ダニー・ケイ主演『5つの銅貨』
昨年7月、今は亡きエルヴィス・プレスリーの生涯を描くバズ・ラーマン監督、オースティン・バトラー主演の『エルヴィス』が公開された。これまでに、アンソニー・マン監督、ジェームズ・スチュアート主演の『グレン・ミラー物語』、ヴァレンタイン・デイヴィ―ス監督、スティーヴ・アレン主演の『ベニー・グッドマン物語』ほか、実在のミュージシャンを主人公にした作品は数多作られてきた。その中でも、筆者が『グレン・ミラー物語』と並んで大好きな1本が、メルヴィル・シェイヴェルソン監督、ダニー・ケイ主演の『5つの銅貨』だ。実在のコルネット奏者レッド・ニコルズの半生を描いたこの映画を初めて観たのは、テレビ朝日で金曜日の午後の放送されていた映画枠で、吹替カット編集版(1970年12月24日放送のテレビ東京『木曜洋画劇場』版)だった。キャストはダニー・ケイ=羽佐間道夫さん、バーバラ・ベル・ゲデス=野口ふみえさん、ルイ・アームストロング=相模太郎さんという顔ぶれで、羽佐間道夫さんの声の演技が素晴らしく、カット版だったがいたく感動して大好きな1本になった。その後、日本橋にあった今はなき三越ロイヤルシアターでの企画上映で初めてスクリーンで観たと記憶している。全長版として初めて観たそのときも新たに感動させられたものだ。
物語はケイ演じるコルネット奏者のレッドがウィル・パラダイス楽団に入るところからスタートする。ゲデス演じる歌手のボビーと出会って結婚し、自分の楽団ファイヴ・ぺニーズ楽団を結成して成功し、娘が生まれるが、彼女がポリオ(急性灰白髄炎)になってしまい、コルネットを捨てて娘の治療に専念する。そして、時が流れて、レッドが奇跡の復活を果たすまでが描かれる(ちなみに演奏はレッド・ニコルズ本人が担当)。ケイの軽妙な話術と演技を生かしたコメディータッチの前半、娘の病気でコルネットを捨て、紆余曲折を経て復活を果たすまでというシリアスタッチの後半と、作風が分かれているが、前半のコメディーが際立つからこそ、後半から終盤の家族ドラマの感動が胸に迫ってくる。ケイもボビー役のゲデスの演技も素晴らしいのだが、この映画の最大の魅力は音楽にある。ケイの妻であるシルヴィア・ファインが作詞・作曲した曲を収録したサウントトラックは名盤と言われ、主題歌である「5つの銅貨(The Five Pennies)」を始め、「ぐっすりお休み(Good Night、Sleep Tight)」、「ラグタイムの子守唄(Lullaby in Ragtime)」ほか、名曲ぞろいだ。この映画の中で最高の名シーンだと思うのは、中盤のダニー・ケイと本人役で出演しているルイ・アームストロングの丁々発止の共演、さらに、ケイとアームストロング、レッドの娘役スーザン・ゴードンが上記の3曲を同時に歌うというメドレーシーン。曲の使い方が実に見事で、このシーンを観るだけでも一見の価値があると言っても過言ではない。
久しぶりにこの映画を劇場の大きなスクリーンで観たいと思っているのだが、現在はテレビ放送やDVDで観る以外に方法がない。4Kデジタルリマスター版でもいいし、『午前十時の映画祭』でもいいので、劇場で上映してほしいものだ。音楽が生かされたこの作品をいい音で(立川シネマシティさんで言えば“極上音響上映”とか)観られたら、こんなに幸せなことはない。