見出し画像

「土を飼っている」からの脱却

「昆虫の飼育」といえば真っ先に思い浮かぶのはカブトムシである。しかし、カブトムシは意外に飼育に面倒が多い。その大きな原因の一つがカブトムシやクワガタふくむ甲虫類が完全変態をする昆虫、つまり成長段階の中で幼虫の時期とさなぎの時期を持つ昆虫だというのが大きな要因であろう。
これは育成にあたって幼虫時代と成虫時代で全く別の飼育システムで対応しなければならないことを意味し、(小屋のような施設で勝手に放し飼いをしているならともかく)内容の異なる幼虫用の飼育ケースと成虫用の飼育ケースを二つ準備(蛹室が形成不良なら人工蛹室も必要だ)しなければならない。マニアになるとその細かい操作が楽しい!となるのだが、お金もかかるし、劣化した幼虫用のマットを詰め替えるのもなかなか大変だ。

前置きが長くなったが、ここでゴキブリちゃんの登場である

不完全変態の昆虫であるゴキブリは親も子も同じ飼育システムで飼えるので、飼育システムのメンテナンスは基本的に清掃だけでよい(そもそも子育てする種もいるし)。一度完成されたシステムを作れば後は日常点検だけしていれば累代飼育が可能である。
「ゴキブリ飼って何が面白いの?」と思われる方も多いだろうが、マニアの間で人気の高いペットローチ(ペット用ゴキブリ)の画像をいくつか見ていただきたい。

そもそも日本の家庭や雑居ビルに出るクロゴキブリやチャバネゴキブリは、膨大にいるゴキブリの仲間のほんの一部に過ぎず、美しい種、カッコいい種がたくさん含まれているのがゴキブリの仲間なのである。
元々ゴキブリの多くは森林に生息する昆虫で、木のうろや落ち葉の下に住んでいるものも多い。中でも腐朽木、つまり朽ち木の中に潜り込んで生活する食材性のゴキブリは分解者としての役割もあり、非常に重要な昆虫である。
ペットローチとしても食材種は独特の怪獣的な見た目と目的に特化した洗練された見た目(そう感じる人がどれほどいるかはわからないが)で、なんとも魅力的な種である。

これら材食ゴキブリには簡単に飼育が可能なものもいる一方、本来の住処、すなわち「朽ち木の中」の環境と同じものを提供しないと短命に終わる種がいる。「朽ち木の中」と同じ環境とは、見た目を樹洞っぽくレイアウトするという飾りつけの意味ではない。主食となる腐朽菌に適度に分解されたいい感じの材で生活空間そのものが構成されていて、かつ暗く適度に狭く湿度がありつつ、しかし蒸れてはいけない、という環境である。
この環境を再現しようとすると、クワガタの幼虫用マットに産卵木(クワガタ飼育に使う産卵用の朽ちた丸太の切れ端。キノコ栽培用のホダ木の切れ端のようなもの)を入れた、クワガタ繁殖用のケースのようなシステムがもっとも簡単にできるだろう。
しかしながら、このシステムでは生き物の姿を全く鑑賞することができない。生きているのか死んでいるのかもわからない。お金をかけてやっていることは、発酵したおが屑を硬く詰めた衣装ケースをお部屋に飾っているという、狂気の無意味ムーブと何も変わらない。
このように、地中性の種などまじめに飼育環境を構築すると一生姿が見えなくなる生き物を飼うことを、生き物マニア用語で「土を飼っている」と形容する。
ただの趣味のマニアなら笑い話で済むが、そういった生き物を研究している学者からしたらそうはいかない。飼育だけできても観察して生活史を解き明かさなければ仕事にならない。

逆に言えば、学者の開発した飼育システムを応用すれば、趣味の飼育者でも「土を飼っている」から脱却できるはずだ。

クチキゴキブリという食材性のゴキブリがいて、この種類の研究者がクチキゴキブリを容易に観察できつつ、しかも長期飼育が可能なシステムを開発している。
要するに高さのない蓋付きの透明ケースに保湿剤を敷き、クワガタ用の菌糸ビンの中身(ヒラタケ菌糸)を細かく砕いて敷き詰める(そして冷暗所に保管する)、というシステムである。このケースは平たいので何重にも重ねられるし、高温に弱い種をワインセラー(一般人には信じられないかもしれないが、高温に弱い虫を20度前後で飼育するために安価なワインセラーを虫用に買うというのは虫マニアには珍しいことではない)に収めるのにも便利だ。ゴキブリの平たい体は狭い場所に入り込めるように進化したものだが、奇しくもその飼育ケースさえも平たくなってしまった。

「クワガタの幼虫用の菌糸カップを砕いて朽木の代用とし、水を加えたセルロースパウダーを保湿剤として床面に敷く。セルロースはゴキブリが食べてしまっても、朽木にもともと含まれる成分なので問題ない。」
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/koho/qrinews/qrinews_211029.html より引用)

現状この飼育法が必要な種は飼っていないので今すぐ必要なわけではないが(地元広島のオオゴキブリを採集するつもりではいる)、応用すればいろいろな生き物が飼えそうである。現に同じシステムで飼育困難種とされたキゴキブリの飼育が可能とみられている。

いいなと思ったら応援しよう!