パチ依存症をこじらせて闇金から借金してた頃の話-71
打ちたい衝動を抑えきれずに打ったパチンコ・パチスロは無残にも負けでフィニッシュしました。空腹とストレスで目まいを覚えながらカレン製薬のクレーム処理をこなしていきます。先方との約束は12時。私は無意識の内に予定より早く会社を出発します。そしてカレン製薬に行く前、携帯電話を開きます。かけた先は闇金でした。
※この物語は半分フィクションですが出てくるエピソードは実際に体験したことです。
いやほとんど実話です。
名前や団体名、組織名等は仮名になってます。
読んでいて気分を害したりする場合がありますのでその辺をご了承の上ご覧下さい。
天使or?
「はい、希望ファイナンス」
「あ、あべまさたかともうします・・・」
「あべさん?どうしました?」
いつもの男とは違う声でした。言葉は丁寧でしたが、なんともいえない不穏な雰囲気が声から感じられました。
「す、すいません。お金貸してほしいのですが・・・」
「ちょっと、お待ち下さい」
保留音が流れます。いつもは待っている間、体のどこかがSOSを発し恐怖を感じますが、不思議とそれを感じません。それよりも空腹による危機感の方が勝っていました。
手持ちのお金は、ほぼありません。このまま給料日までの数日間を何も食べずに過ごすことは考えられませんでした。
「もしもし」
いつもの男が電話口に出ます。その声はいつもより増して不機嫌に感じました。
「あ、すいません。あべです。お金貸してほしいのですが・・・」
「いくら?」
「3万円ほど・・・」
「あ?3万?あべさんこの間、返したばかりだろ。何に使うんだ?」
闇金は時として債務者の状況を詳しく聞いてきます。おそらく理由は、状況を詳しく聞き、きちんと返せるかの判断と、どのくらい貸しても大丈夫かの判断をしているのです。
闇金は貸さなければ商売になりませんし、貸せる相手であれば搾り取れる最後の一滴まで搾り取ろうと画策します。
そしてもう一つは、話の中で関係性を作ろうとします。それも絶対的な関係です。何を差し置いても必ず自分には返し、裏切らないようにと心理的に追い込んでいきます。
時に闇金は天使に見えます。しかしそれは、単なる勘違いです。もちろん天使ではありません。
「あ、いや、あのう・・・」
いつもお金を借りる時には、流暢にウソをつくことには慣れていましたが、この日は中々良いウソが出てきませんでした。
「・・・いや、その・・・」
私は正直焦っています。お金を借りられないと空腹を満たすことは出来ません。しかも今日はバイトがあるのです。
おそらくこのままだと体力が持たないでしょう。
「どうした?あべさん」
ここで、相手の男の声のトーンが急に変わります。いつもはドスの利いた低い声ですが、声の高さは変わりませんが、何でも受け入れてくれるような優しい声に変わったのです。
私はこれに少し安心し、一瞬の間に頭のなかでウソを組み立てました。
「いや、実は・・・地方の取引先でクレームを出しまして、その処理に少しお金が必要なんです・・・」
「クレーム?」
おそらくこの時点で相手は私のウソを見抜いています。
「はい、会社にバレると成績に響いて給料にも影響しちゃうので、早急に何とかしないと」
クレーム処理の真っ最中にからめた、われながら上手いウソだと思いました。
「交通費や処理にかかるお金がかかるのですが、給料日は来週だし、なんとかならないかと・・・」
「そうか、あべさんも大変なんだな」
この時の、大丈夫そうな声のトーンを聞き、私はさらに安心していました。
いつもは恐怖や違和感の象徴である闇金の男の声が、天使のように聞こえます。
「で、給料日は返せるのか?」
「はい、大丈夫です。給料日にお返しします」
「わかった。じゃぁ事務所こいよ。何時に来るんだ?」
「すぐに行きます!」
電話を切った後、すぐに闇金に向かいました。いつもは借りる時、少なからず後悔や躊躇を感じますが全く感じずに、借用書を書いてお金を受け取ります。
お金を受け取った後、このお金で空腹を満たすことが出来る喜びに胸がいっぱいになりました。
辛さやストレスから喜びのギャップの落差に歓喜します。
そのままカレン製薬に行き、すこしテンションが下がりましたが改めてクレーム処理についての打ち合わせをし、なんとか話をまとめることに成功します。
そして、まだ昼時でほぼ満席の牛丼屋に入り空腹を満たすと、いつもの自分に戻っていました。
財布にお金が入っていること、空腹を満たすことが出来ることは、心に冷静さを持たせ「出来る男」を呼び起こさせます。
しかしこれは全て幻。財布のお金は本来、持っていないはずのお金です。空腹も満たすことは出来ないはずでした。
きっと「出来る男」はそんな勘違いしないでしょう。
そして、この時頭の中から大事なことが抜けているのです。
私の闇金への借金がまた2件になり、利息を含めた合計が9万円になっています。
船出
会社に戻るとすぐに佐々木さんが目に入ります。一瞬目が合いましたが、お互い何もないような素振りを見せ、佐々木さんは業務に戻って行きました。
この秘密めいた雰囲気も「デキる男」の特権のような気がして、気分が良くなっています。
すぐに剣崎課長に報告に行こうとデスクに戻り、椅子を引くと、ピンクの付箋が目に入ります。
”クレーム大変そうだけど、頑張ってね”
私はさらに気分がよくなりました。どんな時でも、不埒な思いを寄せている相手でも、自分に味方がいるということは私の心を安定させました。
剣崎課長に報告しに行くと、料金に関しての問題も解決しそうということです。完全にこちらに非があるわけではないという見解でしたが、会社は穏便に済ますために差額の料金を全額負担することを認めるようでした。
良く考えると今回の問題は契約書を交わしていますし、相手の勘違いにも原因があります。ですので全てこちらの責任になるのは腑に落ちませんでしたが、とりあえず丸く収まるならしょうがないかという気持ちになり、納得しました。剣崎課長も同じ思いのようです。
あとはベンダーと上手く打ち合わせをして、設定とプラン変更を完了させれば問題ないでしょう。相手のことを考えると油断はできませんが、とりあえずはホッとしました。
デスクに戻ると、急いで佐々木さんにメールします。
「心配してくれて、ありがとう。クレームなんとかなりそう。大丈夫だよ。この件が終わって落ち着いたら、またごはん行きたいな」
メールを送信してすぐに、佐々木さんが無表情をのまま事務所を出て行きました。
その後、すぐに私の携帯電話が震えてメールの着信を知らせます。
「解決しそうで良かった。OKです。落ち着いたら誘って下さい」
メールを見てすぐに心の中でガッツポーズをとっていましたが、周りにバレてはいけないと、何とか冷静を装い仕事をしているフリをします。
自分では真剣な表情のつもりでしたが、おそらくこらえきれずにニヤけていたでしょう。
私はそんなふうにに器用ではありません。
夕方になり、着替えた佐々木さんがタイムカードを押そうとしているのが目に入ります。
薄い生地の体に張り付くようなニットが、胸のラインを強調させあの日の夜を想像させました。
今回のクレーム処理が終われば、次こそは彼女の持つキラキラとした体を、私の中に取り込むことができるでしょう。
その想像は私の中にあるやる気を増幅させ、生産性の無い、恐ろしく無駄なような気がするクレーム処理の業務を加速させました。
こんな時の男は恐ろしく単純です。
仕事を終わらせ、会社を出るとスーパーに向かいます。半額の弁当に惣菜のから揚げを買ってそのまま駐車場でたいらげました。
今日のバイトも乗り切らなければいけません。
少しの時間、ボーっと外を眺めた後バイトに向かいます。向かっている最中、今日は関口がサボらずにちゃんとくるか少し不安になりました。
と、同時にムカついてきます。今回の悪い流れは関口にも原因があるような気がしてきたのです。
「関口の奴、今日はサボらず来るんだろうな」
もし、関口がサボれば人が足りないので恐らくまた一人で業務をこなさないといけません。後から応援が来るにしても、また終了時間は延びてしまいますし、疲れもストレスもたまるでしょう。
ムカついた気持ちと不安の入り混じった気持ちでバイト先に着きます。
私は真っ先に腐敗した油の臭いがする車が停めてある場所を見ました。
そこには、荷台を開け、作業道具を積み込んでいる関口の姿が見えます。
「ふぅ良かった。関口来てるわ」
タイムカードを押した後、作業着に着替え関口の元に行きます。
「おはようございます」
「よぉ、おとといは、わるかったな」
「・・・」
「ちょっと食あたりでよォ。携帯、止められちゃってるから電話で出来んくてな」
「そうすか・・・」
やはり、関口は底辺の人間です。人の迷惑も考えず、無断欠勤をし、私や他の人にも迷惑をかけ、そして携帯も止められ連絡も出来ない。
私はたいして悪びれずにいる関口に心底、ムカつきました。思わず文句が口から出そうになりましたが、グっとこらえて、関口のことを軽蔑することで気持ちをなんとか落ち着けます。
「で、一人で全部回ったのか?」
「はい」
「そうか。まぁいい経験だな。ハッハッハッ」
私はその日、関口と話す時「ハイ」と「イイエ」「大丈夫です」だけしか発しませんでした。
その私を尻目に関口は、いつも通りに業務をこなし、酷いニオイを全く気にせず淡々と仕事を済ませます。
私はそんな態度を見てストレスをいつも以上に感じましたが、当の関口は変わらない表情で帰っていきました。
バイトが終わった後、朝風呂の時間にアラームをセットし、少し仮眠を取ろうと後ろの席に横になります。
座席の隙間からのぞくフロントガラスからは綺麗な星空です。
私は久しぶりに夢を見ていました。
狭い道のトンネルを一人で走りぬけると、海が広がっています。真っ青な空の下、海岸に付くと小さな船が止まっているのが見えました。
その船には人影が見え、地平線を見つめています。その背中は明らかに私が船に乗ることを待っているようです。
その人影を私は感覚的に佐々木さんだと思い込みました。
私は引き寄せられるようにその船に乗り込みます。しかし船にはだれもいません。
するとその瞬間、空が真っ黒な雲に覆われ、もの凄い勢いで船が出発します。慌てて外を見るとすでに海岸が遠くになっていました。
急いで船の中を見渡します。やはり誰も見当たりません。体中にとてつもない不安と危機感がぐるぐると渦巻きます。
船の操縦管をあれこれいじっても何も反応しません。船は沖に向けて荒波の中どんどん進んでいきます。
私は夢の中で終わりを受け入れました。どんなに抵抗しても無駄なことには抵抗せずにそれを受け入れる。
こうすることで危機感や苦しさはスーッと消えていき、少し楽になることが出来るのです。
いつも自分では対処できない苦しみや辛さが訪れた時にやっている私なりの処世術でした。
そして意識が少しずつ遠のいた時、後ろに人の気配を感じます。
恐る恐るその気配に振り返ると男が立っていました。
「で、あべさん、いくら必要なんだ?」
71話終了です。
私はこの頃から、闇金にお金を借りに行く時、その先にある苦しさや辛さ、危機感をあまり感じなくなっていました。むしろ借りようと思ってから、お金を受け取るまでは感謝のような感覚が沸いていたのです。
今考えるとおかしな感覚ですが、闇金に上手くコントロールされていました。相手は知ってか知らずか恐怖と緩和を上手く使い、私をコントロールしていたのです。ホントいい「カモ」でした。
心理学を少し学べばどういう仕組みなのか理解できますが、こういう人たちは「経験的」に人を支配したりコントロールする術を理解し実践していたのでしょう。
まだまだ続きます。