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金子正次主演、川島透監督『竜二』

 1983年10月29日、現在は新宿バルト9となっている場所にあった新宿東映パラス2で1本の映画が公開された。そのタイトルは『竜二』。川島透の監督第1作で、鈴木明夫名義で脚本を担当した金子正次の主演第1作にして遺作となった作品だ。金子は映画の公開期間中の11月6日に33歳という若さで急逝するが、映画は大ヒットを記録する。川島監督は1984年に金子の遺した脚本を基に『チ・ン・ピ・ラ』を映画化し、1987年にはその続編ともいえる『ハワイアンドリーム』も手掛ける。そして、1987年には梶間俊一監督、陣内孝則主演で『ちょうちん』、1991年には高橋伴明監督、哀川翔&的場浩司のW主演で『獅子王たちの夏』と、金子脚本が映画化されていく。さらに、『盆踊り』という作品もあるのだが、これは未だに映画化されていない。誰かこの映画化を実現してくれないだろうかと淡い期待を抱いている。
 金子は『竜二』以前、アングラ劇団に所属して活躍し、1981年に日本テレビ系で放送されたドラマ『プロハンター』第16話「悪い女」に出演し、『蒲田行進曲』でブレイク前の風間杜夫と共演している。1982年には村川透監督、石原良純の映画デビュー作『凶弾』に狙撃班の隊員役で出演している。その後、『竜二』が誕生するわけだが、公開から40年経っても、その人気は衰えず、1999年のニュープリント版での再上映、さらにDCP版で再上映されても多くの観客を集めるような伝説の作品になろうとは思ってもいなかっただろう。それほどに、『竜二』は映画ファンならずとも、多くの人々に愛されている。
 筆者がこの映画を初めて観たのは1984年に今はなき高田馬場にあった高田馬場東映パラスで山下耕作監督、松方弘樹主演の『修羅の群れ』との2本立てだった。正直、1本目に観た『修羅~』にはまったく乗り切れず、2本目の『竜二』のあまりの素晴らしさに『修羅~』の不満が一気に解消された。そして、金曜日から土曜日に移ったフジテレビの『ゴールデン洋画劇場』というゴールデンタイムでテレビ初放送されたのは、今から考えてもかなりの快挙だと思う。その当時は日本テレビの『水曜ロードショー』で小栗康平監督のデビュー作『泥の河』という小規模公開作品や、根岸吉太郎監督の『遠雷』、大森一樹監督の『ヒポクラテスたち』、森田芳光監督の『家族ゲーム』など、多くのATG作品がテレビ用に再編集されているとはいえ、ゴールデンタイムで放送されるという、何とも恵まれた時代だった。そして、『竜二』はフジテレビ深夜の『ミッドナイトアートシアター』でもノーCM、ノーカットで放送されたと記憶している。その後はニュープリント版の再上映は東映第2試写室の狭い空間で行われたマスコミ試写で観て、しばらくはスクリーンで観る機会もなく、2016年に発売されたブルーレイを購入し、過日、テアトル新宿でのDCP版再上映を観た。
 物語は金子演じる新宿山東会のヤクザ・竜二をメインに、北公次(2012年に逝去)演じる舎弟のひろし、桜金造(当時は佐藤金造)演じる同じく舎弟の直を中心に、永島暎子演じる妻のまり子など、竜二を取り巻く人々が描かれる。竜二は金を稼ぎまくり、まり子という妻がいるにもかかわらず女性関係も派手で優雅な生活をしてきたが、そんな生活に嫌気が差し、堅気になってまり子や娘のあや(金子の実娘で現在はラジオパーソナリティとして活躍する金子桃)と暮らし始める。だが、普通の生活をするうち、竜二はヤクザの社会と現実社会とのギャップに苦悩する。開巻はヤクザとしての竜二の生活、中盤では堅気となった竜二とまり子、あやとの生活、終盤はヤクザと堅気の間での葛藤に苦しむ竜二の姿が語られていく。金子はそんな竜二の心境の変化を、ヤクザとしての硬い表情と家族人としての柔らかい表情を実に巧みに使い分けて演じていく。そんな彼を陰で支える永島の演技が本当に素晴らしい(金子はまり子を永島でアテ書きしたとのこと)。竜二が堅気になった後、出世したひろしが訪ねてきて帰ってから、まり子が自ら竜二を求めるシーンでは、ヤクザの世界に戻ろうかと葛藤している竜二を引き留めようとする心情が現れているのではないかと思えたりした。そして、肉店の前に買い物の列で並ぶまり子と家に帰ろうと商店街を歩いてくる竜二が対峙するラストシーン。余計な説明がなく、ふたりの表情(竜二の目には涙が滲む)だけでその後の運命を理解させる鮮やかな演出は何度観てもグッとくる。そして、エンドロールに流れる萩原健一の「ララバイ」の絶妙なハマり具合。テレビやパソコンのモニターでは味わえない、映画館の暗闇と大きなスクリーンだからこそ、観る者の心に迫ってくる。さらに、今回の再見で気づいたことがある。竜二の元兄貴分・関谷を演じた岩尾正隆はテレビの時代劇で頻繁に悪役を演じているが、今作のような柔和で味わい深い演技は初めて見た気がする。そして、終盤で竜二にタバコで手に焼きを入れられる酒屋の従業員役が若き笹野高史だったことにも今さらながら驚かされた。
 現在の日本映画界の現状を見るにつけ、もしも金子が今でも生きていたとしたら、日本映画界はどうなっていただろうか? と考えることがある。それほど、『竜二』のインパクトは絶大で、金子という才能が失われてしまった代償は大きいと思う。今後、日本映画界がどんな変化を遂げていくのか、想像はつかないが、『竜二』が今後も永遠に語り継がれていく作品であることは間違いない事実だ。

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