『1999年の夏休み』に関する個人的な話
現在、日本映画界の中でコンスタントに作品を発表し、活躍を続ける映画監督のひとりが金子修介監督だ。筆者が金子監督の作品を初めて観たのは、1985年の4月ににっかつの一般映画として公開された浅野なつみ&岡竜也共演の『みんなあげちゃう』だったと記憶している(監督デビュー作の『宇能鴻一郎の濡れて打つ』も、その後の『OL百合族19歳』も名画座で鑑賞、但し、『イヴちゃんの姫』は未見)。これまでの監督のフィルモグラフィーの中でも異色で、現在も熱狂的なファンを持つのが1988年3月に公開された『1999年の夏休み』だ。最初の劇場公開時には観られなかったが、1989年1月16日に今はなき中野武蔵野ホールで再上映されたとき、連休の最終日だったと思うが、監督ほかキャスト(宮島依里、大寶智子、中野みゆき、水原里絵(現・深津絵里))の舞台挨拶があったので観に行った。だが、椅子席が満席だったので、椅子席の前に置かれた座布団席の左端で映画を観て、舞台挨拶も見た。監督とキャストが目の前にいるというだけでも感激だったし、この上映をきっかけに作品が好きになった。そして、ビデオやDVD、CSでの放送で何度か観ていて、2014年の9月12日に新宿バルト9で行われた『少女は異世界で戦った』の公開記念のイベントでの35mmフィルム上映(フィルムの傷がいい味を出していた)、2018年8月に新宿のK’s Cinemaでのデジタル・リマスター版上映(フィルムライクの質感が良かった)と、スクリーンで観る機会に恵まれた。さらに、このデジタル・リマスター版上映に際して、六本木のC★LAPSで行われた『夏への扉を、もう一度「199年の夏休み」30周年音楽会』(2019年、2020年、2021年と『1999年の夏休み』音楽会が開かれた)にも参加した。
映画は萩尾望都の『トーマの心臓』をベースに翻案(脚本を担当したのは劇作家・脚本家・演出家の岸田理生)した青春学園サスペンス。山と森に囲まれたある全寮制の学院に、少女のように美しい14、15歳の少年たちが同居生活を送っていた。初夏、悠(宮島)という少年が湖に飛び込んで自殺。夏休みになってほとんどの生徒は家へ帰ったが、和彦(大寶)、直人(中野)、則夫(水原)の3人が寮に残る。ある日、3人の前に悠にそっくりの薫(宮島二役)という転入生が現われたことから起こる出来事が描かれる。4人の少年役を4人の女優が演じるというのがまず斬新で(声は悠役の宮島、則夫役の水原以外、高山みなみ、佐々木望、村田博美が担当)、舞台が1999年という設定の幻想的な雰囲気が漂う場所で少年たちの愛憎劇が繰り広げられる。森の中、学園の建物、湖といった美しい風景が印象的で、セリフも極力少なく、映像の積み重ねで少年たちの心情を浮かび上がらせようとする金子監督の演出も見事だ。とても短い期間で撮影したとは思えないクオリティーの高さは今でも色褪せていないと思う。そして、この映画の価値を高めていると思うのが音楽。ピアニストの中村由利子さんのデビューアルバム『風の鏡』(個人的には名盤の1枚だと思っているし、ウォークマンに入れて今でも時々聴いている)の中の数曲が使われているが、どの曲も映画の雰囲気に合っているし、ピタリとハマっている。彼女の音楽があってこその映画だと改めて思う。
1989年1月のあの日、中野武蔵野ホールに行かなければこの映画に出会えなかっただろうし、この映画がここまで支持されるとは当時は思ってもいなかった。個人的にはこの映画に出会えて良かったと思っているし、この映画を作った金子監督にも感謝せずにはいられない。この先、デジタル・リマスター版がDVDやブルーレイで発売されたら、もちろん買って保存版にしたいと思っている。そして、映画館で上映される度に、大きなスクリーンで何度でも体験したいと思っている。それほどまでに大好きな1本なのだ。