菜コーナーで感じたギョッとした感覚と、得体の知れない不快な違和感がささやいた言葉がいつまでも消えませんでした。

リフレイン

疲れはそれほど感じていませんでしたが、睡眠不足で少し眠気を感じながら出社します。佐々木さんの席の方を見るとまだ、出社していませんでした。

「あれ?遅番かな・・・?」

一瞬、もしかすると子供がまた熱を出してるんじゃ・・・と頭をよぎり金曜日のことが心配になりましたが、シフトを見ると”遅番”になっていて、すぐに安心しました。

営業の準備を済ませ、会社を出ます。

クレームがあったカレン製薬は、ベンダーや先方とのスケジュール調整も上手くいきそうで、処理の目処も立っていたのもあり、久しぶりに営業に集中できそうな気分でした。

新たな獲得に向けて頑張らなくてはいけません。営業は数字が全てです。「デキル男」を演じ続けるためには、新規の獲得が必要になります。

営業先を回りながら、充実感を感じています。考えてみると最近は、クレームや闇金のことなどでまともに営業が出来ていませんでした。

すると獲得に向け手応えを感じる会社もあり、時間の流れを感じないほど仕事に集中しています。

ある建築会社を訪問すると、事務所内はがらんとしており、人がほとんどいませんでした。

「失礼します。○○コーポレーションのあべと申します」

事務所の奥から食べている途中の口を隠して、飲み込みながら事務員が出てきました。

「はい。どういったご用件でしょうか?」

「あ、あの、お昼時に申し訳ありません。社内外のネットワークについてのご提案で回らせていただいているのですが」

「申し訳ございません。あいにく担当者も昼休憩に入っておりまして、席を外しております」

「失礼いたしました。では、こちらのパンフレットと名刺の方を担当者様にお渡し頂けますでしょうか?」

「かしこまりました」

「では、またお伺いさせて頂くこともありますが、よろしくおねがいします」

ビルを出て、時計を見ると12時30分でした。

「もう、こんな時間かよ・・・。とりあえず飯にするか」

コンビニに向かって車を走らせながら、金曜日にどんな店に行こうか考えていました。

店内に入り、雑誌コーナーで地元地域のグルメ雑誌を手に取ります。いつもは必ず最初に手に取っていた、パチンコ・パチスロ雑誌は気になりませんでした。

車内で弁当を食べながら、雑誌をめくり「鍋料理」の店に予約を入れます。そして鍋料理のことよりも、その後に起こるであろうことを想像し、テンションが上がっていました。

午後からの営業を終えて、会社に戻ると佐々木さんが忙しそうに仕事をしているのが目にはいります。

自分の席に着き、椅子を引くとピンクの付箋が見えました。

”おつかれさまです”

その付箋を誰にも見られないように手帳に隠して貼り付け、すぐにメールを打ちます。

「おつかれさま。金曜日はこの間と同じ時間で同じ場所で待ち合わせで大丈夫?」

忙しそうなのですぐには気付かないでしょうがその内、返信がくるでしょう。

終了業務をこなしながら、頭の中にパチンコやパチスロのことが頭に浮かんできました。

時間はまだ18時時30分。勝負をかけるには十分な時間です。だんだんと、打ちたくてたまらない心境になってきます。

その時、内線が鳴ります。出ると剣崎課長でした。

「はい。あべです。おつかれさまです」

「あべくん、ちょっと来てくれるかな?」

「はい・・・」

剣崎課長の席の前に立つとすぐに話し始めます。

「例のカレン製薬の件なんだが・・・」

「はい」

「設定やデバイスの変更のスケジュールはどうなってる?」

「はい、そちらの方は、ベンダーと先方の調整も終わり問題ありません」

「そうか、よかった。料金の差額返金に関しても上からOK出たよ」

「本当ですか!。申し訳ありません。動いて頂きありがとうございます」

「うん。で、そのためにも書類を書かなければいけないんだが」

「はい、承知してます」

「で、急で悪いんだが、締め日の関係で明日の昼までには提出したいんだが・・・」

「えっ!!は、はい・・・で、ではこの後、早速仕上げます」

「じゃぁ頼んだよ」

剣崎課長の前で平静を装っていましたが、席に戻りながらイライラしてきました。

元は自分の顧客のクレームとはいえ、明日の昼までに書類を提出するためには今日中に完成させなければいけません。

どんなに急いでも3時間はかかるでしょう。

残業は苦ではありませんでしたが、パチンコ・パチスロを打てないことに苛立ってきました。

しかし、私にとってはおそらくラッキーでしょう。

もし、今日ホールに向い、負けてしまうと金曜日のデート代がなくなってしまいます。

と、いうよりもほぼ負けて、また闇金に・・・。というのがオチでしょう。

私は、「運良く」それを回避することが出来ました。

時間が経ちイライラが収まりつつある中、だれもいない事務所の中で、書類を作成しているとメールの着信音が鳴ります。

「おつかれさまです。金曜日、場所も時間もOKですよ」

携帯電話を開きっぱなしにして、仕事を進めていきます。おそらくこの時の私の顔は恐ろしくニヤけていたでしょう。

しかし、得体の知れない不快な違和感がささやいた言葉は、いつまでも消えずさらに大きくなってリフレインしていました。


73話終了です。


またしても、パチンコ・パチスロの衝動を「打てない状況」により回避してしまいました。依存症にとって克服するためには「打てない状況」ではなく「打たない意志」がまず必要です。「打っていない」という結果は同じですが、この2つの意味はまるで違うのです。

この頃の私は、自分がパチンコ・パチスロ依存症ということにも気付けていないですし、当然その意味をまったく理解していませんでした。

このことがこの先、何年も私を苦しめる結果となるのです。


まだまだ続きます。

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